夢に楽土を求めたり 6
「……どう用心しようとも、いずれはこうなると思っていました。フィズどのも、ヘイー先生も、ご無事でよかった。……捕らえた暴漢はただの雇われ人でしたが、黒幕は明らかです。……愚かな皇帝には失望いたしました。このようなことは二度と起こらぬよう退位していただくことにいたしました。」
淡々と宰相さまは恐ろしいことを仰った。
言葉を失った私に、宰相さまはほほ笑みかけた。
「私がフィズどのに正式に縁談を申し込んだ一件が、色惚けした皇帝と、臆病な私の師に焦燥感を与えましたね。皇帝の暴走につきましては、私も謝罪いたします。しかし、師の件は、私のお手柄でしょう?……褒めてくださいますね?」
「え……あの……では……そのために、わざわざ、縁談のふりを?」
びっくりしたけれど、ストンと納得できた。
……まあ……宰相閣下から、まったく秋波を感じなかったし……妥当だよね……うん。
もしかしたら、大公さまへの手前、私を引き受けようとしたのかとも思ったけど……はは……は……。
宰相さまは、とぼけるつもりらしい。
「とんでもない。私のみならず、甥のジランも本気でフィズどのを花嫁にお迎えしたいと望んでおりましたよ。叶わぬ夢と、うすうす気づいておりましたが。」
いけしゃあしゃあとそう言った宰相さまに、私は苦笑するしかなかった。
嘘くさすぎて。
私たちは、頬をひきつらせながらも空々しい笑顔でヘイー先生の寝室へと向かった。
ヘイー先生は、半身を起こして宰相さまを待っていた。
ところどころ血をにじませた包帯だらけのヘイー先生を見て、宰相さまは息を飲んだ。
「……先生……。」
「宰相閣下。見た目ほど、酷い状態じゃありません。……ご心配をおかけしました。お忙しい御身を煩わせて、申し訳ありません。」
穏やかに微笑まれたヘイー先生は、鷹揚で、威厳に満ちて見えた。
……不思議なもので、酷い格好の老人にしか見えないはずなのに……今の私にはとても素敵に思えて仕方ない。
恋は盲目って、本当ね。
「謝るのは私のほうです。先生のお気持ちを存じ上げず、横恋慕をしてしまったようで……申し訳ありませんでした。お詫びと言ってはなんですが、私にお二人の縁談を取り持たせていただけませんか?」
たぶん、最初からそのつもりだったのだろう。
しおらしく振る舞う宰相に、ヘイー先生は平然とおっしゃった。
「お心遣い、ありがとうございます。しかし、もう、フィズに承諾をいただきました。傷が癒えたら、カピトーリに帰って、一緒になります。」
「それはそれは!おめでとうございます!」
宰相閣下は笑顔で祝福してくれた。




