「できること」を集めて
仲良しグループは朝から「オンボロ橋」のたもとに来ていました。
アライグマくんのお父さんに「今ある橋を真似たらいい」と助言されたからです。
「落ちたら痛いよね、こんなに深いんだもん」
リスくんにとっては川の水面ははるか遠くの地の底にあるように見えます。
「なんでこんなとこに橋作ったんだ?」
「ここが一番川幅が狭いからに決まってるじゃありませんか」
ヘビさんはどうもアライグマくんにイライラしてしまいます。アライグマくんも負けてはいません。
「川は細くても急で深い。いくらアンタでもここは泳ぎ渡れねえだろ?」
「泳げますわよ。でもわざと危険を冒すのは賢明とは言えませんわ。泳ぐなら下流の森の外れに、広くても流れのなだらかなところがあります」
キツネさんが会話に加わります。
「ねえ、ヘビさん、こないだ『片側からじゃ橋は架けられない』って言ってたわよね? 両側からなら架けられるものなの?」
「見てわかりそうなものですわ、橋を吊っているロープは川の両岸に繋ぐのです。誰かが向こうに行って結んだ証拠でしょう?」
「そうだ、それだよ!」
アライグマくんが叫びました。
「ヘビのお嬢さんは向こう岸に行ける。ロープが結べる!」
「はあー」
ヘビさんはもたげていた鎌首をどさっとからだの上に落としました。
「クマくんが乗っても大丈夫な吊り橋を支えるロープが、どれ程太く強くないといけないかわかりませんの? それを担いで川が渡れると思うほうがどうかしてます!」
「そりゃそうだ……」とリスくん。
「ぼくが泳げてもムリそう」とクマくん。
みんなが落ち込んだ時に声をかけるのはいつも、お人好しのキツネさんです。
「ね、行ってみましょう、ヘビさんが泳いで楽に渡れる所。森の外れって行ったことない。お散歩がてらでいいから、こんなに気持ちのいい秋の日ですもの、それだけでも楽しいわ」
歩き始めた五匹の頭の上を、コマドリさんが歌いながらくるくる飛び回ります。いつのまにかみんな一緒に合唱していました。
♪ 川越え行けば緑の土地
みみずも小虫も食べぇほうだーい
そこにいるお友達はみんな仲間さ
キツネとヘビとクマとリス、アライグーマも
努力を惜しまず歌をうたえ
力を合わせて声を合わせて
夢を見る子どもたちにできることを
集めて渡る 手を取って 異世界の瀬ぇを
一番二番を繋げて何度か歌った後でクマくんが訊きます。
「いせかいのせぇをってなあに?」
「うん、他んとこはだいたいわかるけど、最後だけイミフだね」
クマくんの背中に乗っていたリスくんにもわからないようです。
コマドリさんはムッとして、最後の一節だけ替え唄にしました。
♪ 集めて渡る 手を取って 未知の世界ーに
「うぉ、未知の世界? 恐くね?」
「異世界が恐くないほうがどうかしてますわ。どうせ魔法が使えるとか妖精さんが助けてくれるとかって信じてるんでしょう? 子どもですわね」
「オレたちはまだまだ子どもだと思うぜ?」
アライグマくんとヘビさんはいつもの調子で言い合いを楽しみます。
「ここらなら目を瞑ってでも渡れますわ。お見せしてもよくてよ」
ヘビさんがふと止まりました。
オンボロ橋付近とは違って、そこは川の向こう岸は彼方遠くです。でもこちら側もあちら側も広々とした緑の草原で、そこかしこ、まばらに大きな木が生えているのが見えます。
アライグマくんは早速川岸に寄って手を洗いました。
「気っ持ちいい!」
コマドリさんものどを潤し、他の仲間も水面を叩いたり、水しぶきをあげて遊びました。
いつもはムードメーカーのキツネさんは、少し離れたところに座りこんで川の向こう岸を眺めていました。
「どうなさったの? らしくない」
ヘビさんが近付いてきます。
「私たちってできないことばかりで、がっかり」
「そんな発言いただけませんわ。何が気に入りませんの?」
「コマドリさんの歌は『できることを集めて渡る』っていうのに、できることがこれっぽっちもないんですもの」
「あら、失礼だこと。私は渡れますわ」
「でもクマちゃんは渡れない。あそこに吊り橋を架けられそうな木があるのに。向こうの岸にも似たような木が生えてるのに、橋を架けてあげられないの」
みんながふたりの周りに寄ってきます。
「キツネはできないことを集めるからできない気がするんだよ」
アライグマくんが言います。
「できることを集めなきゃ」
「だからできることがないって悲しいんじゃない」
いつもはおとなっぽいキツネさんが肩を落としています。
「橋を架けるのは無理かもしれない。でもまずはロープを渡すことじゃないか? ほら、ひとりひとりできることを言ってみようぜ?」
アライグマくんがみんなの顔を見廻しました。
「私は泳いで向こうへ行けますわ。きっと、リスくんなら乗せてあげられる」とヘビさん。
「ぼくはロープをここまで運ぶことはできるよ? 運動会で綱引きしたこともある」
クマくんはおそるおそる、ちょっと関係なさそうなことを付け足しました。
「僕は木に登ってロープの位置を決めたり、結ぶ手伝いができるな」とリスくん。
「オレは結構手先が器用だからロープが編めると思う」
これはアライグマくん。
「私は向こうに飛んで行けるし、こっちに飛んで帰れるわー」
コマドリさんは節をつけて歌います。
「私は……、何も特別にはできそうにない……」
というキツネさんに、
「みんなの手伝いができるだろ?」
アライグマくんがにこっとしました。
「キツネさんは名案を思いつくのが仕事ですわ」
ヘビさんがからだをクエスチョンマーク型にして、キツネさんの前で上下しました。
「名案? う〜んと〜」
「待ってられませんわ。あなたは確かに頭がいいけれど、時間がかかるのが玉にキズよ。今晩考えてちょうだい」
そう言ってみんなで笑うとまた明日集まることにしました。
その夜キツネさんは眠れませんでした。
クマちゃんに元気一杯笑って欲しいと思えば思うだけ、頭が縮こまってアイディアが浮かばないのです。ドングリ池から持って帰った薄青色のヤママユを手の中で転がしながら、「どうしよう、どうしよう」と悩んでいました。
つるりとしていて、ふかふか柔らかく、マユは素敵な感触です。小さい頃、泥のお団子を作った時の要領で、両手の中で撫で撫でしていました。すると、繭の一か所から糸がほつれてどんどん長く垂れてきました。
「糸……」
願かけの日、コマドリさんは池の真ん中からこの糸の切れ端をくわえて飛んできました。それなら、糸をくわえて向こう岸に飛んでいくこともできるはずです。
キツネさんの頭は急展開し始めました。
――――
ヘビさんとリスくんに向こう岸に居っておいてもらう。コマドリさんが糸をくわえて飛んできたら、力を合わせて糸を引っ張る。
ダメだ、糸じゃ弱い、せめて紐くらいの太さにしないと。糸の端に紐を結んでおく。
糸も紐も濡れると重くなるから濡れないようにしなくちゃ。それならリスくんが持たないと。ヘビさんに乗ったリスくんが紐を下から支えながら川を渡る。
こっち側で私たちが紐をぴんと張っておく。
紐の端にロープを結ぶ、そんな風にどんどん太くしていったら?
あ、重くなり過ぎちゃいけない。向こう岸にはコマドリさん、ヘビさんとリスくんしかいない。小柄な三人ではロープは引っ張れない。
クマくんなら引っ張れる。私やアライグマくんも細めの綱なら引っ張れる。
じゃ、向こうの木を廻って、コマドリさんにこっちに戻ってきてもらったら? そしたらこっちにいるアライグマくんやクマくんが引っ張れる。
こちらの岸で糸を引っ張って紐を引っ張って、どんどん引いていけば、川の上に残るのはロープ。
そうだ、できる。できるんだ。
必要なのは、コマドリさんがくわえて川の向こうまで飛べる長さと重さの糸。そしてリスくんが持って渡れる長さと重さの紐。それから吊り橋を支えることのできる強くて太い、長いロープ。
――――
翌朝、キツネさんは徹夜してしまいへろへろの頭でみんなに会いました。そして自分の案を説明しました。
ヘビさんは
「私の言った通りになりましてよ」
とドヤ顔で笑いました。
他のみんなはしきりに頷いて感心しました。
「あなたはまずしっかりと眠ることですわ。糸作りは私がさせていただきます」
「うっそー?」
ヘビさんが率先して何かするのは珍しいので仲間たちは驚いてしまいます。
「シルクの取り扱いをあなたたちには任せられませんの。鍋でぐらぐら煮つめるのです」
「リスくん、繭ひとつを糸巻きにしてくれる? アライグマくんは繭みっつで1本の紐を作って。三つ編みの要領でいいと思うわ。7本紐ができたら1本は取っておいて。残り6本を結び合わせて長くしてまた三つ編みにしてロープにして。これで繭22個のはずだから」
キツネさんは昨夜考えた計算式を思い出しながら説明しました。
「クマっ子にも手伝わせろよ」
「ふたりで仲良くして。糸から紐をつくるのはクマくんのおっきな手じゃ大変だろうと思っただけだから」
「よし、紐作りはオレ、ロープ作りはクマっ子だ」
「アライグマくんが教えてくれる?」
「もちろんだ」
クマくんとアライグマくんは顔を見合わせてにっこりしました。
「私も目が覚めたら手伝うから……」
その日は、コマドリさんがキツネさんに子守り歌を歌い、他の仲良しグループは手芸にいそしんだのでした。