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悪役令嬢は退場しましたけれど、お幸せですか?  作者: せりざわなる
第1幕 リリアーナ・エルトリト
12/21

私のエピローグ 後編

最初にお詫びします。

こんなのありかよ!って声は出ると思いますので。

5/1 修正いたしました。アドバイス、ありがとうございます。

私は素早く視線を部屋に控える侍女らに走らせます。

殿下の荒々しい様子に心配する彼女らに、「大丈夫よ。殿下とふたりきりにさせて」と部屋から下がらせました。



「ー殿下。腕が痛いですわ」


はっとしたように、王太子殿下は掴む手の力を緩めましたが、離してはくれません。二の腕から滑りおろし、手首を優しくつかみ直しました。


「君の考えを聞きたい。座って話そう」


導かれるまま、私と殿下は並んで長椅子に座りました。

並んで座り、こうして向き合っても、殿下は手を離しません。まるで、逃がしたくないと言った風です。


「殿下、お聞きしても?その、お持ちの書類ですが、私に関する事が書かれてあるのですか?」

「……ああ。君の今後についての報告だ」

「私の降格の件ですね」


私が驚く様子もないので、殿下は眉を寄せました。


「媚薬香を持ち込んだ、エドゥアルド・リンデンブルグは我がエルトリト家の寄り子。後宮での不祥事ですし、寄り親の者として何らかの責をとるのは、間違った事ではありませんわ」


媚薬香の件ではやはり、男性社会の方では騒がしいままのようでした。

どの方々も、リンデンブルグ子爵家のとり潰しだけで終わらせるつもりはないのは明確で、エルトリト家の動きを注視しているようでした。

かといって、媚薬香とエルトリト家との繋がりは証明されていません。城の調査官による調査ですから、その結果に正当な理由なく不服は申し上げられません。

色々な思惑を抱える方々の不満を少しでも解消すべく、私を降格させる方向へ調整が入りました。

シンシアさまが繰り上がって第一側妃。私は側妃を降りて、王太子殿下の愛妾となる予定です。


側妃と愛妾。違いは権利と保証です。

側妃は殿下の妻の一人と認められ、夫や正妃の政務に関わる事が認められます。子は夫の子であると保証され、夫との離縁や死別で離れてしまう場合でも、金銭や生活面での補助が約束されています。

愛妾はこれらがなく、また男性側の判断によって一方的に解消する事もできるため、解消された場合、女性は身ひとつで放り出される事にもなるのです。


側妃から愛妾へ。何か咎があったか、寵愛を失ったか。侯爵家の娘がそのような待遇になることで、王族の不興を買ったに違いないと皆は思うでしょう。それで不満を散らし、納めるつもりなのだと思います。

それを私が驚く理由はありません。王妃さまから、仄めかされておりましたから。


「良い機会と思って下さいませ。殿下を今後支えていく者達でございますよ」


そう。これは貴族達の資質を見る一つの機会になります。

宰相派やエルトリト家を蹴落とそうとする者、公爵派を盛り返そうとする者、静観する者、暗躍する者。国政には貴族の力が必要ですが、妨害も貴族からでるものです。陛下も王妃さまも見ているはずです。


「…それはわかっている。だが、私が聞きたいのはそういうことではないのだ」


握りしめていた書類を投げ捨て、王太子殿下は両手で私の手を握りました。


「今はわかっている。全ては、私の浅はかな決断が始まりだ。アメリ嬢も、セシリアも不幸にしたのは私だ。ルシーダ、シンシア、そして君にも、要らぬ責を担わせているだろう。だが、なぜ今回の降格を黙って受け入れる?今の君はまるであの時のアメリ嬢のようだ」

「殿下」

「君の気持ちを知りたい。言ってくれ、リリアーナ。不敬は問わない」


真摯な眼差しに、私の気持ちは段々押さえきれなくなっていきます。


「殿下。その言葉をアメリさまにおっしゃいましたか?」

「リリアーナ?」

「……ご存知ではございましたでしょう?学院時代。アメリさまという素晴らしい婚約者がいる殿下に、礼儀知らずにも何度も近づく平民生まれの男爵令嬢。礼儀を指摘するアメリさまを叱責し、男爵令嬢の無礼をお許しになる殿下。そんなお二人と、殿下を支える方々の振るまいに眉を潜める者、苦言を呈する者がいたこと」


ぐっとまるで刺されたような表情を浮かべる殿下。


「私もその1人でございました。ただ、私はお二人よりも、アメリさまの事が気がかりでございました。中々機会がありませんでしたが、アメリさまご本人に聞いてみたのです」

「リリアーナ。君は…アメリと親しくしていたのか……」

「学院の中では控えておりましたから、知る者はいなかったでしょう。アメリさまは殿下とセシリアさまの噂が流れても、嫌がらせの噂が流れても困った様子ではありましたが、お二人に対して嫌ったり憎んでいるようなお気持ちはないようでした。むしろ、お二人の思いを理解され、殿下が望むならばと既に決まっている第一側妃の交代も考えていたのですよ」


むしろ、私を気遣うような表情をなさって、第二側妃になっても良いかしらと話をしたことがありました。


「殿下の望んでいらした形ではなかったかもしれませんが、アメリさまは殿下を大切にされていましたわ。お気づきになられていなかったのですか?…そうではございませんでしょう?」


殿下の気まずげな表情を見て、私は断言いたします。


「アメリさまとは幼い頃からの長い時をご一緒に過ごされてきたのでしょう?殿下が誠意をもってお話されれば、アメリさまは殿下のお力になっていたはずですわ。ですが、殿下はそうなさらず、そうして、貫かれた愛の結果が今この時というわけですわね」

「リリアーナ…君は、この時を望んでいたのか?」

「望んでいた?そうですわね。そう思わなかったと申せば、嘘になりますわ。でも、この結果を招いたのは、セシリアさまご自身ですわ」

「…君はセシリア自身をどう思っていたのだ」

「どうと申されても…。お二人の振るまいには憤りを覚えておりましたけれど、お二人自身にはお話したこともございませんでしたもの。憤った心は、ある方が引き受けて下さいましたし…」

「母上か」

「…………その分、少し冷静になることができましたわ。ですから、セシリアさまを知りたいと思いましたの。アメリさまに及ばずとも、王太子妃に相応しい方であるならば、と。…………ですがセシリアさまは、どこまでも恋に溺れる平民の女性でしたわ」


殿下の問いには答えず、私は言葉を続けます。


「知ってしまえば、気が抜けてしまいましたわ。私が何かをするまでもなく、セシリアさまはご自身でその道を歩んでいかれた。そして、もうお会いする事はありません。今は特に思う事はございませんわ」

「では、私に対してはどうなのだ」


ぴたりと思考が止まりました。

セシリアさまに対する思いは、彼女が安寧宮に入った事で憤りも解消されたと言えます。

けれど、王太子殿下に対しては。


「…………今この時、不敬を許されておりますから、正直に申し上げますわ。言われて気づきましたけど、私は殿下に伝えたかったのですわ。学院時代のころからずっと見ていて思っていた事を」


王太子殿下を見る目が厳しくなっていくのを、自分でも感じます。


「セシリアさまと真実の愛?よろしかったですわね。ですが、それが何だというのです!アメリさまとの婚約があり、最初は想いを秘められていたのはわかりますわ。でも、アメリさまの否が囁かれるとこれ幸いと表にだされ、断罪された!なんなのです、あれはっ!」


普段は嗜みとして、激しい感情を出さないようにしていた私が声を張り上げる様子に、殿下は驚いていらっしゃるようです。

私は激情のまま、殿下を置いて立ち上がります。握る手を外された殿下は私を見上げます。


その戸惑った眼差しの綺麗なお顔の頬に、思い切り手を打ち下ろしました。

大きな音と衝撃。

私が見下ろす形であっても、殿下は男性。頬を赤くし、打った私の行いを見て驚いてはいますが、衝撃に対してほぼ動く事はありませんでした。

手は赤くなりじんじんと痛みますが、吹き出した感情は収まりません。私が再度腕を振り上げますと、さすがに慌てたように立ち上がって腕を抑えてきました。


「リリアーナ!」

「止めないで下さいまし!そうですわ。全て殿下が始まりなのです!」


今度は動きを封じる為に手首を抑える殿下に、私は抵抗します。

抵抗で腕はまた外れ、私は何度も殿下に手を上げました。今度は殿下も立ち上がっているので、顔には届かず胸のあたりをパチリパチリとなるばかりです。


「殿下は卑怯ですわっ!王族の力でアメリさまを追放し、ラグゼンダール家にセシリアさまを養子に迎え入れさせましたわ。お力をどうして、そのようにお使いになったの!」


アメリさまの断罪の場面が思い浮かびます。

殿下はセシリアさまに寄り添いながら、「1人の男として愛して欲しかった、アメリさまはずっと王太子としてしか見ておらず苦痛だった」と仰っていました。


「王太子という立場を厭いながら、あのような時だけ躊躇わずにお使いになって!」

「リリアーナ……リリアーナ!」


抵抗する私を抑えるのに苦心した殿下は、私の背中へ己の腕を回して抱き込んでしまおうとしました。

それから逃れられず体は動けなくなってしまいましたが、殿下の胸を叩く私の手は止まりませんでした。


「あの時の罪の真相はわかりませんわ。でも、その後の王族の命に誰が逆らえましょう。それが国難に繋がらない限り、誰が強く意見を述べましょうか!そして、殿下は王太子として守られる。……卑怯です!」


アメリさまは完全に潔白というわけではなかったし、結果として、王族と公爵家の婚姻は形変われど約束通りなされました。

大きな目でみれば、アメリさまの断罪は些細な事なのです。


叩く手を止めて、代わりにぎゅっと服を掴みます。


「セシリア・ラグゼンダール公爵令嬢との婚姻を宣言された日はお幸せでしたか?1人の男性として愛されたいと願い、力をもって場を整えられた場所で多くの祝福を受けてお幸せでしたか?」


きっとにらみ上げれば、殿下は何故か傷ついたような表情をなさっています。


「殿下は途中で気付かれましたわね。でも、私も殿下の側妃となってわかりましたわ。ー王族たるもの、過ちを簡単に認めてはならないと。それは、私たち貴族より強いもの。だからこそ、言動に慎重にならなければならないもの」


殿下の口元がきゅうっと結ばれました。


「……ですから殿下が、全ての始まりをお認めになっても、それ以上は仰る事は出来ませんわよね」

「リリアーナ」

「セシリアさまとの婚姻は、強引ではあったとしても罪とまでは申せませんわ。そして殿下は気付かれ、ご自分を磨かれ、お子が生まれ、結果的にルシーダさまを王太子妃になさる事を承諾なされた。混乱はあったけれど、未来へは順風満帆ですわ。……………でも、腹立たしいのです。すごく、腹立たしいですわっ!」


私は拳を握り、再び殿下の胸を叩きはじめました。


「わかっております。王族の存続に比べたら、些細な事ではあることは。でも、殿下は私よりずっと長く近く、アメリさまの側におられたのに、このような仕打ちをされたこと、どうしても腹立たしくて仕方ありませんの。ですから、これくらいは許して下さいまし!」


殿下は腕を解き、黙って激しく叩く私を受け入れてくれました。

何度も何度も胸を叩いて息が乱れ、殿下の顔を見上げれば静かな瞳を向けられました。それも、また腹立たしく、私は最後に背伸びをして、おもいっきり頬を打ちました。



部屋には私の乱れた息の音だけが響きます。




「………私はそれほど君に憎まれていたのだな……」


やはり、微動だにせず静かな瞳を向けていた殿下は、そう呟きました。


「ならば、あの降格の話もリリアーナにとっては悪い話ではないのだな。愛妾ならば、時期を見て解放してやれる」

「ぜひ、そうして下さいませ」

「…………私といる事は耐え難い苦痛であったろう」


すまない、と言葉で言えない代わりに、瞳が語っています


「情くらいはあると思っていた自分が恥ずかしい」


そう言って、殿下は目伏せました。


「殿下。私は腹立たしかったと申しましたでしょう。憎かったとは言っておりませんわ」

「え?」


アメリさまがあの理不尽に最初から最後まで嘆き悲しんでいたなら、そうだったかもしれません。でも、途中からアメリさま自身が望んで巻き込まれ、この地を離れたのですから。

あくまでも、アメリさまの気持ちを無視した殿下の仕打ち腹立たしさを感じたのです。

側妃となり、殿下の素質を知れば知るほど、セシリアさまの事がなければ良き王太子でした。だからこそ、アメリさまとあの時向き合って下さればと腹立だしくなったのです。


「でも、勘違いしないで下さいまし。愛してはおりませんわ」

「……はっ!」


殿下は思わずと言ったように、短い自嘲の声をあげました。


「それは薄々感じていた。何故なら、君は決して私の名を呼ばなかったからな」


と殿下は寂しそうに微笑みました。


「私がしたことを思えば、憎まれていない分だけリリアーナに感謝せねばなるまい」


殿下は私から離れ、自分が放り投げた書類を拾いあげました。そして、その紙を見せるように掲げます。


「では、この話は進める。ルシーダやシンシアの事もあって時間はかかるであろうが、君の望みは必ず叶うだろう」


そう言って、殿下は一時私を見つめましたがすぐに部屋を出ていきました。







殿下が退室すると、すぐに侍女らが入ってきました。

心配そうに見る彼女らに、笑って新しいお茶を用意するように命じます。

その間、ソファーに座って息をついていますと、ルシーダさまが戻ってこられました。


「リリアーナさま?王太子殿下がいらっしゃったようですが…大丈夫ですか?」


感情を露にして少し疲れていたのを見破られ、くすりと笑ってしまいました。

侍女がお茶を用意し始めたので口を閉じると、ルシーダさまは察して側に座ってくれます。

そうして侍女らが下がると、そっと心配そうに私の手を取りました。


「リリアーナさま、殿下と何かございました?」

「ふふふ。実は、殿下と言い争いをしました」

「まあっ!」

「とは言っても、私が一方的に殿下を責めたのですけれど」


私は、殿下が来た理由や思いの丈を話した事、そして手を上げたことまで話しました。さすがに、最後の部分でルシーダさまは顔を青くさせました。


「ふ、不敬で……」

「殿下が問わないと言ったからですわ。やはり不敬となっても後悔は致しません。ルシーダさま。私、随分と気が晴れましたのよ」

「え」

「最初の頃は、お二人の身勝手な言動に対して、何らかの罰が下れば良いと思っていましたの。物語のように」

「り、リリアーナさま」

「でも現実は違いましたわ、陛下や王妃さまはお怒りでしたけど、お二人を囲い込んでしまわれましたわ。それから思惑通り、国を乱す事なくセシリアさまは排除されましたわね。殿下には明確な罰はありませんけれど、ご自分の選択による結果を目にして、傲慢さを剥ぎ取られ、王族としての役目に縛りつけられましたわ。少なくとも陛下がご存命中は、殿下は国の為に励む事でしょう」

「リリアーナさま、それは…」

「陛下や王妃さまの判断には驚きましたけれど、お蔭で私は殿下の頬を叩くなんて事ができましたわ。セシリアさまが安寧宮に入った時も気が晴れましたけど、殿下の方がずっと晴れましたの。考えてみたのですけど、私、直接罰したかったみたいです。……………本当に小さい事ですけれどね」


王族を叩くなんて、ある意味誰も与えられない罰ではなくて?とくすくす笑うと、ルシーダさまは泣きそうな顔をしました。


「ああ、ごめんなさい、ルシーダさま。これから殿下と並んで歩まれるのに」

「……いいえ。いいのよ」


お茶を飲みましょう?とルシーダさまに勧められ、共に口に入れました。温かさが体に広がっていきます。

気づけば、ルシーダさまは私が崩した書類の束を見ています。ちらりと見えるのは新しい側妃候補の名簿。

私が降格した後に入る予定です。


「リリアーナさまは、いずれここを去られるのですか?」

「…まだ、ルシーダさまともシンシアさまともご一緒ですわ」

「そうですわね。王女にはまだ会っていませんし、王子ともまた遊んで下さいませ」

「ええ。子供たちも交えてお茶会もしましょう」


体が温まったせいか、急に眠気がやって来ました。


「リリアーナさま……?」

「ごめんなさい、ルシーダさま。何だか、とても眠たくて……少し、時間を頂けるかしら………」


強い眠気に何故か逆らえません。ルシーダさまの声がぎこえますが、段々何を言っているのかもわからなくなり、私は眠りについたのでした。


読んで下さってありがとうございます。

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