王妃への報告
会話回です。
それから、時をおいたある日。
マルセル殿から帰国の挨拶を受けていた私の元へ、ある情報が寄せられます。
それを受けて、私は王妃との面会を申し込みました。
それから、王妃との私的なお茶会に招かれました。
マルセル殿から退去の際に頂いた、可愛らしい土産の品もあることですし、対外的には理由がつけられそうです。
一通りの検査を経たそのお土産を侍女に持たせ、指定通りの時間に指定通りの場所へ向かいました。
王妃宮の中庭。
待っていたのは、王妃だけではありません。
国王陛下も同席されていました。
「お招きありがとうございます、王妃さま。お久しぶりでございます、国王陛下」
お二人は優しく頷き、席につくように促されました。
私がその通り席につくと、王妃付きの侍女達がお茶とお菓子を用意してくれます。
「リリアーナ。誠に久しぶりに顔を会わせますが、健勝のようね」
「はい、王妃さま。陛下や王妃さま、王太子殿下のお心配りもあって、健やかに務めを果たせる事が出来ております」
「リリアーナは異国からの客人からの評判もよい。お陰で、幾度となくこちらに有利な交渉をなすことが出来た。よくやった」
「お褒めに預り光栄です、陛下。私の経験がお役にたてるのも、陛下の差配のお陰でございます。これからも、お役にたてるよう、励みますわ」
そこで、私は自分の侍女に視線を送りました。
「陛下。王妃さま、先ほど、ニホリ国のタチバンナ侯爵より、帰国の挨拶を受け、その際に可愛らしいお土産を頂きました。ご覧になりませんか」
お二人が頷かれると、陛下と王妃さまの警護担当の検査をうけた土産ものを返してもらった侍女が、私たちのテーブルにそっと置きます。
それは、手の中に収まるくらいの大きさの、牛のお人形のようですが、首と体の部分が違う部品で組み合わせっていて、首がゆらゆらと揺れています。
牛の形をしてはいますが、全体的に丸く、絵の具で描かれた顔も可愛らしくて、ゆらゆらと揺れるその様は愛嬌があります。
「これは?」
「ニホリの国のある地域特産の玩具、と仰っておりましたわ。その地域ではその昔、疫病が流行った事があったそうです。そこに神が牛の姿になって現れ、病を追い払ったそうですよ。その神を模して作られた玩具なのですけど、由来から厄除けとして子供に持たせるようになったそうです。由来を聞かずとも可愛らしいものですから、いかがでしょうと仰ってましたわ」
にこにこと微笑むマルセルの愛嬌ある笑顔を思い浮かべます。こんなところも、好ましいと思うところです。
牛の頭を指でつつけば、ゆらゆらと動きます。
その様子を3人で眺めていますと、王妃さまが口を開きました。
「その玩具は可愛らしいが……子供に、ねぇ…」
「それは…既にご存知でらっしゃいましたか。私がご報告を、と思っておりましたが、遅かったようです。申し訳ございません」
王妃さまの言葉が意味するところを察した私は、頭を下げます。陛下は自分に注意を向けるように、テーブルをトントンと指で叩きました。
「なに、本来は喜ばしい事だ。わしの方から妃に伝えたのだ」
「リリアーナも知った時点で、私に面会を求めたのでしょう?迅速な判断です」
陛下が気にするなと笑われました。王妃さまも別段気にされていないようで安堵します。
「して、ルシーダで間違いないか?」
はい、と応えれば、ううむと陛下は嬉しそうな声をあげました。
「初孫か……」
「よい時期に、授かりましたね」
「しかし、まさか、タチバンナ侯とやらは、知っておったのか?だから、その玩具を土産にと?…そうなれば、少し考えなければならないが…」
途端に考え込むように表情を曇らせた陛下の言葉に、私は顔を横に振りました。
「その可能性は低いかと。今回の吉事は今日になって判明したのですから、それ以前から国に入ったタチバンナ侯が、それを見越して自国の玩具を用意できるとは思えません」
「それならば良いが。ーして、ルシーダの務めはどうする」
「私とシンシアさまが、ルシーダさまのお役目を少しずつ引き受けていきます。事前に、私どもで話し合いをしておりますので、この点はご安心くださいませ」
「第一子がルシーダ。第二子がシンシア…と授かるのね?」
王妃さまが問います。私は頷き、少し笑いました。
「はい。私はその後………。こればかりは神さまの思し召しですので、どうなるのかわかりませんが、まずはルシーダさまにお子が授かったのは、本当に喜ばしい事です」
「リリアーナにも子が授かると良いわね。ところで、王太子妃の方はどうなのかしら」
パサリと王妃さまは扇を開いて口元を隠します。
「妃殿下は健やかにお過ごしでいらっしゃいます。勉強には時間がかかっておりますが、ご公務は精力的にこなしておりますし、むしろ少し頑張りすぎかもしれませんわ」
「公務と言っても、片手で足りる程でしょうに。あれほど勢いの良い事を言っていた、勉強時間の態度も報告に上がっているわ。甘い評価は不要よ、リリアーナ」
王妃さまはふう、とため息をつきました。
「王太子は未だ、足しげく王太子妃の元へ通っているのでしょう?それこそ、兆しはないのかしら」
「それはございません」
この場所に、沈黙が落ちました。
一瞬にして冷ややかな雰囲気となった中、私は気を引き締めて、お二人にご報告します。
「王太子妃の御身のため、1日の疲れを癒すお休み前の薬湯の服用は、毎日欠かさず続けておりますわ。週に1度の診察も欠かさず」
「よろしい。…本人の気持ちはどうかしら。王太子に愛されているとはいえ、未だ子が授からぬ事に心乱れていないかしら」
「私どもを含めても、王太子殿下のお運びは妃殿下に密にございます。それに、公務に勉強に励まれる妃殿下の支援をなさって、時に力を抜くよう贈り物をなさったり、お二人の時間をお作りになったり、お心をつくしていらっしゃるようですわ。ですから、妃殿下もまだお子は…と思っていらっしゃるようです」
「ふふふ。やはり、あの娘は…かわいいわね」
王妃さまは楽しそうに笑います。
「リリアーナ。引き続き、お願いするわね」
「はい。せめて、シンシアさまのご懐妊までは、確実に進めたいと私も思っておりますから」
「王太子もそれまで、王太子妃に心をつくしてくれるかしらね…」
思わず、といった王妃さまの言葉に、陛下は口を開いた。
「王妃。アレもわかって来たようだ。心配することはなかろう」
「陛下?」
「己が王族であるということ。己が感情的に望んだ結果の影響のこと。変わらぬものなどないということ…。まあ、そのような事をだな」
王太子殿下を思って微笑む陛下の表情には、確かに愛情が感じられます。王妃さまも感じたのでしょう。安堵したかのように、微笑みました。
「そうですか。……息子のワガママを叶えてみて、良かったですわね」
「ーうむ」
お二人の前で、私は何も申す事はございません。
予定は順調に進み、我が国の明るい未来は確実に近づいているのです。
王太子夫妻の周辺の思惑はわかるでしょうか……。
赤べこかわいいですよね……。