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兄と弟

お待たせしました。

第二王子の話です。

「では、これにて終了しよう」

「ありがとうございました。叔父上」


第二王子レオナルドは、目の前のカーマイン辺境伯に敬礼する。

うむと頷いた彼の叔父は、剣の師匠から身内の顔へと表情を和らげた。


「腕をあげたな、レオ。このまま騎士の道を進むのか?」

「はい。私が出来る事はそのくらいですから。叔父上のように、自分で出来ることで、国を……兄を支えていきたいと思います」

「そうか……良かったな。リヒャルド」

「え?」


叔父の視線が自分の後ろに向けられている。

その視線を追って慌てて後ろを向けば、王太子である兄リヒャルドが観戦席から見ていた。


師匠と弟子である関係もあって、普段から大きな声で話す癖がついている。先程の会話もしっかり聞こえているだろう。

レオナルドは恥ずかしさのあまりに顔が赤くなるのを感じた。

そんな彼の前で、兄は嬉しいような困ったような笑顔を浮かべていた。


「兄上。見ておられたのですか」

「ああ。しばらく見ていない内にレオも強くなったな」

「なんの。兄上をお守りするにはまだまだです」


レオナルドは兄に久しぶりに会えて、そして誉められて嬉しかった。

興奮気味に兄を見上げて、この機会を逃すまいと一歩踏み出た。


「兄上。お時間があるのなら、兄上も一戦やりませんか」

「ああ…そうだな」


久しぶりにあった弟のおねだりに、リヒャルドも苦笑して応えようとした。だが、側にいた侍従に囁かれてしまう。


「レオ。…残念だが、それほど時間はないようだ」

「そうですか……」


王太子であるリヒャルドは、国王からそれなりの政務を任されている。1日の予定は細かく決められている中で、こうして顔を合わせる事ができたのは、リヒャルドの思いつきによる寄り道のお陰である。

レオナルドはそれがわかっているから、素直にお願いを取り下げた。しかし、残念だという感情が表情に出てしまったのだろう、リヒャルドがそんな弟に声をかけようとした時。


「リヒャルド。剣を交える時間はなくとも、言葉を交わす時間はあるのだろう?庭にある東屋ならば、移動にも時間はかからぬはずだ。二人でそちらへ行ってはどうだ?」


二人の叔父からの助言が飛んできた。

レオナルドは一変して嬉々とした表情になり、リヒャルドは侍従に予定を確認する。


「…そうだな。レオナルド、それならば良いか?叔父上。よろしければご一緒に如何か」


カーマイン辺境伯は微笑みながら首を橫にふり、突然身を正して二人に敬礼する。


「私のような者が同席を賜るなど光栄なことではございますが、ご兄弟の語らいの時間には無粋でございましょう。私はこれにて失礼します」


顔を上げてニヤリとすると、「殿下方、時間は有限ですぞ。もう行かれるがよい」とその場を去った。


「兄上。私も直ぐに参ります!」


リヒャルドが頷くのを確認して、レオナルドは己の武器装具をしまうべく、練習場の建物内へ入っていった。


レオナルドは今年18歳になる。

第二王子ではあるけれど、母は側妃の中でも身分が低かったためか、兄に次ぐ王位継承者でありながらその存在は軽視されていた。


そもそも、幼き頃から生母より兄リヒャルドの立場について教え込まれた事もあって、レオナルドは自身が王位継承に関心が薄かった。

その上、リヒャルドはレオナルドを弟として大切にしてくれたから、兄を支えていく将来に何の疑問も持っていなかったのである。


それが、揺らいだのは2度。

いや、レオナルド自身が知らぬ間に起きていた事を含めれば、全部で3度あった。

2つは自分の心内だけであったし、1つは大事になる前に消しとめられたから、ほとんど知る人はいないだろう。

兄リヒャルドも気づいていないだろうし、これからもレオナルドはそれを知らせるつもりはな

い。


武器や防具を所定の場所に納め、上着を脱いで軽く汗をぬぐってから、レオナルドはリヒャルドが待つ東屋へ向かう事にする。


東屋についた。

専属侍従と共に待つリヒャルドを見ると、近年益々王太子の風格を備えてきたように思う。

兄上をお支えするという選択は間違いではなかったと思う一方、リヒャルドのどこか遠くを見るような眼差しで待つ姿を不思議に思った。


「ー来たか」


だけど、兄はレオナルドの気配を感じて振り向いた。たちまちいつもの兄の顔に戻ってしまった。


「兄上。お待たせしました」

「構わない。そこに座るといい」


汗を拭っただけで、足元がまだ汚れていたけれど、リヒャルドは気にするなとばかりに、自分の側に呼んでくれた。


「…レオはすっかり大きくなったな」


座るレオナルドとほぼ視線の高さが変わらない事に、成長を感じてリヒャルドは笑った。


「本当に、騎士の道へ進むのか?」

「はい。私には、兄のように先頭に立って切り開く力はありません。せいぜい、兄上の後ろについて、後ろを守り、露払いをする事ぐらいでしょう」

「それは、自分を過小評価しているぞ、レオ」

「いいえ、兄上。本当にそう思うのです。他国への留学の機会を頂きましたが、その経験を経ても、私が見渡せる世界は狭い。自分の手元だけで、精一杯です」


レオナルドは、兄から視線を外し、己の手を見た。

幼き頃より剣を握ってきた手のひらは、師匠である叔父には及ばないものの、確実に日々の鍛練によって堅くなっている。

兄が学院を卒業する間際、王妃や母の勧めもあってこの国を離れた。そこは自国に負けず劣らず文武共に盛んであったし、異国ならではの風習や文化があって、充実した日々を送る事が出来た。

だかしかし、やはり自分が出きることは限りがあるとの考えは変わらなかった。そう、この手の届く範囲しか。


「…そうか。レオがそう決めたのなら、それでよい。だが、その領分になったなら、存分に力を発揮してもらうぞ」

「はい」


キリリとした表情で兄をみれば、リヒャルドば幾分嬉しそうに微笑んだ。


「そういえば、王妃からそろそろお前にも妻をとの話が出ているが、聞いているか?」

「はい。母上からも、話しは聞いています。兄上の為にも必要な事だとわかっていますから、覚悟はしていますが、私のところへ来てくださるでしょうか」


レオナルドの年ではすでに婚約者がいてもおかしくはなかったが、生母の身分と後継者争いの種になるために、敢えて控えられていた。

だが、兄であるリヒャルドが王太子となり、王太子妃ルシーダとの間に男児か産まれた今、流石に第二王子の行く末を踏まえて、決めなければならない。


それは、わかっているのだけど……。


リヒャルドは笑う。


「お前はこの国の王子だ。姿形もその気質も好ましい。そんなに卑下する事はない。……王妃がすでに選定を始めているだろうが、それも押し掛ける候補を選り分けて、ということだろう」

「兄上。冗談を言わないでください」


からかうように視線を向けるリヒャルドを、レオナルドは軽く睨む。


「冗談ではないのだがな。……レオナルド。お前には好いた令嬢はいいないのか。どのような令嬢が好みだ?」

「そのような女性はいませんが、好みですか……」

「我ら王族の妻に迎えるには色々と考慮せねばならないが、相性は必要だろう。長い時を共に過ごすのだからな。それは、選定にも考慮されるだろうから、言いにくければアリューシャ妃から伝えてもらえば良い」


そこでリヒャルドは、自嘲した。


「……私は好みなどはっきりしない幼き時より婚約を結んでいたが、親は意外に子供を見ているものだと、最近わかって来たよ。私にわからずとも、私にとって最良の相手を選んでいてくれた。私は愚かな選択をしたものだ」

「それは、アメリ孃の事ですか?」

「おや。レオは彼女を知っていたか?」

「はい。良く兄上と共にいるところを見かけましたし、兄上と共に出席されていた夜会で数回挨拶をしました」

「そうだったのか。そんなことさえ気づかずに、私は彼女と共にいたのだな」

「……兄上は………………」


後悔しているのか、と言いかけて口をつぐむ。

そう問いただすことも、それに答えることも、兄には許されないだろうから。


リヒャルドは、レオナルドの言いたいことを察して苦笑いをする。

そうして、昔のように頭に優しく手を乗せた。


「ルシーダも、私にとってはこれからを共に過ごすに最良の妻だ。同時に側妃になった二人も私を、国を支えてくれるだろう。それ幸せなことだし、私も彼女達を幸せにしてやらねばな」


それは、レオナルドに向かって言っているようでいて、自分に言い聞かせているようであった。

リヒャルドは、優しくレオナルドの頭を撫でる。


「今好いている女性がいないにしても、せめて候補となる令嬢たちとは何度も会って言葉を交わすのだぞ。ゆっくりと芽生える情というものはあるものだ」

「兄上」

「殿下、そろそろ………」


専属侍従の声がかかり、リヒャルドはふと我に返ったよう表情をみせ、王太子の顔になった。


「残念だがここまでだ。レオナルド。またゆっくりと………そうだな。その時は剣を交えよう」


ぽん、と軽く頭の上の手を弾ませて、リヒャルドは立ち上がった。

慌ててそれに倣って立ったレオナルドに、微笑みを残しながらリヒャルドは去っていった。


レオナルドは、その背を見送ってもしばらくずっとそのまま立っていた。

心に浮かぶのは、兄との会話で出たアメり孃の事。

あの口ぶりには、後悔があったが未練あったよ

うに見えた。


それも当然だと思う。

会って言葉を交わしたのは数回だったけど、彼女は素晴らしい女性だと自分も思っていた。

残念ながら、自分が国を離れる時には、兄の望ましからぬ噂はすでに流れていたが、あの彼女が側にいるのだ。そんな噂はたちまち消えて、予定通り皆から祝福されて結ばれるのだろうと思っていた。


レオナルドは、再び腰を下ろす。


しかし、留学中でも兄の婚姻式に出席するために戻って来れば、兄の隣に立つ女は別人だった。


『わあっ!リヒャルドの弟さんだ!レオナルド?さっきはお祝いありがとう。お姉さんになるけど、セシリアって名前で呼んでくれても良いからね』


しかもあの女は、まだ成人の年を迎えてはいなかったもの第二王子である自分に対し、市井の娘のような態度で声をかけてきた。

主役である王太子夫妻に挨拶にこちらから行った時には、手本のような受け答えをし、歓談の最中に声をかけられた時にはこうなのだから、もしや初対面の自分と打ち解けようとしているのかとも思ったが、それ以後も続いたので彼女に対する印象は悪くなるばかりであった。


兄に失望し、そして気づいた。では、アメリ嬢はどうしているのかと。

遅まきながらも、第二王子での身分を活用して調査した。

そうして、あの女との婚姻に至る経緯とアメリ嬢の行方をこの時初めて知ることになったのだ。

計らずしも、自分の留学が決まった起因の1つがこの騒動であることも判明した。

多くの貴族が兄の愚行を諌める傍らで、密かに兄を廃し自分を王太子に据える企みを持って動く者がいたのだ。だから、自分は留学を許され、婚姻の日まで一連の騒動を知らされなかったというわけだった。


国に戻って来て状況を知った自分に、未だに良からぬ思いを持った者が近づいて来ていたが、自分にはそんな気は更々ないから問題ない。

それよりはアメリ嬢だ。


アメリ嬢を手放すなんて、兄は愚かだと思いつつ、喜びを隠しきれなかった。

ーならば自分が、と。


一目で惹かれた。

兄の婚約者であると、王族だけの内輪のお茶会で初めて会ったとき、欲しいと思った。


彼女は王太子となる王子の婚約者。ならば……。


自分の決めた将来への道に対して、揺らいだ最初の時だった。

けれど、彼女は兄のもので。そして自分は、あまりにも幼くて。

どうする事も出来ずに見ているだけしかない彼女は、兄と共に過ごす時間を嬉しそうに楽しそうにしているから、目をそらして諦めた。

そして、留学中に知らない間に2度目の時が過ぎ。

婚姻の為に国に戻って、3度目の時を迎えた。


今なら、彼女は誰のものでもない。


調査の手を広げた。

彼女が公爵家の籍を外され修道院へ向かった事はわかっているから、直ぐに状況が判明すると思っていた。


多少時間がかかっても構わない。

自分も留学中の身。

それでも、成人を迎えれば臣籍降下は決まっているのだから、それまでに彼女の環境を整えてやればいい。修道院から還俗させて、それなりの家に入るようにすればよい。

彼女の中に流れる血も環境によって培われた貴族としての素質も、そのまま無くすには惜しい。時が立てば、彼女が起こした事など薄れよう。喜んで迎える家はあるはずだ。

そうして、彼女を妻に迎えればいい。


その時のアメリ嬢の笑顔を想像して、気分が高揚し、最良の未来に繋がると思えた。


何もかも上手くいくとおもっていた、のだが。


何故か。

アメリ嬢の行方が中々つかめなかった。

調べて行くうちに、何者かの関与が疑われた。

考えられるのは、公爵家か……もしくは王家か。

何故だろう。

元公爵令嬢を守る為か、彼女の存在を表に出さないようにするためか。

前者ならともかく、後者ならば……最悪の事も考えられる。早く、彼女の行方を掴まなければ。


探して。

探して。

探して、ようやく行方を掴めた頃には思った以上の時が経ち、彼女の側には1人の少年がすでにいた。


またしても、遅かったのか。


心が痛くて、悔しくて、また調査を進めれば、彼女の身にも色々な事が起きていた事がわかった。

はっきりとした原因はわからなかったが、女ばかりの修道院を選んだのは、男性に対して彼女が酷く怯えてしまうようになったかららしい。

祈りをささげ、慎ましやかに日々を過ごす彼女は、徐々に環境に慣れ、孤児達の世話という奉仕活動まではできるようになった。男性に恐怖を感じても、子供ならば大丈夫になったのだろう。

その後、側にいる少年はその孤児の1人だと判明した。


貴族の身分を捨て、衣装をすて、化粧を捨てて、簡素な修道女の衣に身を包もうと、彼女はやはり美しかった。

子供相手に奉仕する姿は慈愛に満ちており、一見、男性に対して恐怖を覚えるというような事情を持っているとは思えないだろう。

その容姿と奉仕活動の様を見て、事情を知らぬ男性が寄って来てしまうのは仕方がない事だ。

あの少年は、そんな彼らから彼女を守っているようだった。


少年は自分とそれほど年が変わらないようにみえる。

だか、少年以外の孤児ではない男が近づけば、彼女は怯えてしまうようだった。

だとしたら、自分とて怯えさせてしまうかもしれない。


更にキリキリと心が痛みを感じたが、彼女の前に姿を現す事は断念する事にした。


還俗を進めようとしていたが、修道院での彼女の表情は、幼き頃に見たような笑顔ばかり。

これでは、進められない。

姿を見せず、彼女の為にできる事は、人を介してあの笑顔が保たれる環境を整えるくらいだった。


それでも、彼女が幸せならば。

そう考える事にしたのに、世間は彼女を放って置かなかったようだ。

偶々、彼女のいる修道院に立ち寄った異国の有力者が彼女の美貌に目を止めた。

当然拒む彼女を、強引な手口で手にいれようとした為に、修道院や孤児達だけでなく、その街全体を巻き込んだ騒動になってしまった。


なるべく公にならぬよう、手を回して人を送り、後に何とか騒動を納める事に成功したとの報告をうけたが、彼女の安全を確かめる為に、自分も現地に足を運んだ。

そこで見たものは、青年となった彼に手をとられ、恋情をその目に浮かべながら、互いに見つめあい微笑む彼女達の姿だった。


あの姿を見た瞬間、彼女は自分のものにはならないとわかった。

兄と共にいるときと同じように笑っていた彼女が、少年が青年となっていたあのとき、兄の前でも見たことはない恋する女の顔になっていた。

それは、今まで以上の美しさで、それを向けられている青年がとても羨ましかった。


兄は『何度も会って言葉を交わせ。ゆっくりと芽生える情というものはあるものだ』と言っていたが、青年はそれを成し遂げたということなのだ、きっと。


「……好いている令嬢か……。兄上。あなたも愚かだったが、私も変わらない」


アメリ嬢が好きだ。今でも。

だが、権力をもってしても、とまでの意地は見せられない。

悔しいし悲しいが、そうしてしまえば本当に彼女を失ってしまうことがわかっているからだ。


こんな気持ちになるのなら、予定通りに兄上の妃になっていたらと思ってしまう。


「そういえば、今度は剣を交じえようと言ってくれたな」


そもそも、兄上が悪いのだ。八つ当たりとはわかっているが、この際力の限りやらせてもらおう。


そして、レオナルドは大きく息を吐いて、目を閉じたのだった。

次は新幕ジェシカ編です。

第一話は「愛しい人の最後の願い」です。

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