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しろぎつね  作者: 前河涼介
2/10

眠り

 姉妹が布団を並べて眠っている。姉は首筋を枕に預けるように顎をやや高くして、片手を頭の横に、もう一方の手を胸の上に置いている。妹は横向きに深く毛布をかぶって顔の前に両手を置いている。二人とも規則正しい寝息を立てている。姉の布団の方が居間との敷居に近く、妹の布団が窓側にある。

 そして妹の布団の横で狐が丸くなって眠っている。手足と鼻の先を太い尻尾の下に敷き込んで温めている。姉妹が明りを消した時は居間のラグの上に居た。一度起き出して寝場所を変えたらしい。

 部屋の中は暗く静かだ。何の物音もしない。風が窓を揺することもない。水滴がシンクの底を叩くこともない。世界そのものが眠っているような静けさ。

 しかし狐は何かの気配に気づく。その耳が微かに揺れる。頭を持ち上げ、同時に目を開ける。部屋の天井の隅の方をじっと見据える。でもそこには何もない。何も見えない。何も聞こえない。

 何もない。

 もしかして狐が見ているのは現実のものではないのかもしれない。現実には存在しない、想像の上の何物か。狐の目だけがそれを捉えている。いや、もしかしたら目に見えるものでもないのかもしれない。ただ視界に重ねられた想像として、狐の頭の中だけに存在しているものなのかもしれない。

 狐の呼吸がほんの少しだけ速くなっている。体を動かしたせいだ。もちろん息が上がっているというほどのものではない。ゆったりと落ち着いている、でも眠ってはいない。そういった速さ。

 そうした狐の呼吸の微妙な変化に妹が反応する。眉間に皺を寄せ、布団の下へ潜っていこうと肩を動かす。背中が上になる。あくまで無意識の動き。もっと深い眠りを求めようとする体の反応。

 しかし自らの体の動きが彼女の意識を刺激する。うっすらと瞼を開く。目は光を捉えるが、視覚はまだ眠っている。瞼は無意識に任せて再びゆっくりと閉じていく。そして完全に閉じようとするその瞬間に意識が覚める。

 彼女は中空をじっと見上げている狐の横顔に目を向ける。瞼を開けたその時の姿勢のまま、表情のままでじっと狐を眺めている。表情といっても顔の筋肉のほとんどは弛緩している。唇は薄く開き、額はすっきりとしていて皺ひとつない。彼女はそのまま五分くらいじっとしている。そうして真夜中の世界を自分の中にインストールしていく。自分が何者なのか。どこに居るのか。これは私が普段生きているのと同じ世界なのか。たぶんそうだ。昨日は十一時半に眠った。暗い。まだ朝ではない。夜だ。眠るべき時間。

 でもなぜ狐がここにいるのだろう。それは本当にそこにいるのだろうか?

 彼女は上になっている左手をおもむろに持ち上げる。それは磁力に引かれるかのように滑らかに動き、やがて狐の鼻先に近づく。彼女の指先は狐の温もりを捉える。その熱は少しずつ周りの空気を温めている。窓の下から差し込む冷気を遮っている。

 そして彼女の指先がは狐の鼻先に触れる。毛並みを確かめながら額へ、首筋へ。狐は彼女の手の動きに合わせて目を瞑り、耳を後ろへ寝かせる。彼女は何度か続けて撫でる。狐は何物かを見つめるのをやめ、再び床の上に顎を置く。そして目を瞑る。


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