リリアーナという人【シンシア】
リリアーナさまについて?
そうね。
私からみるリリアーナさまは、とても変わっていて意外と薄情な方よ。
あら?どうしてそんな驚くのかしら。
巷に流れるリリアーナさまの評判と全く違うから?
それも正しいわよ。でも、私が言っている部分もリリアーナさまの中にあって、何がおかしいのかしら?
これは、リリアーナさまご自身が言っていたのだけど、「人の中には善と悪があって当然」なのだそうよ。
私もそう思うわ。だから、おかしくなんかないの。
あら?まだ、変な顔をなさっているわね?
私はリリアーナさまが大好きよ。
私の言いようでは、そんな感じではなかったかしら。
そういえば、先にルシーダさまに聞かれたのね?
じゃあ、私もそれに倣ってお話しましょう。
私が初めてリリアーナさまにあったのは、王妃さまに呼ばれて城に集った時。
私か挨拶をした際、ルシーダさまは声をかけて下さいましたが、リリアーナさまは微笑んでルシーダさまに同調するように、頷くだけでした。
そのやり取りだけで、リリアーナさまは状況の舵取りをルシーダさまに任せ、自分は身を引いて2番目になるように誘導されているのがわかりましたわ。
ルシーダさまは、リリアーナさまの事を人見知りだとでも仰っていたのではないのかしら。
でも、人見知りというよりは、人嫌いなのではないかしらと、私は思いますの。
侯爵家の令嬢でありながら、側妃候補に上がるまで、彼女自身や彼女の婚約者の有無について噂にも上らなかったのではないかと。
彼女自身が、人と関わりを持とうとはしなかったのではないかと思います。
だから、侯爵家としては格上にありながらもルシーダさまに舵を任せたし、自分自身でも先頭に立つ気性ではないとわかっているのではないかもしれませんわね。
ねえ。
私達、3人の関係とは何なのだと思います?
私達は、まず始めに互いに自分の一部を曝しあって、「共犯者」となったのだと思いますの。
でも、3人の中で私だけまだ学院生でしたから、先にお二人が城に上がり、学院に通いながら側妃教育を受ける日々でした。
騒動の当事者らが去った学院内はどういったものか、想像はできまして?
私が取りまとめていた下級貴族の一部や、新入生らは物語に憧れ興奮し学院生活に希望を持っておりました。
けれど大半は、そんな彼らや世間の流れに複雑な思いを抱える者たちばかりでした。
だから、『セシリア嬢を愛している』と公言されたリヒャルド殿下の側妃となる事が決定している私への視線も様々でした。
右を見ても左を見ても、思わせ振りな視線と態度。気晴らしにお茶会を開けば、探りを入れて来るものや憐れみを向けて来るものばかり。
流石に、大好きだったお茶会も憂鬱なものになりつつありましたわ。
同じ側妃教育を受けていて、大変な事はわかっていたけれど、先に学院を去っていたお二人を少し恨んでしまったりもしたのよ。
ルシーダさまは、私の様子に声をかけて下さったのだけど、リリアーナさまは目を細めて見るばかりでしたから特に。
でも、それが一変したのは卒業直前に行われた夜会での事でした。
リヒャルド殿下はセシリア妃と出席していましたが、最初の挨拶とセシリア妃とのファーストダンスを終えると、退室してしまいました。
セシリア妃一筋とばかりの殿下の振る舞いに、やはりといった雰囲気の中で、残されたリリアーナさまとルシーダさまはお二人の代わりに出席者と挨拶を交わしていました。
私もリリアーナさま達のように、殿下達の振る舞いの後始末をするだけの側妃になるのか、益々暗い気持ちになりましたわ。
『あら、シンシアさま。そのようなお顔をして、どうなさったのかしら』
そういう気持ちになっている時を逃さず、口元を隠し含みを持たせた口調と表情で近づいて来る令嬢たち。
彼女達もリリアーナさまに視線を向けて、目を細めた。
『第一側妃さまも第二側妃さまも、殿下がいらっしゃらないのに、まだ退室なさらないのね。……ああ、殿下にはセシリアさまがいらっしゃるから、為さる事がないのかしら』
『殿下がお通いにならないならば、お子もできませんでしょうしね』
『それほどに必死になられても、殿下のあの様子では振り向いては下さいませんでしょうに』
『あら…シンシアさまも側妃になられるのですから、そんな風に言ってはいけませんよ』
そうして、小さく笑い合う令嬢たち。
私も扇で口元を隠して、ため息をついてしまいました。
『ああ、シンシアさま。お気になさらないで』
『ええ。王家に認められた王太子殿下の側妃ですもの。誇らしい事ですわ』
寵愛は受けないでしょうけどね、と憐れみの視線を向ける彼女たちに、複雑な思いです。
私とて、彼女らと同じように、側妃とは王族の子を産むための女であると思っていたからです。
それならば、夫とする男性の心が少しでも自分にあればと願うのも無理はないと思います。
ですが、いざ自分が選ばれ教育を受けているうちに「側妃」という地位は、子を産むだけの存在ではなく、意外に面白い立場のではないかと感じておりました。
さて、どう返しましょうか。
『ーまあ、皆さまからみても、シンシア嬢は側妃として素晴らしい方ですのね。頼もしいですわ』
突然、流れこんだ涼やかな声。
振り向けば、微笑むリリアーナさまがいらっしゃいました。
『確かに、女が嫁げは子を産むのが役目かもしれせんわね。でも、あなた方も貴族ならば、いざというとき嫁ぎ先の家を守るのも妻の役目と知っているでしょう』
リリアーナさまはちらりと、令嬢たちを見ました。
『それに、セシリアさまとの間も、お互いに知り合っての事ですもの。私どももこれから殿下と長く付き合っていけば、もしかしたらお子も産まれるかもしれませんわ。そうなったら、それは喜ばしい事ではございませんこと?』
リリアーナさまは私の傍らに歩み寄ってきました。
『シンシアさま。私たちと共に殿下を支えていきましょうね。確かに、殿下はセシリアさまを愛されておられますけれど、役目を果たす者をきちんと見ていてくださいますわ』
そうでしょう?皆さま、と微笑むリリアーナさまに、令嬢達は顔を青ざめさせていました。
その後、彼女たちはリリアーナさまに挨拶をして去っていき、残された私達二人は顔を合わせて笑いました。
『ありがとうございます。リリアーナさま』
『本当の事を言ったまでですわよ。シンシアさま。頼りにしていますからね。気づいていらっしゃるでしょうが、私はお茶会や夜会は苦手なのです。特に女性が集まる場合は』
だから、得意なシンシアさまに任せます、とやや真剣な顔をなさるリリアーナさまに、笑ってしまいました。
『そんなに、笑わないでくださいまし。仕事と割りきれば大丈夫なのですが、女性だけだと長くは持ちませんの。だから、お願いします』
『…わかりましたわ、お任せ下さい』
年下で格下の私に、己の苦手を隠すことなくお願いまでする、ある意味素直なリリアーナさまの姿に、本当に変わった方だと思い、これから来る側妃の日々への希望が持てたのです。
側妃として正式に後宮に入ると、セシリアさまの様子に変わりはありませんでしたが、リヒャルド殿下の様子が柔らかくなっていたのは驚きました。
リリアーナさま達のご努力のお陰でしょう。つつがなく私も殿下に迎え入れられ、お支えする日々が始まりました。
ルシーダさまが内政、リリアーナさまが外交、私が社交。
得意分野に分かれての政務は、楽しい日々でしたわ。
私は人をもてなす事が大好き。
もてなす事で、喜ぶ顔が好き。
おしゃべりも大好きなら、それによって情報を得られるのも大好きなのよ。
だから、今の私の政務は本当に楽しんでいるのよ。
でも、リリアーナさまのような方は難しいと感じますの。
まず、人と集う事が苦手。自分の事を話すのが苦手。自分の事を聞かれる事も、誉められる事も苦手のようでしたから。
独自の世界をもってらっしゃったのね。
その世界に私も入れてもらおうとしましたけれど、私には縁遠いものばかりで最後は諦めましたわ。
私は身近な者たちと一緒に、楽しく過ごす事が興味の中心でしたの。
リリアーナさまの視線は国の外。始めから合うわけがなかったのですわ。
でも諦めた事が逆に、リリアーナさまとの距離を縮める事になりました。
私が、強引に彼女の心に踏み込まなかったことで信頼を得られ、リリアーナさまにはリリアーナさまの、私には私の世界があって、それでよろしいわねと互いの心地よい距離を確認できましたの。
でも、同時に気づきましたの。
アメリさまはそんなリリアーナさまの心を動かしたと言うことですわよね?
リリアーナさまが、アメリさまを思い、殿下達への憤りを抱えるくらい……。
少し悔しくて、羨ましくて……。
そんな自分の気持ちに気づいてから、私もリリアーナさまにとってそんな存在になりたいと思うようになったのかもしれませんわね
私達は共犯者から「友人」になれなくても、「同士」にはなっていると思っていましたの。
ですから、私が子を授かった機会を活かして欲しかったし、事が成せばまた一段と絆が強く結ばれ関係は続くと思っていましたのよ。
でも、リリアーナさまは、お一人だけこの後宮から退場を願った。
その可能性があると聞いたときには、正直に申せば腹立たしく感じましたわ。
ですから、薬湯のすり替えの話は黙認致しました。身重の私は動く事ができませんでしたから、王妃さまが頼りでした。
酷いとお思いですか?
リリアーナさまの事情を考えれば、酷いのかもしれませんわね。
でも、私も後宮でのリリアーナさまの姿を見ていますのよ。
人嫌いで、自分が疲れるが故に感情を出すことを控え、先頭に立って何かをしようとする事はない。
しかし、得意とする事ならば生き生きとこなし、人と接する事も厭わない。
矛盾しているようで、自分の世界をしっかり持っていらっしゃるリリアーナさまは、心の内に入れた人には優しくて、それ以外はあっさりと切り捨てる部分もあるのです。
リリアーナさまが後宮を去るということは、私達が切り捨てられるということなのですよ?
それまでの年月を過ごしてきた私達は、それだけの存在だったということでしょうか。
結果、殿下の子を授かり、リリアーナさまは後宮に留まる事になって安堵致しました。
それでも、互いに落ち着いた頃に、リリアーナさまには申しました。
『リリアーナさま。ルシーダさまはともかく、私は謝ったりはしませんわよ。むしろ、薄情者と言わせて頂きますわ』
『シンシアさま』
『共に支えていきましょうと、頼りにしていると仰っていたではありませんか。側妃の役目は子を産むだけではないのでしょう?だから、私達は協力しあって、これまで励んでいたのではありませんか。リリアーナさまだけ、勝手に終わらせないでください』
『…シンシアさま』
『確かに、何事にも終わりはありますわ。でも、どうせならばそれも一緒に考えましょう。3人で始めたのですから、それも良いのではないでしょうか』
『………確かにそうでわね』
『ご理解できたのなら、これからもお願いしますわ。妻としての一番の役目はこれからですから、まずはそれに集中なさって』
『妻として一番?それは、殿下のお子の事……?』
『ええ。無事にご誕生されれば、妻の役目はほぼ終わりと言っても良いですわ。そうしたら、リリアーナさまの願いに協力致しますし、尽力してもよろしいですわよ』
リリアーナさまは驚きに目を見開き、私の意図を察して泣きそうな笑顔を浮かべました。
『シンシアさま。………ありがとう』
その時のリリアーナさまはとても美しかったですわ。
でも、簡単には許して差し上げませんの。
当然の事でしょう?
待ちなさい。
なぜ、あなたは何か言いたげな笑顔を浮かべていますの?
………まあ、よろしいですわ。
ちょうど時間になりましたし、これで終わりにいたましょう。
あなた、リリアーナさまの事を聞いてどのような形で表に出すかは知りませんけれど、万が一リリアーナさまが誤解されるような事になったら許しませんわよ。
では、失礼しますわ。
予約投稿日を間違えていましたよ。
上がってなくて、あれ?となってました。
すいません。