第二話 住み込みで研究調査を開始する!
オレ達はリビングに座り話し合う事にした。
リビングといっても、ちゃぶ台と座布団が有るだけの質素な物だ。
高級ソファーとテーブルなんて、高校生が買える様なものではない。
せめて人数分の座布団が用意できた事を褒めて欲しいくらいだ。
女性は、座布団が気に入らないのか、綿が十分入っているかを確認する。
実家から適当に持ってきた座布団だ。
軽くて持ち運び易い物を選んだ。
その為、座り心地は良いとはいえないのだろう。
「すいません、来客なんて滅多に来ないので、こんな座布団しかありませんけど……。
今日は、どういったご用件でいらしたんでしょうか?」
女性は、好奇心なのか、辺りを見回す。
一通り見終わった後で、お茶を口に含んでから話し出した。
出したお茶は、高級茶葉などではない。
安くて箱買いしたペットボトルのお茶だ。
「えっと、アタシの名前は、陽射真昼です。
みんなからは真昼ちゃんと呼ばれています。
どうぞ、よろしくお願いします!」
真昼はそう言って、深々とお辞儀をする。
丁寧なお辞儀に、オレも伝染した様にお辞儀を仕返した。
長い沈黙が訪れる。
それ以上の自己紹介をしてくれない。
自分がなぜオレの家に居たのかも語らない。
沈黙が五分ほど続いた後で、彼女はオッさんに小声で話しかける。
「えっと、この後はどうしましょうか?
さすがに、実験の事故で、あなたが危険な状況にいるとは言えませんよね?
どう言って対応しましょうか?」
「私に任せろ、こういうのは得意分野だ!」
オッさんは、オレに向かって話しかけ始めた。
一枚の履歴書を出して説明し始める。
「私は、近くの太陽研究所に所属している研究員の内藤夕夜と申します。
この度、あなたが応募された治験のバイトに採用した事を報告します。
あなたの自宅にて、この真昼ちゃんと一緒に生活し、夏休みの間だけ治療薬の投与、及び検査を実地させてもらいます。
朝昼晩と三回、この薬剤をお飲みください。
検査は、状況に合わせて変えていきます!
では、夏休みの間だけよろしくお願いします!」
「いやいや、そんなバイト申し込んだ事もありませんよ。
確かに、終業式が済んで、バイトがあったら良いなとは思ってましたけど、申し込んだ記憶はありませんよ」
「ははあ、どうやら薬の影響によって、一次的に記憶が飛んでいる様ですね。
もう少し弱目の薬に切り替えておきます。
これで、記憶が紛失する事はありませんよ。
後は、夏休みの間中、薬を定期的に飲み、検査を受ければ給料を支給しますよ。
これほど簡単に儲かる仕事も見つかりませんよ!」
オレが給料を見て納得しかけていると、女性が小声でオッさんに話しかける。
誤魔化しが上手くいきそうで、喜んでいる様だ。
「あの履歴書、どうしたんですか?
筆跡とかも彼の物らしいですけど……」
「何、定規で文字を書いたのだ。
こうすれば、筆跡は誤魔化せる。
更に、彼の名前を書いたノートがあったので、署名だけそのままなぞって書いただけだ。
筆圧だけは、完璧とは言えないけどね!」
「さすがは、クレームマスター。
ちょっと彼の生命に危険があるけど、上手く誤魔化せましたね!」
「え、ちょっと生命の危険があるの?」
「そりゃあそうですよ。
進化というのは、自然にできることではありません。
突然変異したとしても、その姿を維持するのは至難の技なんです。
遺伝子組み換えの大豆の様に、一定期間経った後で、蜜蜂などが一斉に死滅する危険もありますからね。
進化とは、人為的に万全な状況で訓練を重ねて、ようやく成功するものなんです。
ライガーや様々な植物の様に、ある程度失敗を繰り返して、努力を重ねた結果できるものなのです。
ですから、最悪死亡という事もあり得ますよ!
生物が別の物になるには、いくつもの壁を乗り越えねばならないんです。
生物学者なら誰もが経験している生物の壁ですよ!」
「ふむ、この事は黙っていよう。
仮に、治験で症状が悪くなって死亡したとしても保険に入っているので、遺族にお金が支払われて終わりという結果になるだろう。
これが、大企業のやり方だよ!」
「あくまでもバイト社員として登録して、安全な仕事をしていたはずなのに死亡したという事にするんですね。
そうすれば操作を誤った研究員を保護する事ができます。
クビにするのは一瞬ですが、新しく研究員を作るのは大変な労力が入りますからね」
「あれ、他人のミスにしようとしてる?
事故が起こったのは、君の判断が間違った事だと思うけど……」
「まあ、被験者がちょっと変わっただけですよ。
このサルも死んでしまうのは可哀想ですし、人間の方が生き延びる生命力は強いですからね。
大した問題ではありません。
要は、検査をしつつ、危険な状態にならない様に調整していけば良いのです。
その為の付きっ切りの調査ですし、脳が進化する可能性は高いですよ。
まあ、元のボンクラなままという可能性もあり得ますけどね。
それはそれ、実験の結果という事で、さっさと切り捨てれば良いのです!」
「君の人間性に疑問を持つ結果になったな。
まあ、大事には至らないだろう。
被験者の彼も上手く誤魔化せた様だし……」
二人が熱心に話し合っているのが終わり、オレは二人に疑問を投げかける。
治験のバイトというが、具体的にどの様な危険が伴うのだろうか?
「で、この薬を飲み続けるとどんな結果になりますか?
危険はないのでしょうか?」
真昼は、こう言った。
「ああ、喋れる様になります。
脳が活性化して、サルでも会話が成立しますよ。
薬による危険は、ただのラムネなので全くありません!
なので安心してください!」
「え、ラムネなの?
じゃあ、フラシーボ効果というやつかな?
漫画とかで、薬と思って飲み続けると体調が良くなるっていうあれ?
でも、僕に話して大丈夫なんですか?」
真昼とオッさんは、また二人でヒソヒソ話し始めた。
「むう、中々痛い所を突いてくる質問ですね。
どうやら脳の進化は著しく進歩している様です。
ちょっと前だったら、何の質問もなく協力してくれていたでしょうからね。
しかし、どう誤魔化しますか、内藤さん?」
「ふむ、良い傾向ではあるな。
だが、この頭脳の進歩具合を見ると、バレる危険もありえるな。
今のうちに覚悟を決めて、バレた場合の対処法を考えた方が良さそうだな。
真昼ちゃんは、体で払う覚悟もしておいた方がいい。
こっちは、社員として雇う方針を検討してみよう!」
「ふう、まさか実験動物と結婚する羽目になるとは思いませんでした。
まあ、このまま脳が進化していけば、結婚も悪くないかもしれませんね。
でも、脳が進化し過ぎて、ハーレム生活を望んだ場合はどうしたらいいんでしょうか?
自分の遺伝子を残そうと、複数の女性を妊娠させる危険もありますよ」
「それも実験結果だと受け入れよう。
危険な生物になり次第、射殺も考慮した方がいいな!
ある危険域を超えて仕舞えば、我々では手出しのできない化け物になる可能性もあるが……」
「まあ、リアルパラドックスの危険もあるんですね、素敵!
とりあえず殺傷能力は低いですが、携帯型スタンガンも所持しているので大丈夫ですよ。
体が巨大化して、キングコングみたいにならない限りは大丈夫です!
その為の付きっ切りの調査ですし……」
「そうだな!」
オレは、熱心に話す二人に割り込む。
「あの、どうなんですか?
ただのラムネを飲んでるだけで大丈夫なんですか?」
オッさんは、こう説明をする。
「ああ、ラムネとほとんど同じ成分だが、中に薬が入っている。
飲みやすい様に、外側はラムネでコーティングして、内側に薬剤を仕込むんだ。
我々研究員の間では、ラムネと呼んでいる。
一般人には、分かりづらいかもしれないがな!」
「なるほど、中に薬剤が入っているんですね。
分かりました」
「はい、ビタミン剤でもセットしておきますよ!」
真昼が明るくそう語ると、オッさんが口を塞いでいた。
余計なことは言うなと言わんばかりの表情だ。
「まあ、私も近くに住むことにする。
二人っきりになる時間は短いだろう。
そんなに心配しないでくれ!」
こうしてオレ達三人の奇妙な共同生活が始まった。




