ネズミ
築50年の、古い木造住宅に住んでいた。
屋根裏にネズミが住み着いており、毎晩、天井裏でドタバタと運動会が開かれていた。
安眠妨害である。
手始めに、ネズミが嫌がる超音波を出す機械を設置した。
効果が無かった。
つぎに、毒餌を巻いた。
効果が無かった。
小さく切った餅をおとりにした、金網製のネズミ捕りを設置した。
効果が無かった。
こうなれば物理攻撃だと、気配を感じるたびにほうきの先で天井をつついた。
効果が無かった。
一番嫌だったのは、食品が食い荒らされることだった。
個包装のパンの被害がすごかった。少しでも怪しいものは、全て破棄した。
家族は全員、あきらめムード。
ある春の日、姉が一匹のハツカネズミを持って帰ってきた。
大学の実験動物の残りだった。
真っ白の毛並みに、真っ赤な双眸。
片手におさまる小さな体躯に、体長の倍はある細長いピンクのしっぽ。
愛らしい外見とは裏腹に、豪胆な性格の雄だった。
豪胆すぎて、引き取り手が無く、処分されるところを、引き取ってきたとのことだった。
ペットにしたところで、どうせ夏は越えられない個体だ、と言われていた。
彼の名前は、「売れ残り」をもじって「ウリ」と名付けられた。
ウリは、ネズミという種族のかわいらしさを体現した天使のようなネズミだった。
ウリにほだされ、私たちはネズミに寛容になった。
天井裏の彼らとも、和解してやるか。
好きなだけうちに居ればいい。どうせ何をしても追い出せないのだから。
ネズミが嫌がる超音波を出す機会を止め――これは、ウリのためだったけど――毒餌や罠を処分した。
そこで、はたと気付いた。
そういえば、昨日は天井裏の運動会が、開催されなかったな。
数日経って、確信した。
天井裏のネズミ、いなくなったね。
なんと、ウリが来たその日に、どうやらネズミは引っ越していったようだ。
ネズミの縄張り意識がそうさせたのか、同族が檻の中(小動物用のケージ)に居るのをみて危機感が限界突破したのかは不明だが、私たちの安眠は、ウリによって守られた。
ウリたん最高マジ天使!!
夏を越せないと言われていたウリは、それから二度の夏を超え、2年というハツカネズミにしては長い天寿を全うして、お空に帰っていった。
あれから。
家族は小動物にハマり、色々な種類のペットを飼育した。
モルモット
フェレット
セキセイインコ
オカメインコ
プレーリードック
リチャードソンジリス
コロンビアジリス
などなど。
しかもそのほとんどが、オスとメスのペア飼育である。
その数は常に、動物>人間だった。
姉はどこからともなく動物をもらってくる人だった。
実家暮らしだった私の給料は、動物の飼育費に消えた。
それを、嫌だと思ったことは、一回も無かった。
むしろ、彼らの住環境や食生活を向上させるために自ら差し出していたといっても過言ではない。
いわゆる、合法課金である。
小動物は、だいたい寿命が7年だ。
今は一匹も、残っていない。
だが私は、彼らの姿を。
しぐさや表情を、ありありと思い出すことができる。
私は今、実家を出て、築35年の古い木造住宅に住んでいる。
天井裏にネズミはいないけれど、もしネズミが住み着いたら、ハツカネズミを飼おうと思う。
近所のペットショップには売っていないが、姉に言えば、どこからともなく動物を調達してくれることだろう。
田舎の片隅で、そんな想像を膨らませながら、今日も私は生きている。