「オンボロ橋」は渡れない
夏はもう終わったのかもしれませんが、木洩れ日はまだまだ暑い日のことです。
「逆さ虹の森」に住む怖がりのクマくんは、最近ずうっと考えていることがあって、お友達に「根っこ広場」へ集まってもらいました。そこは、木の根っこがここかしこに飛び出していて、みんなが座るのにちょうどいいのです。
「どうしちゃったの、クマちゃん」
お人好しのキツネさんは絡み合って一段と高くなった根っこの上に乗って、落ち込み気味のクマくんの目を覗きこみました。
「あのね、ぼくね、向こうに行ってみたいの」
「向こうって?」
「橋の向こう。でもオンボロだから、それにぼく大きくて重たいし、怖くて、渡れない……」
「そりゃ、ムリってもんだろ、オレだって試したことないぜ」
木に寄りかかって偉そうな、暴れん坊だと有名なアライグマくんが答えます。
森の真ん中にかかっている吊り橋は「オンボロ橋」という名前からわかるように、いつ落ちるかわからないほど古いのです。
橋の床板があちこち抜けていて、足の間に下の川の流れが見えてしまいます。
怖がりでなくても渡りたいものではありません。
森の中に橋はそこだけなのに。
「いいじゃない、私たち、森のこっちでとっても幸せだと思うわ」
キツネさんはクマくんを慰めたいようです。
「おまえなら渡れるんじゃないのか?」
気が強いアライグマくんはいたずらっ子のリスくんに訊きました。
「僕? 僕はどっちかというと、橋板をもっと外して誰か落ちるのを見て楽しむほうだよ」
「クマっ子が落ちたほうがいいってのかよ?」
「だって、ここは『根っこ広場』だよ? 嘘ついたら根っこにぐるぐる巻きにされて捕まるんだから。どんなに謝っても逃げ出せないって知ってる? 正直に言うしかないじゃん」
リスくんの言うことももっともです。
森のみんなはもう毎日のようにお父さん、お母さんから、
「根っこ広場で嘘を吐いてはいけません。大変なことになりますよ」
と、言われているのだから。
「おい、おまえはどうだ、ヘビさんよ。その長〜いからだを伸ばせば向こう岸まで行けるだろ?」
「だめですわ。このからだをもってしても橋の真ん中までしか行けませんの」
「それでも吊りロープのほうにぐるぐる巻き付いたっていいじゃないか」
「ロープが腐ってないという保証がありまして? よっぽど高いところから落ちることになりますわ。他人にばかり押し付けてないで、洗い物のお好きなあなたが泳ぎ渡ればよくなくて?」
「オレは手を濡らすのは好きだが、泳げないんだ。からだ全体濡れていいなら、岸でちょこまか服や食器を洗うわけないとわかりそうなもんだが?」
威勢のいいアライグマくんも苦手なものはあるようです。
五匹の動物たちはうーっと考え込んでしまいました。
「もし私が川に落ちてお肌を傷つけてまで向こうへ辿りついたとしても、行きたいのはクマくんですから意味ありませんわ」
「それでも向こうに何があるのかわかれば、諦めるなりもっと頑張るなりできるだろ?」
「もっと頑張るって何をどう頑張るんですの?」
「新しい橋を作るなり、船をこさえるとか、泳ぐ練習をするとか」
「オーホホホホ」とヘビさんは笑いました。
「ではあなたがスイミングに通えばいいじゃありませんの」
アライグマくんはぐっと言葉に詰まったようでした。
クマくんが淋しそうに呟きます。
「わかったよ。ぼく、泳げるようになるまで我慢する……」
その様子を見てキツネさんは心配そうに、
「明日もう一度話し合いましょ? 今晩何か思いつくかもしれないから」
と言いました。
「そうだよ、おやつが待ってる!」
リスくんが飛び跳ねます。
「そうですわ、アフタヌーン・ティのお時間ですもの」
ヘビさんはそう言うと根っこの間にずりずりと入って行ってしまいました。
「キツネとヘビは頭がいいってのが相場じゃないのか?」
アライグマくんはふたりきりになってから、肩を落としているクマくんの背中を撫でました。
「行ったことなければ行きたくなる。オレだって行ってみたいよ。だから元気出せ」