私はリリアーナ
数年後。
他国の招待客が多く集う国主催の夜会で、王太子の隣に付き添うのは私です。
「リリアーナさま。久方ぶりにお会いましたが、今宵も変わらずお美しいですな」
王太子にエスコートされ入場し、王より開会の挨拶を受けて、王太子と最初のダンスを踊った後の歓談の時間。
王族より一段降りて脇に控えていた私の元に、異国の衣装を纏う恰幅の良い男性と連れ添う女性がやって来ました。
男は、東方のニホリという国で近年その才を認められつつあると評判の特使、マルセル・タチバンナ侯爵。
領地は持たないが、行動力はあり、国の内外を活発に移動して、人だけならず色々な関係の橋渡しにその才を発揮されていて、我が国もその一つ。
時にしてやられましたと思う時があるけれど、こうして顔をみれば嬉しいと感じるのは、彼の人柄が好ましいからでしょうか。
「まあ。マルセル殿。本当に久方ぶりですこと。ですが、お噂は届いておりましてよ」
「おや、私のような者の事が、リリアーナさまのお耳に?それは、お耳汚しの事でございましょう。申し訳ございませぬ」
「まだどのような事かも確かめぬ内に、そんな事をおっしゃってはいけませんわ。…ただただ、マルセル殿は最近幸せを捕まれたということだけです」
「私にそのような?」
「……そちらが、お噂の奥さまでいらっしゃるのかしら?」
扇で口元を隠しながらマルセルにとうと、私の瞳からからかう表情を読み取ったのでしょう。
加えて、ちらりと連れ添う女性に視線を向けると、マルセルはその意味に気づいてほんのり頬を染めました。
「こ、これは。挨拶もせずに失礼致しました。私の妻、アンヌでございます」
連れ添うと言っても、後ろに一歩控えていた女性は、夫マルセルにようやく機会を与えられ、美しい異国の礼を見せてくれました。
「この度、マルセル・タチバンナの妻になりました。アンヌでございます。お初にお目にかかり、光栄でございます」
たどだどしい挨拶の言葉を紡ぐアンヌもまた、好ましく感じます。隣のマルセルの表情も見れば、良い縁を結ぶ事が出来たのだとわかります。
微笑ましいですわね
「私は王太子殿下、第一側妃リリアーナですわ。奧さまはこの国には初めていらっしゃったのかしら。今宵はどうぞ、楽しんでいってくださいましね」
「………は……はいっ!ありがとうございます」
アンヌは嬉しそうな、それでいて戸惑ったような表情を浮かべていました。どうしたのでしょうか。
「どうしたんだ?アンヌ」
「いえ、何でもありません」
ふるふると顔を横に振るアンヌは、何故か恥じ入るように顔を赤くしています。
……ああ、このような反応も久しぶりですから、忘れていましたわね。初めて王族主催の催しに出席する、しかも異国の方ならば、あり得るかもしれません。
ふふふ。と小さくて声を立ててしまった私にマルセルは不思議そうな顔をしました。
「私、わかりましたわ。奧さまは、私が側妃である事に驚かれたのではないかしら?」
「……!」
言い当てられた、とばかりにアンヌの目が見開かれした。
自分も驚いたとばかりの表情を見せるマルセルに、私はやんわりとにらんで見せます。
「原因はマルセル殿ではなくて?奧さまにどのようにお話になっていらっしゃったの?」
「……ああ…、確かに私の責のようですな。リリアーナさまは、王太子殿下の妃であらせられる、と」
「やはり」
大袈裟に嘆くマルセルに、私は仕方なしと笑いました。
先ほど形だけにらんで見せた私に、顔が青ざめたアンヌが安心してくれるとよいのですが。
それはともかく。
現在、私は王太子の『側妃』という、妃の1人です。
マルセルの言葉は、必ずしも間違いとは言えません。側妃であろうと、王太子殿下の妻ですもの。
ですが、「妃」はそもそも正妃の意味合いが強いのです。
今回は王族主催。
王太子に付き添うのは王太子妃であるのが当然ですし、数年前の恋物語の影響もあって、出席者の中には、王太子妃の姿を見たいという言われぬ期待があるのもわかっています。
例え、王太子妃が事情により出席できずとも、側妃である私が代わりに出る必要はございません。
普通ならば。
「奧さま。悪いのはマルセル殿ですわ。気になさらないでよろしくてよ」
まあ、物語の二人は名前を変えておりますし、事情を知らぬアンヌが、王太子に付き添うリリアーナを物語の主役の1人、王太子「妃」だと勘違いをするのも無理はないことでしょう。
そんな勘違いは何度もあったし、タチバンナ夫妻を好ましく思うから、不快には思わなかったのですが、アンヌは私への不敬と恐れてしまったようです。
「リリアーナさまのおっしゃる通りです。罰ならば、どうぞ私に」
妙に芝居がかった、仰々しく頭を下げるその姿に、少し呆れてしまいます。
マルセルと私。
交流を深めた間柄であるからこその、不敬ぎりぎりのやり取りで互いに言葉を交わしていますが、アンヌはまだ察する事ができません。
まだ、青ざめた顔のままのアンヌに笑いかけて、私はマルセルに罰を与えました。
「では、マルセル殿に罰を与えますわ。心配させてしまった奧さまに、今宵は存分に楽しませてあげてるのですよ」
「これはこれは!罰になりますかな」
「では、この国に滞在する間、としましょうか?」
ふふっと笑い合う私とマルセルに、アンヌは気の抜けた顔をした後、ようやく察したのか体の力が抜けたようでした。ふらついた体をマルセルが支えます。
「おっと。リリアーナさま、早速、仰せの通りに致したいと思うのですが」
「この場を離れる事を許しましょう。しっかりと、償うのですよ」
二人が去ると、次々と私のもとへ他の招待客がやって来ました。
私は彼らへ丁寧に対応しながら、ダンスフロアに目を向ければ、タチバンナ夫妻が楽しそうに踊っていました。
何よりの事です。
「…リリアーナさま。ご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか……」
私の元へ来る者はまだいます。
再び彼らに向き合って微笑みました。