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葉子と夏  作者: 結姫普慈子
第三章 光と闇
20/23

20. 光の国

 7月15日日曜日の東京。

 僕は前に見たときと違う東京駅にに恋人の葉子とそれと妹の宮子と一緒にいた。

「なんか怖くないか?」僕がそう言うと宮子もそれにうなずく。

「お兄ちゃん手をつないで」宮子がそう言うので僕は妹の手を軽く握ってあげた。その手は少し汗ばんでいてそして微かに震えている。

「大丈夫か?宮子」

「うん、怖いだけだから」見ると宮子はおでこにうっすらと汗をかきはじめていた。

「葉子、ゲートの出来る前日に来たことがあるって言ってたよな。どういうところなんだゲートのビルは?」

「あそこに見えるビルがそうよ。正確にはゲートが出来た当日に私はそこにいたの。そして願い事を叶えたのよ」

「願い事?」

「そう、私の願い事」

「どんな願い事なんだ?」

「私にもわからない」


 駅の改札を抜けると僕は宮子の手を握りしめながら目的のビルへと向かう。僕は葉子の事が段々とわからなくなってきていた。

 辺りは真っ昼間で人が大勢いたがなんだかその大勢の人達は影の部分が雨に濡れたかのように滲んでおりボヤけて見えていた。

「なあこの人達は一体どうなってるんだ?」僕は葉子に聞く。

「お兄ちゃん怖いよ」宮子が泣き始めた。

「いたって普通の人間だけど、心の中にはただ一つ、願い事だけがあるの。そしてその願いは闇の王国に徐々に触れていってるの」そうして葉子はこちらを振り向きニコリと笑う。「そうしているとね、自分の影が雨に濡れて滲んでくるの」

「葉子の影はどうなんだ?お前の影はどうにもなっていないぞ」

「私はね、もう願い事はないから」

 葉子がどんどんと先へ進んでいく。大勢の人達は誰も何も話していないでただビルへと続く列を並んでいた。「宮子ちゃん、気をたしかにね」葉子が前を向きながら言う。

「うん」宮子は涙を片手で拭いながら言った。

 ビルの入口の正面に着くと葉子は立ち止まった。

「世界の蓋を開けなくっちゃ」葉子はそう言うと中へと入っていく。僕も中に入ろうとすると宮子が僕をつないだ手で止めた。

「お兄ちゃんはこれ以上行っちゃいけない」

「わかった」


 ビルの入口のガラス扉越しを見ると奥の方で誰も使っていないエレベーターへと葉子が乗り込むのが見えた。

「お兄ちゃん、きっと葉子さんはね、世界の蓋を開いちゃうと思う」

「世界の蓋ってなんだ?」

「わかんないけど、それはきっと蓋なんだよ。開いちゃいけないやつ。この世界のタブーみたいなものだと私は思う、そんなことしちゃいけないんだよ。怖いよお兄ちゃん」宮子はそう言って大粒の涙で泣き始めた。「もうダメなんだ」大声でそう泣く宮子を僕は何も出来ないで見つめていると、

 突如ビルから鳴き声が聞こえ始めた。

 鳥の鳴き声や、人の鳴き声ではない。それは真夜中の高速道路のネオンのライトが切れた真っ暗なトンネルの奥深くから聞こえる、雨音だった。

 雨音はピアノの音をしていた。歌うような鳴き声でビルが震えている。

 そしてビルは光り輝きはじめて世界中を白の光で包みこむと、辺り一帯は光の国と化して、それからビルは消え去った。


 ビルがあった場所にはグランドピアノが置かれていた。いつの間にかこの世界は昼間から夜になっていて空には夏の夜気が広がっていた。

 グランドピアノの椅子に葉子が座っている。何か曲を奏でている。僕はピアノへと近づいていくと段々と音がはっきりしてくる。

 しかし途中で土砂降りの雨が降り始めてピアノの音は聞こえなくなってしまった。ビルの跡の赤茶色い土の地面に雨が染み込んで匂いがしてくる。

 雨は夏の暑さに冷たさを連れてきた。後ろを振り向くと宮子がしゃがみこんで膝を抱えているのが見えた。この辺り一帯にいた大勢の人達は消えていなくなっている。

 雨は次々と猛烈な勢いで降り続け僕達三人を濡らしていく。


 ようやく葉子のいるピアノの傍に着くと僕は葉子に話しかける。「ここが世界の果てか?」

「これから何処へ行く?」葉子は僕の目を見つめていそう言う。

「帰る。もう雨降ってきちゃったしな。楽しいデートだった」

「私も楽しかった」

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