「ドングリ池」がくれたもの
翌日、朝食後に誰からと言わず動物たちは集まりました。
キツネさんが言います。
「まだ泳げないクマくんのためには、やっぱり新しい橋が要ると思うわ。でもアライグマくんたちは、向こうに何があるかわからないと本気になれないんでしょ?」
「そりゃ、行ってみたらオオカミがいて、喰われちまうんだったら行かないほうがいいからな」
「向こうにウズラの大家族でも住んでいて、卵が食べ放題なら考え直してもよくってよ」
アライグマくんとヘビさんはそれぞれ答えました。
「そこで」
キツネさんは得意気に言います。
「コマドリさんに頼んでおいたわ。向こうに誰が住んでるのか、ひとっ飛び見て来てちょうだいって。結果はここに来て歌ってくれるはずだから」
「ほんと?!」
クマくんがぱあっと顔を明るくしました。本当に向こうの世界のことが気になっているのでしょう。
間もなく「根っこ広場」のモミの木の枝に、コマドリさんが戻ってきました。
♪ 川越え行けば緑の土地
みみずも小虫も食べぇほうだーい
そこにいるお友達はみんな仲間さ
キツネとヘビとクマとリス、アライグーマも
「やっぱり、そう?」
クマくんが声を上げました。
「ぼく、絶対お友達がいるって思ったんだ!」
そう言えば、川のこちら側にはクマの一家は一軒だけです。他の動物のお友達はいても、クマ同士でしかお話できないこともあるのかもしれません。
ヘビさんはいつもに似合わず顔を染めていました。
「向こうには私にふさわしい殿方がいるとでもいうのかしら?」
そっぽを向いてはいてもどこか可愛らしいお嬢様みたいです。
「おまえがこっちの雄ヘビみんな振っちまうからだろうが」
アライグマくんはツッコミましたが、本人も向こうのアライグマたちに会ってみたいと思っていました。
「それで、どうするの?」
リスくんが目を輝かせます。
「クマっ子が渡れる橋を架ける。コイツが渡れればみんな渡れる」
「どうやって?」
「わからん」
アライグマくんは頭を掻きました。難しいことを考えるのはかなり苦手です。
「リスくん、あなたの出番ですわ。ドングリをたっくさん集めていただきます」
「えっ、なんで? ヘビさん」
「ドングリ池に行くしかありませんわ」
「あ、願かけか」
ここ、「逆さの虹の森」では、「ドングリ池」にドングリを投げてお願いをすると、叶うと言われているのです。
「だめだよ、アライグマくん、ぼくもう何度もお願いしてる。川を渡らせて下さい、泳げるようにしてくださいって。でも叶ったことないんだ……」
「それは頼み方が悪いのでしょう? ドングリをケチるからです」
「だって、見つけるの大変だよ? まだあんまり落ちてない」
クマくんも好きでケチったわけではありません。
「そりゃそうだよ、まだ9月だよ? 今年のドングリはまだ緑で木の上」
「だからあなたの専門知識が必要なんじゃありませんか、リスくん。森のどこに行けばドングリが見つかるのです? 怒らせるとひと飲みにしてしまいますよ?」
ヘビさんの言葉にリスくんはビクッとしました。
「そ、そうだね、何とかなるとしたら、クヌギかな?」
「クヌギ?」
「うん、ドングリはドングリなんだけど、まるっとした形のヤツ。細長いのより先に熟すんだ。『ドングリ池』のほとりに一本あるけど、行ってみる?」
「もちろんですわ」
キツネさんは、急に積極的になったヘビさんを見て、クスリと笑いを洩らしました。アライグマくんもクマくんも、コマドリさんも一緒になって「ドングリ池」へと向かいます。
クヌギの木は池の一番奥、薄暗いほうにありました。
「ほら、実はまだ編み笠かぶったままじゃん? でも揺すればいくつかは落ちてくると思うんだ」
リスくんはクマくんの頭に乗って枝を調べながら言いました。
「よっしゃ、揺すってみようぜ。クマっ子、力出し過ぎて木を傷めんじゃねえぞ」
アライグマくんとクマくんが右左からクヌギの幹に体当たりします。
リスくん、コマドリさん、ヘビさんは木の上に登って、茶色に熟した実を見つけては、つまんだり、つついたり、叩いたりしてみました。
地面では、キツネさんが落ちてきた実を忙しそうに集めます。それでも手に入ったのは22個でした。
クヌギの木の下にみんな集合して考えました。
「さてこれをどうしましょう?」
キツネさんが訊きます。
「願い事なんてみんなそれぞれ、口に出すもんじゃありませんわ」
ヘビさんはまた横を向きます。
「ぼくはね、22個合わせてみんなでひとつのことをお願いするのがいいと思う。ぼく今まで、ひとつ投げてたくさんお願いしちゃってた」
「そうだよな。こっちは五匹と一羽、別々なこと祈っちゃドングリが足らない気がしないか? 一点集中型がいいだろ」
「じゃあ、何て願えというのです?」
「新しい橋を架けてください、は?」
「そりゃ、頼み過ぎってもんだろ? いくら『ドングリ池』でもそんな大仕事はしてくれねぇよ」
キツネさんがクマくんに訊きました。
「クマちゃんは今まで何てお願いしたの? 全部言ってみて」
「う〜んと、オンボロ橋を渡れるようにしてください。オンボロ橋を直してください。向こう側に行かせてください。川を渡れるようにしてください。ぼくが泳げるようにしてください。新しい橋を架けてくださいもお願いしたことある」
「そっか……、もういろいろ試し済みなんだね」
リスくんがしょんぼりします。
そこへコマドリさんが歌い始めました。
♪ 努力を惜しまず歌をうたえ
力を合わせて声を合わせて
夢を見る子どもたちにできることを
集めて渡る 手を取って 異世界の瀬ぇを
「何ソレ、前時代的ですわ」
ヘビさんは巻いたとぐろの中に顔を隠してしまいました。
「言っちゃ悪いけど、ダサいね」
リスくんも気に入らない様子。
キツネさんはコマドリさんに
「どうして急に歌いたくなったの?」
と尋ねました。
「あら、私は野の鳥、いつも勝手なことしか歌わないわ」
とほっぺを胸より紅くして答えました。
それに引き換えアライグマくんは真面目でした。
「そうだよな、人まかせで向こうに行きたいとか、気が付いたら向こうに居たってんじゃダメだよな。冒険は自分たちの力でしなくちゃ」
何か思いついたようです。
「願い事はこうだ。僕たちが川を渡れるよう手伝ってください」
「え〜っ」「たったそれだけ?」
「ドングリ22個分だ、贅沢いっちゃいけない」
「ドングリ少ないと願いが叶わないって言ったのはヘビさんだけだよ?」
「それでも、もしかしたらもしかするんだから、できるところは自分たちでやって、できないところだけ手伝ってって言うのが筋だと思うぜ」
「そうかな……」
仲良しの動物たちは顔を見合せました。願っても何も起こらないのかもしれません。願えば、手助けだけはしてもらえるかもしれません。もっとドングリがあれば、寝てるうちに新しい橋が現れることもあるのでしょうか?
クマくんはじっと22個のドングリを見つめています。
「さっさと始めませんこと?」
首をもたげたヘビさんが言いました。
「これからどんどんドングリは落ちてくるのでしょう? とりあえずは『お手伝い』のお願いで十分だと思いますわ」
「そうだろ? そうだよな」
五匹と一羽のお友達は「ドングリ池」の岸辺に並びました。
コマドリさんのくちばしにクヌギの実がひとつ、ヘビさんの口の中にみっつ。
リスくんの手にひとつ、頬袋にひとつずつ。キツネさんの手にふたつずつ。アライグマくんの手にもふたつずつ。クマくんの大きな手に残りのななつ。
同時に、できるだけ遠くにドングリを吹き出したり投げ入れたりして唱えました。
「「「「「「僕たち/私たちが川を渡れるよう手伝ってください!!!!!!」」」」」」
みんなの声は池の上をぐるぐる廻って波紋のように響いていきました。
投げ込まれたドングリは池の水面にぷかぷか浮いています。
「何にも起こらないね」
リスくんがつまらなそうに言いました。
「手伝ってくれって言ったんだから何も起こらないんだよ。まずは自分たちで橋を作り始めないと」
アライグマくんは本気で橋を作る気です。
「でもどうやって?」
「向こう側に渡れないのに片側からどうやって橋を架けるの? 川幅に橋を作ったとしても、運べやしませんわ」
クマくんは心配そう、ヘビさんは無理だと言わんばかり。
その時でした。「ドングリ池」の水面が翡翠色にぼわっと輝いたのです。
「うわっ」
「何?」
動物の子どもたちは眩しくて顔を覆いました。
少ししておそるおそる目を開けると、翡翠色の光は池の真ん中に集中していました。ドングリよりもっと大きな、うす青緑の綺麗な卵のようなものが、光を発しながら浮いているのです。10個以上あるのでしょうか、どんぶら、どんぶらと水に揺られています。
「見てくるわ」
コマドリさんが飛んで行きました。そしておそるおそる、浮いているものの上にとまり、ついばんでいます。
「ふかふかでぐるぐる巻きでこんなの」
舞い戻ってきたコマドリさんはくちばしに挟んできた物をみんなに見せました。
「ああ、ヤママユだよ。さっきクヌギの木から落ちたのかな」
リスくんが答えます。
「イヤだわ、シルクじゃありませんの。せめて天蚕と言ってもらえません?」
「テンサン?」
お嬢様のヘビさん以外は誰も知らないようです。
「クヌギの木にカイコが住んでて、繭をつくるんだ」
「その繭から糸を取って上等な布にするのです。私、回収して参りますわ」
「え?」
みんなが驚くうちにヘビさんはしゅるしゅると池の水面をくねり、繭に近付きました。ひとつ口にくわえては、岸に戻りまた取りに行きます。繭は全部で22個ありました。
「おまえ、泳げんじゃねぇか」
「当然ですわ。ヘビが泳げなくてどうします? 私たちは水の使いですわ」
「おまえは向こう側に行けるってことだろ」
「クマくんが行かなければ無意味じゃなくて?」
「そりゃ、そうだが……」
「ひとりで行ってもつまりませんわ」
頬か顔かを染めたヘビさんは、ひとりだとつまらないと言うより、心細かったのかもしれません。
動物の仲間たちは今度は、22個のうす青く輝く宝石のような繭の前で考えました。
「もしかして、これ『ドングリ池』がくれたの? お手伝いとして」
キツネさんは首を傾げました。
「同じ22個だしドングリを繭に変えてくれたとか?」
「偶然だよ。クヌギの木を揺らしたから落ちてきただけ」
リスくんは騙されないぞという声音です。
「22個ヤママユもらっても、橋にはならないよ」
「ドングリでもならないけど、もしかして、ドングリじゃできないけど繭ならできることがある?」
「布が作れると言ってますわ」
「布が作れたら川が渡れる?」
「シルクを売ったお金で橋を買うか召使を雇って作らせればいいのよ」
「これだけの繭でか?」
「布が作れるなら糸が作れるよな? 糸ができるなら縄も作れるか?」
「そりゃ、糸を編んだり組んだりすれば縄になるんじゃない?」
キツネさんも頭を絞っています。
「オレ、何か閃いた気がするんだ。でもまだなんかはっきりしない。橋ってどうやって作るのかおとなに訊いてみる。この繭の使い途がわかるかもしれねぇ」
アライグマくんがそう言ったので、また次の日集まることにしました。
挿入歌のメロディがもし気になる方がおられましたら、ブラームス交響曲1番第四楽章のメインテーマです。
全編通してこの曲が底に流れている気分で書きました。