9. それがこの物語のスタートだった
ゲートのある高層ビルに向かっている間の電車内では宮子だけが座席に座り、僕と葉子は立って吊り革に掴まっていた。
段々とゲートに近づいてくる車内では多くの人たちが乗っていて僕らは抑えた声で会話をする。
「なんで葉子はゲートになんて行きたいんだ?何か願い事でもあるのかい?」僕の隣で葉子は電車のゆらゆらと揺れる振動にともない微かにゴシックロリータの華美なフリルが揺れる。黒いそれは闇の国の連想させる。
葉子がしたいことそれは「私は世界の果てに行きたいの」
「世界の果て?」
「願い事がなんでも叶う場所だったらそれがきっと世界の果てなの。わかる?雅」と僕に言う。
「いいや、わからないな」僕がそう言うと葉子は唇を薄く引き伸ばし、不気味な笑顔を浮かべる(不気味と言ってもそれは妖艶に近く美しかったが)。
「行けばわかるわ」
「葉子さんは怖いもの知らずなの?」と宮子が席に座ったまま上目遣いで言う。
「そうね、私の怖いものと言ったら何一つないの」
「お化けとか幽霊は怖くないの?私すごくこわくって夜中はトイレいけないんです」
「あらそうなの、夜中トイレ行きたくなったらどうしてるの?」
「ぬいぐるみのキャミーと一緒に行ってます・・・」と言ってから僕を睨みつけて「パパとママには内緒だからね!」と言った。
それからガタゴトと電車は揺れ、目的地に着いた。
電光の看板で「東京都」と書かれている。
電車から降りると大勢の人がいたが、なんだかそれは影だけの存在のように思えた。僕は魂と失った肉体だけの大勢の人がそこにいると連想してしまう。
「私もあなたと同じことを考えていたわ」と葉子が言う。「実はここ前にも来たことあるの。ゲートが出来る前日に」
「え?」と僕は聞き返すが、
「さあ、行きましょう。世界の蓋を開けましょう」とだけ葉子は言ってスタスタと先に行ってしまう。
葉子の後を宮子と僕で追いながら今まで葉子について言われたことを考える。園田真理には「葉子には気をつけて」と言われ、喫茶店の自称占い師には「あなた達には何か感じるのよ、特にあのゴスロリの子には」と言われた。僕には何かしら葉子について決定的に知らなくてはならないことがあるのではないか、とこの時思い始めた。
それがこの物語のスタートだった。