1. YES.
2018年7月14日土曜日の東京。
七夕が過ぎてすぐのことだ。東京の一番高いビルがどうやら別世界へと通じてしまったようだ。そのゲートは木製の扉で人々の願いを叶えるために突然現れた。
一回一万円。
それでどんな願いでも叶う。まだ世界が生き残っているということはこの世界を滅亡させようだ、なんて言う人はまだその扉に辿り着いていないのだろう。
そのビルは連日長蛇の列でゲートのある屋上からずっと下の地面まで続き、更には世界中から現れた外国人なんかも列に加わりビル周辺は願いを叶えるための人だらけであった。
僕はそんなゲートに興味なんてなかった。今ある日常が幸せだったからだ。そうこの時までは。
「起立、礼、着席」先生がそう言って生徒たちがそれを行い、そして先生がまた話し始める。
僕はぼーっとそれを聞き流す。横にいる少女が僕に紙くずを投げてきた。それが僕の肩に当たってポタリと教室の床へと落ちる。
僕はその紙くずを拾い上げるとくしゃくしゃになったその紙を机の上で広げる。
『願い事は?』そこには黒いマジックの文字でそう書かれていた。
僕はその下にシャープペンシルと走らせる。『もう叶っている』と書いてまた紙をくしゃくしゃにして隣の席の少女に投げ返す。
それから少女は僕の返事を見ると淡く微笑んで窓の外を見上げる。クーラーもない夏の暑い室内の中、窓の外は雲一つなく爽やかな風が空いた窓から入ってきている。
その風に揺られて彼女の髪の毛が揺れる。
彼女は僕の恋人だった。
名前はまだない、というわけでもなく、ごく普通の名前である。
砂先葉子。顔はいたって普通の少女であるが雰囲気がセピア色なのだ。僕はこの少女に恋をして、つい昨日デートした帰りに告白をした。
返事はYES。
願い事は叶ったのだ。一回一万円のゲートなんて僕にはいらなかった。
先生が教室から帰った後、僕は葉子に話しかけた。葉子はいつも通りだった、恋人になったばかりだがあまり初々しいムードなんてものはなかった。普段通り。そう平常。
「どんな願い事でも叶うんだったらさ、私だったらあなたと一緒にどこまでも行きたいわ」彼女は僕だけに聞こえる小声で言う。
「まったく、葉子はまだ高校生なんだぞ。そんな破天荒なこと言わないの」僕がそう言うと葉子はクスクスと落ち着いたクリーム状の黄色の声で笑い、溜息と一緒にスカートのしわを直した。