愛しい人の最後の望み
ジェシカの物語。
プロローグです。
本日は2話更新。こちらは2話目です。
ジェシカたんをよろしくお願いします。
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「サンドラ、お誕生日おめでとう!」
初夏の風が心地いい昼間。
サンドラの誕生日を祝う家族とシリウス、そして他の家人らが揃って声をあげる。
見慣れた食卓は、テーブルクロスも新品で、鮮やかな花が飾られ、美味しそうなシリウスとルイスの料理が並ぶ。
そして、何より祝福する人々の中で、サンドラが微笑んでいる。
体も華奢で小さく15歳には見えないけれど、その笑顔は輝いていて今までで一番美しかった。
その笑顔をみていると、私も嬉しくなって来る。
サンドラの小さい頃は体調が不安定で、私も中々会うことが出来なかった。
妹という存在を知ったとき、私は好奇心いっぱいで大人の目を掻い潜ってサンドラの寝室をのぞいた。
だけど、大勢の人に囲まれて辛そうに息をする小さな妹の姿に衝撃をうけ、大人の言うとおりその寝室には近づくことはなくなってしまった。
ようやく会えたのは、サンドラが4歳の時。
『……だあれ?』
寝台に横たわったまま、瞳だけは興味津々でこちらを見るサンドラに、姉であると自己紹介すれば。
『おねぇちゃん………』
と、それはそれは嬉しそうに笑ったあの笑顔に、私は心を奪われてしまった。
気まずくて今まで開いていた距離を埋めるように、寝室に詰めかけた私を、いつだって笑顔で迎えてくれたサンドラ。
私が寝室の外の世界の事を話しても、自分の境遇を嘆く事なく、むしろもっととせがんだサンドラ。
可愛い可愛い妹が、本当に愛しい。
だから、ひとつの節目となる年を迎えられた事が嬉しくてたまらないのだ。
周りを見渡せば、この場所にいる誰もが同じ気持ちでいるだろうとわかる。
でしょう。でしょう。
うちのサンドラは可愛いのよ。
「お姉ちゃん?」
ひとりでふむふむと頷いていると、不思議そうな表情をしてこちらを見ている。
「どうして、うなづいていたの?」
「サンドラはやっぱり可愛いわねって、再確認してたのよ」
「え?…もう、いつもそんな事言うんだから」
「仕方がないじゃない。本当の事だもの」
「お、お姉ちゃん……」
周囲に笑いが起こり、サンドラは赤く頬を染めた。
そんなサンドラを見ていたいけれど、いけないわ。全力でサンドラをお祝いしなくちゃ。
「サンドラ。今日は、ルイスとシリウスが力を奮ってくれた料理よ。楽しみましょうね!」
「……ジェシカも遠慮なく食べる気なんだね」
「あら、いけないのかしら」
シリウスは聞き捨てないぞ、と軽くにらんでくるけれど、怖くない。
サンドラに声をかけつつ、自分もたくさん食べるつもりであることを隠さない私に、また皆が笑った。
「ほほ。ジェシカに食べられてしまう前に、私たちもいただきましょう」
「お母さま!?」
「ははは!その前にもう一度祝おうではないか!サンドラの誕生日に!ついでにジェシカの食いっぷりに……乾杯!」
「ちょっと、お父さま!」
「我が妹に乾杯!」
お父さまに続いてお兄さまが声をかけると、私があげる抗議の声を書き消すように、皆が笑って乾杯の声をあげた。
そして、サンドラを中心に楽しい宴が始まる。
シリウスも、料理人から我が家の招待客に代わり、促されて席について一緒に乾杯している。
それからは、サンドラに声をかけ会話を楽しんだり、料理を堪能しシリウスとルイスにその喜びを伝えたり。
一緒の卓につけない家人たちは、私たちの周りにた立っていたのだけど、それでも会話に加わって楽しそうにしている。
私は料理を口に運びながら、その様子も楽しんでいた。
「ジェシカは本当に食べるのが好きなんだねぇ」
美味しい美味しいと堪能していると、シリウスがてを止めてこちらを見ていた。
「好きよ。お父さまが任されているこの領地が作物豊かな地であるからでもあるけれど、ルイスやシリウスが美味しい料理をつくってくれるから、ますます好きになったわ」
「ジェシカ食いしん坊になった理由は、私にもあると言うのかい」
「寧ろ、シリウスたちのせいよ。餌つけしたんだから、責任もって美味しい料理をこれからもつくってね」
「餌つけって、自分で言っちゃうのかい。まあ、オジョウサマには、敵わないからね。ご要望には、お応えさせていただくよ」
実際の身分は彼の方が上なのだけど、長い付き合いで大人なシリウスはこうして私を受け止めてくれる。
だから、シリウスと一緒にいるのは楽しいのだ。
「サンドラ。君も、食べたいものがあったら、遠慮なく言ってくれて構わないよ。喜んでつくるから。…ショーンさま、その際は厨房の使用を許可してくださいますか」
「それこそ遠慮するな、シリウス。おこがましいことだが、トリント家の子は皆、我が子も同然と思っている。いつでも歓迎するし、鍛練場でも厨房でもどんどん使ってくれれば良い」
「鍛練場が先に出てくるところが、ショーンさまらしいですね」
「シリウス。料理も良いが、たまには私の剣の相手もしてくれよ」
「…エリックはショーンさまの息子だ。間違いなく」
一歳違いの兄エリックにちゃっかりと約束を取り付けられてしまったシリウスは、苦笑いだ。
「…シリウスさま。今日は本当にありがとう。とても美味しいわ。でも、あんまり食べれなくてごめんなさい」
サンドラがそんなシリウスに、はにかんだ笑顔でおずおずと声をかける。
シリウスも改めてサンドラに向かい合い微笑んだ。
「サンドラが満足してくれるなら、たくさん食べれなくったって、それでいいんだよ。それに、君の姉と違って、的確な評価をしてくれるしね。頼りにしてるんだ」
「シリウスさま」
「むしろ、今日という日に料理以外の贈り物が用意できなくですまない。私の姉と妹は年が離れているし、ジェシカは……料理が一番だし、年頃の女の子への贈り物って、良くわからなかったんだ」
「ちょっと!さりげなく、私を貶めたわね!」
サンドラは一瞬ポカンとした表情して、クスクスと笑う。
「充分な贈り物です、シリウスさま。お気になさらないで」
「いいや。来年は別に用意させてもらうよ。だから、楽しみにしていて」
「…はい」
ね?と促すシリウスに、サンドラは頬を微かに赤く染めて頷いた。
そんなサンドラが可愛いから、先程のシリウスの発言は許してあげる事にする。
「まあまあ!来年が楽しみね、サンドラ。…でも、私達も用意したのよ。受け取ってちょうだい!」
お母さまが、楽しそうに立ち上がり、壁際に立つ侍従らへ視線を向ける。
それを合図に、一旦食堂を離れた彼らは、すぐに手に荷物を抱えて戻ってきた。
「サンドラ、おめでとう」
お母さまから順に、贈り物を披露することになった。
まずは、お母さまから可愛らしい白いドレス。
サンドラはデビュタントの年にはなったものの、現実的には出来ない事はわかっている。
けれど、せめてそれに近しい意味を込めて贈り物としたのだろうと思う。
「私からはこれだ」
お兄様からネックレス。真ん中に小さな赤い宝石を抱えた花を5つ並べた可愛らしいものだった。
お兄さまもお母さまと同じような意味を込めて、でも普段使いができるような品を選んだのだとおもう。
「私からはこれよ」
私は数冊の本。実は、毎年本を贈っているので、少し気まずい。
でも、今年は、嫁いで王都に住んでいる、トリント家の長女エマーリアさまに相談して選んだもの。
子供が読むおとぎ話のようなものではなくて、同い年位の令嬢に評判の恋愛ものなどを混ぜてみた。
サンドラはお母さまやお兄さまと同じように、嬉しそうに笑って受け取ってくれる。
まだ早いのではないかしらとついこぼして、エマーリアさまには笑われてしまったけれど、間違ってはいなかったようで、よかったわ。
「…旦那さま、奥さま。我々からもよろしいでしょうか」
我が家の家令ジェイクが、手に小さな包みを持って前に出た。彼もまた古くから家にいる人だから、お父さまは頷く。
「ありがとうございます、旦那さま。……サンドラお嬢さま。ささやかではございますが、お仕えする私どもからの品でございます。受け取っていただけますでしょうか」
「本当に?…ええ、もちろんよ。とても嬉しいわ!」
サンドラは包みを受けとると、彼女付きの侍女と共に開いた。
途端に滑り出たのは、赤いの絹の飾り紐。それでサンドラの髪を結わえば、とても可愛らしくなる事は容易に想像できた。
「まあ、可愛らしいわね。サンドラ」
「本当に。でも、私に似合うかしら」
「間違いなく似合うよ。今度それを付けて、兄に見せてくれ」
「はい。…ありがとう、ジェイク。みんなも、本当にありがとう」
私とお兄さまに答えた後、サンドラはジェイクを初め控える家人らに視線を巡らせ微笑んだ。
ジェイク達も、サンドラの喜びように嬉しそうな笑顔を浮かべたままで一礼している。
「…最後は勿論、あなたですわよね?」
お母さまが、にこにこ笑ったままお父さまに声をかけた。その声に、皆がお父さまの方を向く。
さて、お父さまはいったい何をサンドラに贈るのかしら。
「ああっと……それなのだがな」
ところがお父さまは、皆の視線の中で段々と焦ったような表情になっていく。
「あなた?」
「すまん!実は、お前たちのような品は用意してないのだ!」
一瞬にして、その場が静かになる。
「父上?それはどういう事です?まさか、忘れていたのですか」
「いや、それはない。断じて違うぞ?」
冷ややかになるお兄さまの視線に、お父さまは慌てて否定する。
その後、早口で言葉を連ねた言い訳によると、お父さまは直前まで領地のあちらこちらへと視察に出掛けていたが、サンドラへの贈り物を選んでいる時間はとれなかったらしい。
それに、時間がとれたとしても、サンドラに何を贈ったら喜ぶのかわからず、思いきって本人に聞こうと思っていたのだそうだ。
「エリックならわかるんだがなぁ」
「私に対しても、武器や防具ではないですか。サンドラに武器を持たせるわけにはいきませんよ」
確かに、毎年お兄さまの誕生祝いには、必ずそういったものだったわ。
戸惑うお兄さまに、お父さまが嬉々として品の良さを説明していたわね。
サンドラはお母さまと二人でと言うことで、お母さまに任せきりだったし。
わたし?
私の場合も二人で食材だったし、15歳の時は王都の珍しいお菓子だったわよ。………悪かったわね
「奥さま、エリックさま、お嬢様がた。旦那さまは、何も準備なさらなかった訳ではございませんよ」
主人を守るべく、というよりやれやれと言った感じでルイスが前にでた。
「この料理の食材……鹿肉などは、旦那さまの獲物なのです。どうやら、視察にいかれた際に、張り切って仕留めて回られたようですよ」
「あなた……予定より時間をかけて帰られたと思っていましたら……。それに、ジェシカではありませんのよ」
「う……すまない」
お母さまのため息に、お父さまは気落ちする。
私は、お母さまの言葉にもの申したいところではあったけれど、皆の呆れたような雰囲気にぐっと我慢する。
「ーふふっ」
小さな笑い声。
見れば、サンドラが我慢が出来なかったように笑いだしていた。
「サンドラ?」
「お父さま、嬉しいです。……でも、お父さまが楽しそうに鹿を追い回しているのを想像すると、何だか可笑しくって……ごめんなさい」
サンドラの言うとおり、娘の為とはいえ、お父さまは嬉々として鹿を追い回していただろう。
容易く想像できてしまって、私も可笑しくなってくる。
皆も同じだったらしく、誰からともなく笑いが漏れ、やがて笑い声でいっぱいになった。
ーあら、でも。
そうやって、お父さまの気性を思い出してみれば、本人に聞くという選択は正しいのではないかと思えてきたわ。
「お父さま。笑ってごめんなさい。鹿のお料理もおいしかったわ。お父さまのお陰ね」
「サンドラ……。確かに鹿は仕留めたが、ルイスやシリウスの腕が良いからだ。だから、欲しいものがあったら、遠慮なく言って良いぞ。何か、ないのか?」
「こんなにしてもらえて、充分です」
「そうか。ーだが、サンドラのお願いはいつでも聞くつもりでいるからな」
「……お父さま、本当にありがとう」
サンドラの言葉には躊躇いがあった。
誰にでもわかったけれど、お父さまはそれ以上には言わなかった。
優しいサンドラは、ワガママを言わない。
でも、私たちがサンドラを思う気持ちは伝わっているはず。
いつか、サンドラが我慢出来ずに我儘をいいたいときがきたら、お父だけじゃなく、私だってサンドラの為に動いてあげるのだ。
それから、宴は賑やかに続いた。
サンドラはずっと楽しそうで、私たちも幸せだった。
けれど。
その数ヶ月後。
サンドラは倒れ、意識を失った。
15歳を過ぎてくれたのだから、このまま細くとも穏やかに過ごしていけるのではないかという、一縷の望みをもっていたのに。
レプシウス家の誰もが、目覚めてくれと願っていた。
それを誰かが聞き届けてくれたのか、生死の境をさ迷ったサンドラが意識を取り戻してくれた。
サンドラの回復の為、すぐさま駆けつけたい心を抑えて、更に数日が達った。
ようやく会えた時には、サンドラは更に儚げな様子になっていた。
それでもサンドラは、思わず涙がこぼれてしまった私に手を伸ばした。
「お姉ちゃん。心配かけてごめんね」
私はその手を握って、自分の頬につける。
「サンドラ。あったかいね」
「お姉ちゃん」
「良かった…良かったよ」
「…………うん」
そのまま、私たちは口を開かずほっとしたような、ゆったりとした時間を過ごしたのだった。
そして、その後。
サンドラの言葉が、我がレプシウス家の全ての人に大きな衝撃を与えた。
『お父さま、私の最後のお願いを聞いて下さい』
『私……結婚がしたい。シリウス・トリントさまの妻になりたいの』
レプシウス家の家族以外を「家人」と表しています。
立場上「家人」で間違いないのですが、レプシウス家は彼らを家族同然と考えていますので、「家人」と呼んでいたりします。
…言葉っておもしろいな。
「愛しい人」とは妹サンドラの事です。
シリウスとかじゃないんかい!って思ったらすみません。
年少の頃「告白」とは、好きな人に好きっていう意味だけだと思いこんでいた友人に、「罪の告白ってあるよ」と言ったらめちゃくちゃキレられた事があります。
言葉のイメージってありますよね。
……言葉って面白い(2回目)
次回は、サンドラのお願いに、ジェシカが決断します。
タイトルは未定です