シャングリラはそこに 22
「……ありがとう。突然すみません。……ヘイー先生はもうこちらにご到着されましたか?」
執事さんはほほえみを浮かべた。
「はい。ですが、すぐにまたお出かけになりました。湖に出ていらっしゃいます。暗くなる前にお帰りくださるようお願いいたしましたので、まもなくお帰りになると思います。」
「湖に……。そうですか。わかりました。……ちょっと、見てきます!」
「え!?フィズさま!?お待ちください!」
「どうかこちらでお待ちを……。」
引き留める2人の声を背に、私は1人で館の外へと出た。
眼前に広がる夜の湖はまるで海のようだったけれど、波は緩やかで、風も優しい。
見上げれば、満天の星。
何て美しいのだろう。
……あら?
浜辺を少し行ったところに、灯りが見えた。
ヘイー先生ね!
私は、急いで温かい灯りを目指した。
近づくにつれ、小さいけれど洒落た白い建物の窓から漏れている灯りだとわかった。
屋根から突き出た細い煙突から、もくもくと煙が上がっているようだ。
……人家……ではなさそう……。
さっきの館と同じような外壁だけど、こちらは新しく建てたみたい。
窓から覗いてみたけれど、曇っていて、よくわからない。
漁師小屋でも馬小屋でもなさそうだけど……。
よくわからないまま、声をかけてみた。
「あの……どなたか、いらっしゃいますか?」
「……はい?」
くぐもった声が、やけに響いて聞こえた。
とりあえず人がいるらしい。
……ヘイー先生の声に聞こえるんだけど……中に、いらっしゃるのかしら?
「ヘイー先生でいらっしゃいますか?」
声がうわずってしまった。
でも返答は、もっと素っ頓狂だった。
「え!?フィズどの!?」
窓がガタガタと音を立てて……どうやら開けようとしているらしいが、はめごろしの窓のため、思うように開かないらしい。
じれったくなったのか、ヘイー先生は窓ガラスを手のひらで撫でこすり、水滴を払った。
透明な部分から、ヘイー先生のお顔がやっとクリアーに見えた。
けど、見えたのは、お顔だけじゃなくて……。
「あ……」
上半身……までならまだよかったんだけど……はっきりくっきり、膝ぐらいまで、ヘイー先生の素っ裸を見てしまった。
「うわっ!」
ヘイー先生も自分の姿に気づいたらしく、慌てて布で下半身を隠された。
……ひょろひょろだと思ってたけど、意外と骨太で……無数の疵痕が刻まれていた……。
特に、脇腹の傷はかなり深かったらしく、ケロイド状の大きな痕が痛々しかった。
気を取り直して、ヘイー先生が玄関戸のほうを指差した。
「……ドアを開けます。」
「あ、はい。」
中から鍵の開く音がした。
扉が開くと、むわ~んと温かい空気が襲ってきた。




