第一話 生か、死か、脳を進化させる実験!
オレは、底辺高校に通う普通の高校生・夕凪旭十五歳だ。
底辺高校に通うようになった経緯は、なんて事はない。
受験の日に病気になり高校受験に失敗して、滑り止めの高校に通うようになっただけだ。
その為、実家からは遠く離れ、下宿先に住む事を余儀なくされた。
最初は、落ち込んでいたものの、何も考えていないという特技が活かされたのか、無事に一学期を終了させる事ができていた。
部活には所属せず、勉強とゲームで時間を費やす毎日だ。
一定の時間に帰るようになると、帰り道に出会う人も増えてくる。
道ですれ違うだけの間柄だが、ちょっと年上の社会人のお姉さんである。
髪が長いロングヘアで、年齢が二個上くらいにしか見えない。
初めは、社会人として働いている尊敬の気持ちで見ていたが、次第に好きになり始めていた。
有名企業の研究員らしく、エリート中のエリートだが道ですれ違った時に、無言で会釈の挨拶はしてくれる。
顔は美人系だが、どこか幼い感じを醸し出していた。
他の社員はエリート意識が高く、オレのような高校生に全く関心を持たない。
しかし、彼女だけは違い、オレに関心を持っているような気配がする。
悲しい男子高校生の妄想だろうが、オレはそう思って自分を励ましていた。
今からでも勉強に励めば、彼女のような美人とも結婚できるんだと……。
その日も、オレは同じ時間に家への帰宅を急いでいた。
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「真昼ちゃん、実験の準備は出てているかね?
脳を無理矢理に進化させるという君の最初の実験だよ。
この実験が成功すれば、将来的には人の寿命も超能力研究など様々な分野で発展が望めるだろう。
今日の予定は、サルを使っての実験だったね。
サルに特殊な電磁波を当てる事で、脳細胞が活性化し、徐々に進化して行く。
そして、数週間後には、人間の言葉を理解し、話し出すまでになるという実験だったね。
中々面白いよ。
本当ならネズミを実験にする所を、特別にサルでの実験に変更したんだ。
これは、上層部が君の実験をいたく気に入った証拠だよ。
今日は、私も実験を見学しようと思うよ。
上手くいけば、世紀の瞬間に立ち会えるわけだからね!」
「ありがとうございます。
本来ならば、大学を出たての新米など助手になれれば良い方な物を、この様に私の研究を重要視してくださり、実験にまで至る事ができました。
結果は、遅効性の実験の為、数ヶ月の調査をして報告する事になると思います。
その時は、どうぞよろしくお願いします!」
「では、実験の段取りを説明してもらおうかな?
実際、急にここでの実験が決まったので、君の研究を理解していないんだよ。
簡単な手順でいいからさ!」
「はい、分かりました。
まずは、器具の説明をしつつ、実験対象をお教えします」
監督の内藤夕夜六十歳に実験のあらましを説明し始めた。
実験の総指揮を取るのは真昼だが、何らかの問題が発生した場合、熟練の研究者である内藤が危険を察知したり、非常事態の対応する事になっていた。
新人の研究員は、たとえ優秀でも一人で実験をするなどという事はしない。
実験の手順や器具によっては、思いもよらない事態が発生することもあるのだ。
その事故を最小限に抑える為、熟練の研究者・内藤が呼ばれたのだ。
最悪の事態が発生した場合、誰かが責任を取らされるが、すでに定年退職の年齢になった内藤は都合が良かった。
内藤一人が責任を取って仕事を退職すれば、他の者は守られるのだ。
大企業にありがちな、保険の為の監督だった。
そうは言っても、長年の経験も馬鹿にはできない。
保険の為の監督によって、危険が事前に回避される事が度々あった。
内藤は、そんな優秀な監督の一人なのだ。
真昼の新人教育をしたのも彼であり、真昼からの信頼も厚い。
実験の内容を把握していないわけではなく、本人から直接聞く事によってさらに万全を期しているのだ。
実験は、可能な限り安全な仕方で行われる様に手はずが整っていたのだ。
「ふむ、設備の準備も万端の様だ。
では、実験を始めるとしようか?
何、失敗しても可哀想な結果になるのは、サルだけだ。
気楽にやっていこうぜ!」
「そうですね、理論としては完璧なんです。
即人体実験に移行しても大丈夫なくらいに、自信はあるんですよ!
確かな手応えを、この実験から感じるんです!」
「はっはっは、人体実験か。
まあ、政府が許しはしないのだろうが、次の段階では可能になるかもしれないな。
痴呆の研究という事で、ボケた老人を使っての実験は許可が下りるかもしれない。
まあ、数回実験を繰り返し、確かな安全が取られた後だとは思うが……」
「そうですね」
真昼の顔が少し曇る。
この研究は、実際には若い人にやってこそ、本来の目的を達成できるのだ。
痴呆の老人では、普通のお年寄りと大差が生まれず、大した成果も上がらないだろう。
真昼の考えでは、底辺高校に通う残念な男子が望ましいのだ。
たとえ死んでも社会に対したダメージは起きないだろうし、もしかしたら彼を有用な人材に変えることができるかもしれない。
若いからこそ、真昼が考えているよりも著しく進化するかもしれないのだ。
(そういえば今日は終業式だったな、彼と遭遇する時間は、この時間帯になるわけか……。
今度、被験者として誘ってみようかな?
実は、ずっと目を付けていたのよね。
サンプルとしては上出来だわ)
真昼がそんな恐ろしい事を考えていると、窓の外に彼の姿が現れた。
一瞬目が合い、会釈をしてくれる。
しばらく立ち止まり、中の様子を見ていた。
(奴が、奴が外に!)
「被験者との距離は何メートルですか?」
研究員Aにそう訊かれ、真昼はとっさにこう答えてしまった。
そう、サルではなく、底辺男子高校生の距離をだ。
「十メートル前方です」
脳細胞を進化させるという恐るべき電磁波がオレを襲う。
しばらくは何ともなかったが、次第に気分が悪くなってきた。
その場を離れ、自宅へ帰ろうと道を歩き始めた。
数歩歩く毎に、気分が悪くなり、不意に貧血の様な感じで倒れてしまった。
オレが気を失い気が付くと、自分の家に寝転がっていた。
ベッドに仰向けで寝ており、制服姿のままだ。
きっと家に帰ってすぐに、ベッドで横になっていたのだろう。
無意識のうちに帰ってこれたのかと思うと、人間はすごいと考えていた。
「さてと、そろそろ昼ごはんを準備しないとな」
オレがおもむろにベッドの下へ腕を伸ばすと、柔らかい物に手が触れた。
何だろうと揉みながら、柔らかい物を確認すると、女性が横に寝ていることに気が付く。
女性は、道端でよく出会う女性であり、顔はかなりの美人だった。
オレがしばらく呆然と見ていると、女性がもぞもぞと起き出してきた。
「ふぁー、うっかり眠ってしまいました。
ここ数日、まともに寝てなかったから……。
こんなボロい布団でしたけど、気持ち良かった!
やっぱり高級布団よりも寝る時間が大切なんですね。
もう一度、寝直しましょう!」
「ちょっと、何寝てるんですか?
どうやって家に入ったんだ?
知り合いとはいえ、警察に通報しますよ!」
オレがそう言うと、リビングからオッさんが出てきた。
どうやらオレが目を覚ますのを待っていたらしく、寝直そうとしていた女性を起こす。
二人で、オレに起こった事を説明する様だ。
オレの体は、一体どうなってしまったのか?
今のところは、気分が悪くなった以外に目立った症状はない。




