リリアーナという人【ルシーダ】
挿話。ルシーダ視点です。
本編に入れにくかった、小さい話を組んで見ました。
リリアーナさまについて、ですか?
そうですね。
リリアーナさまは、大変可愛らしい方です。
初めてお会いしたのは、私が側妃候補の一人として王妃さまに呼ばれ城に上がった時です。
学院を卒業したばかりとは言え、デビュタントは終えているはずでしたが、随分と小さく華奢な方だと思いました。
ですがその外見とは裏腹に、1つ1つの動作が伸びやかで軽やかでございました。第一印象はそれほど強くないのですが、その所作の一つ一つに目を奪われます。
そんな美しい所作で私に挨拶をした彼女は、微笑みを浮かべていました。
「エルトリート侯爵家第二子、リリアーナでございます。お初にお目にかかれて嬉しいですわ。ルシーダさまとお呼びしてもよろしくて?」
同じ侯爵家であるけれど、家の格ではあちらが上。
それなのに、当たり前のように彼女から挨拶をしてくれた彼女にすぐに好感を持ちました。
正直なところ、それまでリリアーナさまの事は存じませんでした。
学院で同じ時を過ごした事もあったでしょうに、側妃候補になるくらいの素質がありながら、彼女に関する噂は聞いたことがありませんでした。
王妃さまの話を聞き、シンシアさまと3人で再び会うまでに、一通りの事は調査しましても、それでも特にこれといった特徴のある話は出てきません。
一体どういう経緯から彼女が、と思っていましたら、その答えは彼女があっさりと答えてくれました。
公にしては居ないけれどアメリ嬢と親しかったようです。
アメリ嬢が、彼女を見極め、推薦していたのでしょう。
私の周りには、更に年下のシンシアさまのような男性に通ずる凛々しさある方はいましたが、リリアーナさまのような雰囲気の方はいませんでした。
淡々とお互いの事情を確認していた彼女の表情は変わりませんが、アメリ嬢と対面した際のセシリア嬢への印象はかなり悪いようで、その話の時には瞳に強い力を感じました。それだけアメリ嬢への肩入れも強いのでしょう。
二人の間に何があったのか知りたくなりましたが、それは彼女ともっと仲良くなってからと判断しました。
この時点から、リリアーナさまを興味深く感じ、もっと親しくなりたいと思っていたのでしょうね。
そうして関心をもって、リリアーナさまと相対していますと、様々な発見がありました。
3人で側妃になると確認しあった日、一通り話が終わると酷く疲れた様子を見せたリリアーナさま。
心配して声を掛ければ「憤ったり興奮したりすると疲れてしまいませんか?だから、私は感情的になるのが苦手なのです」と恥ずかしそうにしていました。
元々の性格は穏和なのでしょうね。
貴族令嬢としての姿勢や振る舞いは素晴らしく、誰とでも会話を楽しむ事ができるのも素晴らしいと思います。
ですが、基本は人見知りなのだと思います。
私とシンシアさまは、ほんの一部ですがお互いを曝し合いました。そのおかげで少しだけ信用してもらえたのでしょう。恥ずかし気に微笑むその姿は、本当のリリアーナさまだと感じました。
あれは、可愛らしかったです。
それがわかると、リリアーナさま普段の表情の意味もわかって来ました。
感情的にならぬよう、平素でも無関心を貫いていらっしゃるのです。無関心と言うと固く冷たい印象になるのですが、彼女の場合、優しく受け止めた上で流しているのです。その流す瞬間が絶妙なので、相手も不快に思わず暖かい気持ちで、リリアーナさまから離れる事が出来るのでしょう。
私とシンシアさまは、本当のリリアーナさまに触れたので、今さらそれで満足はいたしませんが。
即妃として正式にきまってから、3人で正妃であるセシリアさまにご挨拶に参りました。
まずは敵を知ってから、と申しましょうか。私はセシリアさまを知りませんし、お2人も直接顔を合わせてお話をされたことはないとの事で、事情や感情はさておき、現状のセシリアさまを知りましょうとなったのです。
対するセシリアは、一瞬動きを止めたものの、人懐こい笑顔を浮かべて迎え入れてくれました。
しかし、彼女が一瞬動きを止めた時に浮かべた嫌悪の表情には気づいていました。
私はセシリア嬢とは本当に初対面でしたので、気づかない振りをしながら他の二人の様子を伺うとと、シンシアさまも同様だったようで視線が一瞬交わりました。そしてリリアーナさまは、見事な無表情でした。
いえ、口角をあげて、柔らかく目を細めているので、一見微笑んでいるように見えますが、それまでに何度も顔を合わせていたのでわかります。思わず笑ってしまいそうになりました。
おそらく、リリアーナさまもセシリア嬢の表情にも気づいていたでしょうに、淡々と進める様をみて、やはり初対面の彼女は素顔ではなかったのだと寂しいような嬉しいような気持ちになったものです。
面会後のセシリア嬢の印象?……ふふふ。
「自分の弱さを知る者」「子供」「平民」
それがご挨拶後の3人の感想です。……誰がどう言ったのかは聞かないで下さいね。
それよりも、リリアーナさまの事をもっと聞いて下さいましな。
私達は其々に役割を分担致しました。私が内政、リリアーナさまが外交、シンシアさまが社交と別れたのは良い判断でしたわ。3人が其々に得意とする事でしたもの。
まあ、それに加えて一番年上の私がリヒャルド殿下の身の回りを担当する事になってしまったけれど……それは仕方がないですわね。それだけは私の方が色々と知っていましたから。
私はホルン家の第一子ですが、女ありましたから、男児が誕生するまでに数年、いくつかの道が目の前にありました。
私が正式に後継になること。もしは夫を後継として迎えてその妻になること。血縁者と養子縁組みをしてその者を後継とし、私が家の利となる先へ嫁ぐこと。
ですから、幼き頃から行儀作法等に加えて、色々学ばされました。
1つは、我が侯爵家の領政について。
弟が産まれた事によって後継問題も解消され、侯爵領では必要なくなってしまったけれど、お陰でここで出来る事がありましたわね。
1つは………。女性ならではの術で、男性と
より親しくなる方法、と申しましょうか。
侯爵令嬢の私は、どこかに嫁げはその家の女主人になる事は間違いありません。
家の事は勿論ですが、夫となる男性との関係をより良いものにしなくてはなりません。その為の術の1つとして学んだのです。
そういう理由もあって、そのお役目は引き受けたのです。
そうそう。
その点でも、リリアーナさまは可愛らしかったですわ。
リヒャルド殿下は、最初は私達をご自分の妃としては拒んでいらしたでしょう?
セシリアさまとの現状に気づくにつれ、私達を受け入れて下さったのですけれど、リリアーナさまったら、どちらが先に殿下の訪れを受けるか決めましょうと言い出しましたの。
シンシアさまはまだ学院におられましたからね。
ふふふ。おかしいでしょう?第一側妃からに決まっているではありませんか。
でも、リリアーナさまはおっしゃるのですよ。
「殿下は大変疲れていらっしゃる。殿下が来られても、私は何をしてあげられるかわからない」と。
アメリ嬢を追放した殿下に、そのような心配をするのですよ?
でも、彼女は「私の感情と、殿下が政務に励まれお疲れになっているのは関係ありませんから。側妃としての役割は果たします」と仰るの。
結局、慣例通り、最初にリリアーナさまの元へ殿下はおいでになったのだけれど、翌日の彼女から聞いた内容にさすがに笑ってしまいましたわ。
今まで拒まれていた側妃を前に、殿下は流石に戸惑いを感じていらっしゃったようでした。
リリアーナさまは酒肴を用意し、そんな殿下と静かに言葉を交わして寛いで頂き、少し互いに打ち解けあったところで、こう切り出したそうです。
『殿下。今日はこのままお体を休めて下さい。私どもは殿下のお子を産むのも役目ですが、一番大切なのは殿下のお体です。私の事は気になさらず、この機会を使ってくださいませ』
殿下が、「流石に今夜は第一側妃の部屋に留まると誰もが思っているだろう、自分の部屋に戻る訳にはいかない」と返しますと、
『ええ。ですから、この部屋をお使い下さい。僭越ながら私もご一緒しますが、余程の事がない限り私達の時間を誰も邪魔はしないでしょう。少々の寝坊も許されるとは思いませんか?』
といたずらを誘うような笑みを浮かべたそうで
す。
そんな彼女の誘いに殿下は乗って、そのまま一夜を過ごしたのです。
リリアーナさまにとって、夜のお役目は不得意な部分だったので、充分に果たせないなら回避したかったのでしょうね。
申し訳なさそうに「ルシーダさまにお任せしてもよろしいですか」と仰いましたの。
ですが、私はリリアーナさまは充分に役目を果たしていたと思いましたわ。
結果的に、殿下は充分に休息をとることができ、再び政務に戻りましたし、そして、側妃への拒否感や戸惑いが薄まったようですし。
私にとっても、殿下との間の壁が低くなりました。後に、私が一番最初に殿下のお子を産むのなら、それは大変助かる事でしたの。
「わかりましたわ。リリアーナさまが願うならば、頑張りますわよ」と冗談を申しましたら、彼女はほんのり顔を赤くされていました。
この時のお顔が可愛らしかったので、また見たくて、シンシアさまのご懐妊後の間、色々伝授していましましたわ。
ーこうして、私達は長年をともに過ごして来たのですけれど、やはりリリアーナさまにとってアメリさまの存在は大きかったのですのよねぇ。
王妃さまに私が呼ばれた時には、セシリア嬢に出していた避妊用の薬湯を、リリアーナさまが内密に服用している事には気づいていました。
最初は、計画に乗っ取っての事かもしれないと思っておりましたが、シンシアさまが懐妊されてしばらくしても、服用されていたのです。
殿下が、リリアーナさまの元に足しげく通うようになってもそれは続くのですから、流石に不安を感じましたわ。
もしかしたら、リリアーナさまはお子を授かる事を望んでいないのではないかと。
私達は王太子殿下の側妃ですが、後宮の一番上に立つのは王妃さまです。
個々は其々に任せていますが、全ての情報は王妃さまの元へ上げられていて、当然その可能性には気づいていらっしゃいました。
経緯に色々あったけれども、リリアーナさまは殿下を憎んだりはしていませんでしたし、子ができる事を拒否するくらい嫌っている様子はありませんでした。
側妃としての地位にも不満というより興味がなく、だからといって国の為に役目を果たす事を嫌がっている訳でもございませんでした。
むしろ、外交の一端としてでも色々な国の方々との交流を、生き生きとしてこなしていらっしゃいました。
決して、今の環境が嫌で嫌で堪らないという訳ではない……はずでしたのよ。
ですが、淡々と私が王太子妃に上がった時の準備を進める中で、リリアーナさまにつく外交部門の文官達に対して、まるで引き継ぎをするように情報を共有し、ご自分の手法を教え始めている様を見て気づきました。
リリアーナさまは、ここを去れる機会が訪れたなら、あっさりとそれを選択するだろうと。
王太子妃宮に勤める侍女エリカから、殿下の通いが少なくなったのと比例して、多く挨拶に訪れるのは、リリアーナさまの家に連なる者だと聞いてから、その機会が訪れる可能性を考えていらっしゃるのではないかと。
それに気づくと衝撃でしたわ。
私達は、事情と思惑があって集ったところから始まりましたが、今では同士であり友人であるはずなのです。
互いに思いやり、互いに大事にしてきたと確信しています。
ですが、私達の関係は、リリアーナさまをこの環境に留められる程の力はなかったようなのです。
理解はできます。
私にも、他の方々にも、それぞれ大切なものがあります。それは1つではなくて沢山あって当然です。
ただ、その中でも、重要度があるだけなのです。そして、勿論それ以外が大切じゃなくなる訳ではないのです。
理解はできますが、とても寂しくなりました。
私達の関係は理想的で、私にとって思った以上に心地よいものでしたし、壊したくなかったのです。
だから、王妃さまから薬湯のすり替えの事実を知った時には、罪悪感もありましたが期待もありました。
もし、リリアーナさまが去るという選択を選ばなかったら。
もし、リリアーナさまに殿下のお子が授かったなら。
私は、「万が一の可能性」を願ったのです。
結果、リリアーナさまにお子が授かり、側妃として留まる事になりました。
喜びと罪深さが混じる複雑な心中の私に対して、リリアーナさまは既に色々知っていたようでしたのに、本当の笑顔を向けて下さいました。
『王子や王女のような可愛いい子供が産まれたらと思いますわ。ルシーダさま、色々教えて下さいましね』
それでも言葉がでない私に、リリアーナさまは仕方がないですねとばかりに優しく息をつきました。
『…大丈夫ですよ。私の前には幸せになる道が2本あり、こちらになっただけなのです』
『本当に、それは幸せになる道ですか?』
『あら、その道にはルシーダさまもいらっしゃるのですよ?お互いに協力しながら、一緒に行ってはくださいませんの?』
『勿論、ご一緒しますわ。きっとシンシアさまも』
そう言って差し出された手を、私は両手で包み込むように握りました。
私達のワガママで、彼女はこちらの道を行く事になりました。
でも今しばし、ここにはリリアーナさまが必要なのです。
リリアーナさまは何も仰いませんが、いつかもう1つの道に繋がる時が来ましたら、私達は今度こそリリアーナさまご自身の意思で道を選べるように力を尽くします。
…ああ。時間になりましたわね。
色々お話してしまいましたけど、ご質問の答えになっているかしら。
それならばよろしいのですけれど。
私も今一度自分と向き合う事が出来て、有意義な時間を過ごせました。感謝します。
では、失礼しますわ。
側妃の外見イメージが固まりつつあります。
とりあえず、ルシーダは一見大人しめで時折艶っぽいお姉さんです。
そんな人がいるのかな?まあ、最後に「風」とつけときましょう。
次はシンシア予定です。