夜の目覚め
R15を念のため加えました。
理由は内容からお察し下さい。
ご指摘ありがとうございます。早速修正しました。
夜、ふと目が覚めました。
掛布が肩から落ちてしまったようで、首筋が冷えてふるりと身を震わせてしまいます。
思わず側にあった暖かなものを抱き寄せれば、それはもぞもぞと動いて、腰になにか暖かいものが巻きつけてきてきました。体を動かせなくなってしまいますが、不安はありません。
私が抱き寄せたのは、美しい寝顔の王太子殿下。胸元に吐息と柔らかい髪が触れています。
じっとそのお顔を見ていますと、とても不思議な気持ちになってきます。
私が側妃候補であったとしても、あくまでもアメリさまだけのお方と思っていました。騒動の際も、私の家との事情をふまえて、人前ではアメリさまと距離を置いていましたから、本当に遠いお方でした。
それなのに、こんなに近くで無防備に寝ていらっしゃる。自分の事なのに、なんだかおかしくて笑ってしまいそうになりますね。
それにしても、こうしてみると、殿下は随分変わられました。
顔は精悍になり、言動も冷静沈着さに磨きがかかり、公務も精力的にこなしています。そのお姿は正に「王太子」と皆が褒め称えています。
ですが、公務に励み過ぎてお疲れなのでしょう。
お顔を見ながら、前髪や頬を撫でたり、後ろ髪をすいても気づかれません。
それほどお疲れならば、私の宮までお出でにならずとも……。
あら?
何故か、王妃さまとルシーダさまを思い出しました。
そうそう。お二人が、それぞれ王太子殿下にお伝えしたのでしたわね。
ルシーダさまは、出産間近の不安を抱えたシンシアさまの願いに応え、側でお世話に協力したいと。
王妃さまは、側妃2人が子を授かった為に不安を覚える私を支えよと。
もちろん私は知らぬふり。
お出でになる事に喜び、ルシーダさまに指導して頂いた事を活かして、精一杯お世話をするだけです。
そして、段々と殿下が柔らかい表情を見せるようになったのは、その成果でしょうか。
けれど今夜は、少し意地悪をしてしまいました。
連夜お出でになることは嬉しいですけれど、王太子妃さまはよろしいのですか?と申し上げたのです。
たちまち、殿下を顔を曇らせましたので、それ以上は申しませんでしたが、その後はいつもより殿下の触れる力が強いような気がいたしました。
「無理はしなくていい。君はそのままで良いのだよ」
婚姻宣言の日の、殿下の言葉は心からのものだったでしょう。
学院で出会ったセシリア嬢はキラキラしていて、宝石のようにそのままでいて欲しかったのかもしれません。
ですが、今はその言葉に悩まされるようになられたのですね。
学院時代のセシリア嬢は奔放で無邪気な方でした。平民から貴族へと環境が変わっても、臆する事なく興味が向けば積極的に励んでいました。その姿は、王太子殿下の関心が向くのも、仕方がない程の輝きだったのでしょう。
それが王太子妃になっても変わらないのは、問題ではありません。
問題だったのは、興味の向く先が偏ってしまったこと。
励むと言った王族の一員となるべくしなければならない勉強は身に付かず、側妃が代わりに担う仕事を完全放棄し、王族出席の公務は己の美貌披露の場とかしていきました。
そして王太子妃の興味は、王太子殿下の愛とそれに伴う恵まれた環境での生活に向けられ、殿下の愛情を試すようになり、愛の証を欲するようになりました。
当初、殿下はそれすら愛しいご様子でしたが、次第に王太子妃の前でも口数が減っていったようです。
私どもを含めて、心配したり諌めたりする声はありましたが、王太子妃は変わることを良しとしませんでした。
『王太子殿下がそのままでいいと言ったのよ?だから、そうでいる事が、殿下の為になるのだわ』
にっこりと無邪気に微笑んでさえ見せた王太子妃に、誰もが口をつぐむしがありませんでしたわね。
何より変わらなかったのは、学院時代に殿下が刺激をうけ関心を寄せられた「平民育ちの価値観」
何故か、王太子妃は、殿下に庇護され続ける事を当然と思っているようでした。
確かに権力を持つ者が、弱き者を庇護しなければならない事もあるでしょう。
学院時代に嫌がらせを受けて嘆くセシリア嬢に「守ってやる」と殿下が仰ったのを、今も覚えていらっしゃるのかもしれません。
ですが、王太子妃さまは、殿下と「夫婦」という対等な立場にもなられた事はお忘れのようでした。
王太子殿下とて人の子。
学院を卒業し妻を迎えれば、成人としての公務も責務も増えて行きます。精力的こなしてらっしゃっても、心身ともにお疲れになるでしょう。
しかし、愛する人は殿下から守られ与えられる事を享受するばかり。
あの日の「お支えします」という言葉はどんどん空虚なものになり、殿下が「あくまでも妃のために向かえる」と捨て置いた私ども側妃を、必要とするようになるのも無理はありませんでした。
殿下がむずかるような小さな声を立てて、胸元に更に寄り添ってきます。お顔を晒して眺めていたから、寒くなったのでしょうか。
でももう少し、この髪の感触を楽しませて下さいましね。
それにしても。
王妃さまは、本当に慧眼でいらっしゃる。
このような事態を予測していたのでしょう。
陛下は、本当に殿下を愛していらっしゃる。
殿下が気づくと信じて、王妃さまに任せたのですもの。
そして王太子殿下。
本当に、間に合って良かったですわ。
これから起きる事の意味をも、殿下はお気づきになるでしょう。
それでも、時を経て変わられた殿下ならば決断されると信じております。
指ですく殿下の髪は、とても気持ちいい。
名残惜しいけれど、夜が更けてまた更に静かになった気がします。
私ももう少し眠るとしましょう。
殿下の吐息が、何だかとても優しく聞こえて、今はとても気持ちよく眠る事ができそうです。
「シンシア妃と王女殿下のお支度が整いました」
夜明け前、シンシアさまの出産開始の一報を受けてから数時間後。
本当に珍しく、私は王太子殿下の執務室でご一緒しておりました。
出産に時間がかかるのは当然の事。その間政務をこなしていた王太子殿下は、何故か私を側から離しません。
ペンを走らせる殿下の横で、ただただ静かに過ごす私がいる執務室に、王女誕生、そして漸く面会の準備が整ったという知らせが届いたのでした。
「ーリリアーナ、行くか?」
私は首を横に振ります。
「まずは、お父様になられる殿下がお顔を見せて差し上げて下さいませ。そして、存分に誉めて差し上げて下さいませ。シンシアさまも喜びますわ」
私の言葉に嬉しそうに笑った王太子殿下が、直ぐにでも飛び出しそうになるのを、慌てて止めます。
「お気持ちはわかりますけれど、まだ朝も早ようございます。お体を冷やして、殿下がご病気になられましたら、シンシアさまも悲しまれますよ。王女さまにもしばらく会えなくなります」
侍従から受け取った上衣を一枚、王太子殿下に着せます。
大人しくなすがままだった殿下は、支度を終えると私のこめかみに小さい口づけを落として、出ていかれました。
…………………ルシーダさまの術はすごいですわ。
主のいない部屋に、いつまでもいるわけにはいきません。部屋付きの侍従に退室を告げて出れば、1人の侍女が顔を青ざめたまま私を待っていました。
「リリアーナさま。申し訳ございません。もうあなた様におすがりするしかないのです。王太子妃宮にお出で頂けないでしょうか」
それは、王太子妃の宮の侍女でした。
「王太子妃さまに、王女殿下のご誕生の一報をお伝えしようと、部屋の外からお声をかけても反応がなく、しかし、昨夜から決して部屋に入らぬよう厳命されているのです。もう、どうしたらよいのかと……」
「このめでたき日に、皆は駆け回っていることでしょうね。よろしいわ。……私が参りましょう」
「感謝いたします」
私は、この日の為に用意した淡い青色のドレスを翻し、王太子妃宮へ向かうことに致します。
タイトルは古典文学「夜の目覚め」から。あらすじは全然違います。
データが消えたので、書き直しましたが、前半は独白みたいなものですから、書き直しは恥ずかしい……。
そして。日刊総合1位になってるではありませんかっ!
いいんですか!ありがとうこざいます、皆さん!
今でも信じられなくて、親切な方々が連打してくれてるのかもと思ってしまいます。(パニック)
感想もありがとうございます。個別にお返しする事は叶いませんでしたが、大変嬉しいです!
前に後書きで書いた王妃さま達の狙いについてですが、わかるかな?(挑戦)ではなく、わかるかな(回りくどすぎだったかも…ビクビク)でございますので、あまりお気になさらないで下さい。
皆さん、いい感じで察して下さっているようなので、ありがたいです。
何しろ書き直してますので、時間がかかると思いますが、次回のタイトルだけは決まっております。
【花の失墜】
お読み頂いて、ありがとうございます。