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悪役令嬢は退場しましたけれど、お幸せですか?  作者: せりざわなる
第1幕 リリアーナ・エルトリト
13/21

修道女の懺悔

再掲「13話」です。

再掲に関しましては、お手数ですが5/9の活動報告をご覧ください。

日が沈みかけている。

青年は、御者台に座りながら空を見上げていた。


「時間がかかってんなぁ」


そうして視線を下ろし、主が消えた小さい教会の出入口扉にそのまま向けた。

これ以上遅くなるなら、主は教会に止まっていくかも知れない。予定のない滞在なのだから、彼女はともかく自分は野宿になるかも知れない。


まあ、慣れてるから構わないけど、一応、その準備はしておこう。


けれど、これほど時間がかかるなんてー。


「やっぱ、駄目なのか?」


かといって、諦める気はないのだけど。

馬車に乗せいた主の姿を思い浮かべ、唇は挑戦的な笑みの形になる。


「認められなくったって、側にいることはできるしな。待つのは今さらだ」


青年は、完全に日が落ちる前にと御者台を降りて荷台から荷物を出し始めたのだった。




その日。

王都の小さな教会を訪れたマリアは、教会内の応接室で優しく微笑む神官長を前に膝を折った。


「神官長。お久しぶりでございます。ご健勝のようで何よりですわ」

「マリア。あなたの方こそ、心穏やかに過ごせているようす。実に喜ばしい事ですね」


幼き頃より家族ぐるみで親交のあった彼が、心からそう言っているのはわかっている。

立ち上がるように促し触れる手は暖かく、それも昔から変わらなかった。


「時間があるようでしたら、またあちらでの事を聞かせて下さい。王都もよろしいが、今の時期の緑あふれる地の話は心が沸き立ちます」

「もちろんですわ。私も神官長にお話したい事がたくさ

んありますの」


マリアの身に危ない事はないか、心に不安を抱えていないか。マリアの話を聞くのは、それを確認する事も含まれているのだろう。そして、それは彼女の家族に伝えられているはずだった。

それをもわかっているが、自分で伝えられないマリアは、神官長に任せておしゃべりを楽しむ事にしていた。


「それで、神官長。相談したい事があるのですが、そのお話も聞いて頂けますか?」

「勿論ですとも。これからお聞きしましょうか?それとも、まずは手紙をお読みになりますか?」


家族は、定期的にこの教会を訪れるマリアへの手紙を神官長に託していた。手紙は家族の愛情が溢れていて心が乱されてしまうから、いつも先に読んでいる。

表向きには接触を禁じられている為に、マリアは教会で手紙を読み、再び神官長に預けて処分をしていた。そうして、神官長と他愛ない会話をして落ち着かせ、修道院へ帰っていた。

だが、今回はマリアに相談したい事があるという。ならば、そちらを先にした方がよいのではないかと、神官長は尋ねているのだ。


「先に手紙を読みます」

「ではお持ちしましょう」


神官長は頷くと、応接室を出た。そしてまもなく戻ってくる。それはいつもと変わらないが、戻ってきた彼は困ったような顔をしていた。


「神官長?」

「マリア。ご家族の手紙を持って参りましたが、もう一通今しがた届きました」


差し出された神官長の手の上には、重ねられた2通の手紙。上の手紙にはラグゼンダール家の紋章の封蝋がされていた。そして、目の前で神官長が上下を入れ変えて現れた下の手紙にはただの丸い跡を残した封蝋であったが、封筒の隅にに百合の花が小さく描かれていた。


「……リリィ?」


思わず呟くマリアに、神官長は安堵の様子を見せる。


「今しがた、側妃さまから喜捨の品々が届いたのですが、使者の方からお預かりしてしまいまして。あなたに手紙を頂くような覚えがないならば、お返ししなければと思っておりました」

「お気遣いありがとうございます」

「いえ。では、ごゆっくりと」


マリアが手紙を受けとると、神官長は微笑んで部屋を出ていった。

マリアは部屋のソファーに座ると、百合の花の封筒を低テーブルに置いた。まずは、家族の手紙から。


封を開けばふわりと香る母の香水の匂い。簡単な時候の挨拶とこちらの様子を心配する言葉あって、父の様子や

兄夫婦の事が綴られている。


『いつか、ミケルにも会える事を祈って。お父さまもそれまでは会うのを我慢すると言っているわ。あなたが私達を愛しているように、私達もずっと変わらずに愛しているわ。だから、いつかは帰って来なさい』


最後はいつも同じ。兄ミケルと向き合えなくなって苦しむマリアを、厭う事なく愛し続ける家族の心と言葉に心が暖かくなり、マリアは手紙を抱きしめた。


それから間をおいて、マリアは家族の手紙を隣において、百合の花の封筒に手をかけた。

手紙の主であるはずの友人とは、再会してから幾度か会ってはいたが、こんな形での手紙は初めてだった。

現在、彼女の懐妊という実に祝福すべき話が国中に広まっているから、そんな事情でしばらくは会えないという事でも綴ってあるのかもしれない。

王太子の子であるからそれは当然の事と思う。けれど、会えない事に寂しさも感じていたマリアは、わざわざ手紙をよこす彼女の気遣いに嬉しくなった。


少し期待をしながら、封を開ける。差出人はやはり、友人のリリアーナ。

時候の挨拶と共に、予想通り、しばらく会えない事の報告。そして、リリアーナも寂しく思っている事が綴られていた。だが、読みつづけていくうちにその気持ちはどんどん不安に変わっていく。これまで二人の間で語られなかった、彼女の後宮での行動が綴られていたからだった。


『……私に子ができた事で、降格は保留となりました。

ルシーダさまやシンシアさまは喜んでくださり、これからも共に子を育て己の役目を果たしていきましょうと仰います。

殿下はそれでも私の願いを叶え下さると仰っていましたが、その時間が伸びた事に少し安堵されているようです。

ニホリ国のマルセル殿は、お二人に渡った厄除けの土産を、私には渡せなくなるところだったと苦情の手紙を寄越されました。


アメリさま。

正直に申せば、この状況を残念だと思っている部分もあるのです。

降格し、後宮を去れば、私は自由。アメリさまの元へも行く事ができ、あの頃のように国の外の世界に思いを馳せて、楽しく時を過ごす事ができたかも知れないと想像してしまうのです。


ですが、私がこの懐妊に喜びを感じているのもまた事実です。

思いの丈をぶつけたことで、殿下に対してもはや何もありませんし、共にいる事も苦痛ではありません。

王子王女は可愛いですし、ルシーダさまやシンシアさまと過ごす事も楽しい。任されている政務の成果が出れば喜びを感じます。

そしてその他にも、私が関わった方々から、祝福の言葉と心が寄せられているのです。

ですから今しばし、このお腹の子の未来が安心できるような道が見えるまでは、私はここに留まろうと思います。


そうして時を過ごすうちに、また予想や予定とは違った状況になるかもしれません。殿下との関係も。

でも、アメリさまとあの頃のように過ごしたいと思う気持ちはきっと変わらないでしょう。

いつか。

その時が来たら、たくさん話しましょう。許されるなら、共に遠出しましょう。


アメリさまが、同じ気持ちでいて下さる事を願って。

その時は、お互いに笑顔で会える事を願って。


リリアーナ・エルトリト』


「あ、ああああああっ」


マリアは泣き崩れた。体が低テーブルにぶつかり、大きな音をたてた。


「マ、マリア!?大丈夫ですか?」

「神官長。私は、私はなんと身勝手な事を!」


マリアは、飛び込んできた神官長にすがり付いた。

神官長は驚きながらも、マリアを支えるように膝をついて視線を合わせた。そうして、マリアの手に家族からのものではない手紙が握りしめられていることに気づく。


「何があったのですか、マリア。………その手紙が理由なのですか?」


神官長は優しく問いかける。マリアの心を落ち着かせるように、肩や背中を撫でた。そのお蔭で、マリアは泣き続けてはいるものの、少しずつ落ち着きを見せ始める。


「…このままでいましょうか。それともお聞きしましょうか」


ソファーに座らせるべく、神官長はマリアの手をとると、マリアはその手をぎゅっと握り返した。


「聞いて下さい。お願い致します、神官長」

「…わかりました。ですが、このままでは。座りましょう」


そうして二人はソファーに座り、向かいあった。

マリアは泣きながら、それでも大きな息をついて己を取り戻した。そして、神官長を見つめる。


「ー私は懺悔致します」



私はアメリ・ラグゼンダール。公爵家に生まれました。

父と母。そして2歳年上の兄ミケルがおります。

そして幼き頃より、現在王太子であるリヒャルド第一王子と婚約を結んでおりました。


私の人生は順風満帆であったと思います。

家族に愛され、麗しく尊い婚約者がいて、なに不自由なく過ごせていました。リヒャルドさまに並び立てるように教育もすぐに始まりましたが、国王陛下夫妻もリヒャルドさまも優しく、時に導いて下さり、課題をこなす事ができました。

毎日が当たり前に幸せでしたし、王太子妃という未来も何の不安もなく受け入れていたのです。


それが変わったのは学院時代でした。

平民の母から生まれたセシリアという男爵令嬢が現れてからでした。

平民育ちで男爵の父親に引き取られた彼女は、年齢の事もあって貴族としての常識も礼儀も不十分なまま、学院に入って来たのです。

彼女は平民ならではの奔放さがありました。それは貴族として育ってきた殆どの生徒が眉を潜めるようなものでしたが、その奔放さに憧れる部分もあり、私も時折眩しく見えました。

ですから、そんな彼女にリヒャルド殿下が惹かれるのは、致し方ないと思っていました。殿下に従う方々もお側にいるのなら彼女の魅力をよく知るはずで、そんな彼らが認めるならば、彼女が殿下と親しくなっても大丈夫であろうと思っておりました。


そしてその時に、私には内緒の友人ができました。それがリリアーナです。

残念ながら、家の事情で公には仲良く出来ませんでしたが、最小限の護衛を共に二人で馬を走らせるなんて、リヒャルド殿下ともしなかった趣味を楽しむ事ができました。

…………私にとっては、何の問題もなかったのです。

ところが、しばらくすると、セシリア嬢の周りで不穏な噂が囁かれるようになりました。奔放な彼女を受け入れられぬ者が、誰とも知られぬよう悪意をもって、彼女が殿下やその周りの方々と会う事を妨害しているとのことでした。

確かに、例え貴族でなくとも婚約者がいる異性に、頻繁に近寄るようではあまり良い印象は持たれません。しかも彼女は学びの姿勢や努力の姿勢があまりなかったこともあって、異性関係に興味のない生徒たちからも評判はよろしくありません。

私も、このまま殿下が彼女を望んだ場合、側妃で迎える事が本当に相応しいのかと迷いがでました。

せめて、普段の振る舞いだけでも改められれば周りも変わるだろうと、教えて差し上げれば、何故か彼女は酷く傷ついた様子で涙ぐんでしまうのです。


噂は更に広がりを見せ、何故か私の名が囁かれるようになりました。私が、セシリア嬢を排除しようと動いているというのです。


この話はリリアーナから聞きました。ただ、彼女はその真偽によりも、私の心を思ってくれましから、そんな彼女の気持ちが嬉しいばかりで、噂の事など何も重荷にはなりませんでした。


けれど、時がたてど噂は収まる事もなく、リヒャルド殿下は厳しい目をして何か言いたげに私を見るばかり。私と時間を過ごす事もなくなっていきました。

流石に私も困り、公爵家を通じて調査をお願いしようかと考えていたその時、セシリア嬢に二人きりでの面会を申し込まれたのです。

セシリア嬢は怯えていました。私が関わっているという噂を信じているならば、無理はないと思いましたが、彼女の方から会いたいと願ったのです。説明すれば、わかってくれるかもと思い、調査にも協力すると言うつもりでした。

ところが、セシリア嬢は私が不快に思っているはずだと頑なに思っているようでした。元より殿下が望むならば叶えて差し上げるつもりであると伝えても、それは変わりませんでした。

何度も何度も私が不快に思っているはずだというので、どうしてそう思うのか聞くと、突然言い出したのです。


『じゃなかったら、話が進まないじゃない!』

『愛されるのは私なのよ!』

『あんたは、悪役令嬢なんでしょう!』


セシリア嬢の豹変に驚きました。


『…もしかして、前世の記憶あったりする?あんたも転生者?だから、ゲーム通りに動かないの?』

『悪役令嬢主役の小説なんかもあるのよね。死亡フラグ折りたいから嫌がらせしないの?』

『残念ね!私はヒロインなのよ。物語はヒロインに有利になるに決まっているじゃない!』

『そうだ!今からでも、私に協力しなさいよ!そうしたら、追放エンドにしてあげる。死にたくないでしょ』


言っている事がわかりませんでした。気が狂ってしまったのかと思いました。

でも、セシリア嬢は得意気に語り続けました。殿下だけでなく、支える方々の個人的な悩みや出来事の事など。それを事前に察知しており、救って来たのだと。

そうした積み重ねで彼らはセシリア嬢と親しくなり、最後は彼らの1人と結ばれる。それを邪魔するのが悪役令嬢だと。

セシリア嬢と親しくなっているとの噂の相手はリヒャルド殿下でした。だから、悪役令嬢は私であるというのです。


『別にいいわよ。そのまま邪魔しないでみていても。あんたが首謀者ってどんどん思わせていくから』

『でもいいの?そうしたら、死亡エンドよ』


やはり、貴族の常識を知らないと思いました。私の父の地位は公爵。私はともかく、父を怒らせれば貴族社会が荒れてしまい、王族はそれを決して望みません。

セシリア嬢はいうまでもなく、殿下でさえも、処罰するには慎重に徹底的な調査をしなければならないのです。

ですから、そんな嘘はすぐに暴かれてしまうでしょう


『あんた、王太子殿下に殺されるの』


得意気に語る彼女を諭そうとしたとき、その一言が耳に入ってきました。

途端、大量の水をかけられたように、何かが頭の中に入ってきたのです。それは無理やり私の中に入ろうとするようで激しく痛み、とても立ってはいられませんでした。


それは恐ろしい記憶でした。

時は夜。

リヒャルド殿下でない、しかし麗しく高貴な男性が私に微笑みかけます。優しく手を引いて、少々の酒を楽しみ、共に寝台へ向かいます。そして、情熱的に愛される。

しかし、彼は私の名を決して呼ばない事を何故か知っていました。私ではない、彼が真に愛している女性の名を囁きます。私は、彼女の身代わりとして、毎夜彼の寝室に訪れていた女だったようなのです。

それだけでも、衝撃で恥ずかしかったのですが、頭の中に入りこんだそれは、容赦なく私に記憶を見せつけるのです。最後は、こんな記憶でした。

彼との日々は相変わらずでしたが、彼の様子は変わりました。最後の方では、彼は苛立ちを見せ思いやりも失せて行き、扱いも乱暴になっていました。

私は寝室に呼ばれる事も拒めずなすがままだったのですが、この日々の終わりが近い事、終われば嬉しい出来事が待っているという希望をもっていたようでした。

ですが、彼にはそれを覚られてしまったようです。いつにも増して乱暴で暴言を浴びせられました。

そして。


そして……


そして…………。


全身に残る痛み。

身勝手な扱いで組伏せられゆさぶられる体。

強い力で押さえ込まれ続ける首。

霞んでいく視界で見えるのは、覆い被さる彼の凶悪に歪んだ笑顔でした。


押し寄せた記憶はそこで終わりました。

セシリア嬢が言った前世の記憶と言うものなのでしょうが、今私に起きた事ではありません。一笑に付して、成すべき事をすればよいと思いました。

ですが、それは要らぬ置き土産を残していました。

死にたくはないという強い思い。

そして、記憶の中の彼と同じような年代や容姿をもつ男性への恐怖でした。

そして、皮肉にもそれに一番近い男性が、リヒャルド殿下だったのです。


私は耐えました。それでも、家に戻れば倒れてしまい、医師には心が原因と見破られ、両親を心配させてしまいました。

仕方なく理由を話したのですが、もちろん最初は信じてはもらえませんでした。ですが、兄ミケルにでさえ、近づかれると恐ろしさに身を震わせ、倒れてしまうのを見て漸く理解してくれたようです。


婚姻関係は無理であると判断し、お父様が動いてくれました。

破棄するには理由を相手に伝えなければなりませんが、男性が怖いなどという理由は私の為にも公には出来ないというのです。

家族であるからこそ、前世の話も含めて信用するが、世間ではそうならない。気が触れたか、もしくは何か私の身に起こってそう言うのだろうと。それは、私の純潔を疑われる事にもなると。

では、どうすべきか。


お父様は、従兄弟である陛下に内密に相談されたのです。陛下は一笑に付すことなく、受け止めて下さいました。

陛下は、私の様子の変化をご存知でいらっしゃったようです。人を使い、学院内での私と殿下の様子を報告させていたようです。

もちろん、殿下の変化も気づいていらっしゃいました。

殿下のセシリア嬢への思いは、貴族の若者ならば誰でも起こるような一時の熱だと感じていらっしゃって、それにまつわる騒動も、逆に殿下がどう納めるか見ていたようです。

ですが、私の事も幼き頃より見ていたから娘のように思っているよ、と。そして、セシリア嬢への噂に乗って見てはどうだろうとおっしゃいました。

私の名誉はどうする、父と兄は憤っておりました。ですが、陛下は私の気持ちを尊重して下さいました。

このまま義を貫き、セシリア嬢を排除しても殿下との婚姻は無理。名誉を傷つけずに破棄しても、年頃の私に求婚者は集まるだろう。今はともかく男性に近づく機会さえ避けたいだろう、と。

リヒャルドは未だに感情のままに動いている。彼とセシリア嬢には王妃が何かを考えているから、心配はいらないよ。と優しく仰って下さいました。

だが、少し不名誉を被ってしまう事は避けられないとも仰った陛下に、私は深々と頭を下げました。

嫉妬のあまり、などという不名誉を被る事よりも、心休まる日常の確約が欲しかったのです。


陛下と父の間で色々話し合われ、私はセシリア嬢に悪役令嬢とやらの役割を果たすと約束いたしました。

学院では殿下と話をすることもなくなり、殿下を支える方々の婚約者が私の周りに集って下さったお蔭で、他の男性と接する事も少なくなりました。ただ、全てを話す訳にはいきませんので、リリアーナには随分心配をかけてしまいました。


そうして迎えた婚姻破棄の日。

アメリ・ラグゼンダールとして最後の日を、私は公爵令嬢として振る舞う事に徹しました。

それからは、神官長もご存知ですよね。

マリアという新しい名をもらい、修道院での心休まる日々を過ごす事ができました。


私はそれで終わりであると思ってしまいました。

ですが……結局、私は逃げただけなのです。

陛下や家族に全てを任せて、放り出しただけなのです。


私が去ったあと、リリアーナが側妃になったことは驚きました。ですが、側妃としての能力は充分であると、何より私が王妃さまに推薦していたのですから、そうなっても仕方ありません。

彼女は国の外の世界に憧れを抱いておりましたから、後宮の中はさぞかし窮屈であろうと思いました。私のせいで、そんな思いをしているのだと。


ですが、聞こえてくる評判は高く、漸く会えた彼女の様子は明るく溌剌としていました。彼女に任されているという政務の事も実に楽しそうに話しているのを見て、形は変わったけれど彼女は良しとしているようで安心いたしました。


けれど、本当は違ったのですね。

事情も知らぬリリアーナは、私の為にセシリア嬢に憤り、殿下に憤り、側妃になって王妃さまに協力しました。率先してセシリア嬢を排斥し、殿下に手を上げたのです。その結果、処罰を受けようと後悔はしていないようでした。

殿下との間に子が出来たことでそれは免れましたが、彼女は後宮に囚われたまま。今はそれをも受け入れているようです。


それほどまでに私を思ってくれたのに、私は彼女に何も言わずに去ってしまいました。

やはり、私が彼女の人生を狂わせたのです。


私は。

私は。

罰を受けねばなりません。





星が瞬き、気温も低くなって青年は身を震わせる。

本当に野宿になりそうだと思っていると、教会の中から神官が1人出てきた。

主はこのまま教会に泊まる事。青年も部屋を用意したので中に入って良いとの事を伝えてきた。

ありがたくそれに従う。神官に、主に従ったもう1人の修道女について聞くと、すぐに会わせてくれた。

彼女に主の様子を聞くと、何か心乱す知らせがきたようで、神官長と長く話こんだあと、疲れたようで既に休んでいるという。

何があったか青年も気になったが、今はこれ以上何も出来ないこともわかっている。青年は大人しく部屋へ戻り一夜を過ごした。


夜が明けて。

出立の時間に現れた彼女は憔悴しきっていた。

このまま修道院へ戻る事すら辛いのではないかと声をかければ、問題ないと彼女は答えた。


「なあ……。やっぱり、駄目だったのか?神官長に怒られたのか?」


彼女ははっと顔を上げた。たった今思い出したようだった。

そして、苦しそうに顔を歪め、瞳にみるみると涙が溢れてくる。


「ごめんなさい……ミト。その話は出来ないわ。そして、やっぱり、あなたと一緒にはなれない。私は、罰を受けなければならないの…」


はらはらと涙をこぼす彼女に、青年は手を伸ばしかけて留まった。漸く側にいることを許されたばかりなのだ。ここで、間違うことはできない。


「別に、還俗が許されなくったって、結婚が許されなくったって、俺は構わないよ。ただ、あんたが自分のものだって証が欲しかっただけだしね」


抱きしめたいところだが、そっと彼女の手の指を握る。

ここまでが彼女の許容範囲。青年だけが許された事。


「最初に会った時は、結婚なんて考えもしてなかったじゃないか。それが変わったし、これからまた変わるかも知れないしさ。待つよ」

「でも、待たせてばかりだわ。あなたはそれでいいの?」

「待つのはなれてる。子供の頃からずっと待ったんだ。あんたの罰が何なのか知らないけど、これからだって側にいさせてくれるんだろう?それで充分さ」

「そんな、駄目よ…」

「駄目でも!俺の気持ちは変わらない。お願いだから、側にいさせてくれ」


彼女はまたハラハラと涙をこぼし、青年はしばしそのまま側に立っていたのだった。

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