飛翔
チョコボは自分を包み込んでいた羽を振りほどき後ろに畳み込んだ。そして自分へ話しかけてきた。
「まりちゃん! もっとこの国を見て行かない?」
「うん! チョコボにこの国について色々と教えてもらいたい!」
自分がいつも頭を撫ぜるときと同じようにチョコボは満足げな表情をその愛くるしい顔に浮かべた。
「まずはリラクの泉に行こう」
「リラクの泉?」
「そうだよ。この国のシンボルにあたるような泉なんだ」
「この国に初めて来たらまずはそこへ行くべきでしょうね」
テリーも納得の様子で横で頷いている。
「そこへはどれくらいの距離があるの?」
「そうだね……東へ三十キロってところかな?」
(三十キロ!?)
車で走っても三十分程かかる距離だ。なんならもう少し頑張ればフルマラソンが完走できてしまう。しかし見渡す限りの範囲にバスやタクシーはおろか自転車の一台も見当たらない。ただの草原っぱが広がるのみ。
「そんなに距離歩くんだ……」
「まりちゃん!ここは鳥の国だよ。長い距離を歩く必要なんかないよ」
「でも……私はチョコボみたいに空を飛べないよ」
「私の背中に乗せてあげるよ」
「いいの? チョコボ!? でも私重たいよ……」
「そんなことないよ」
言うが早いかチョコボは左翼を私の方へと伸ばしてくる。その長い翼はまるで滑り台の上へ登る階段のようだ。しかしチョコボの背へと無邪気に乗ることに対して自分は背徳を感じて躊躇していた。
「初めての空は怖いよね。でも大丈夫。私のこと信じてまりちゃん!」
「違うよチョコボ。チョコボに迷惑かけるのが悪いなって思うの」
そのやり取りを嘴をつぐんで黙って見ていたテリーが老眼鏡を羽でズリ上げながら口を挟んできた。
「鳥の国には罪悪感など存在しないのですよ。まりちゃん。チョコボの純粋な気持ちを受け取るのです」
(そうか。ここは鳥の国なんだよね)
自分は肩を撫で下ろして無駄なものを取り払った。そしてチョコボに感謝の意を伝えた。
「ありがとう! チョコボ! 背中に乗せてもらうね!」
「空を飛べばリラクの泉は数十分で着くよ」
自分は徐にチョコボの左翼へと近づいて行き、右足をソロリと翼の上に乗せてみた。少し足が沈みこむのかと思いきや、チョコボの頑丈な体が自分の体の重さを想像を凌いでしっかりと受け止めてくれているのがわかった。
「首に跨って」
一歩ずつ足を胴の方へと進めた。大木の幹ほどの太さがあり美しい黄色毛をたっぷり蓄えた、黄金の馬のようなチョコボの美しい首筋にしばし見とれた。右足からチョコボの首へと跨り、首元へ腰を下ろしかけた。首筋からはお日様の下で干したフカフカの毛布のような、どんなアロマの匂いよりも心を落ち着かせてくれるチョコボの香が漂っていた。
「飛ぶよ。まりちゃん。しっかり掴まってね」
自分はこの空へ今から飛び立つのかと心踊りながら天を仰ぎ見てゴクリと唾を飲んだ。
「うん。わかった!」
途端に地震の初動の縦揺れのような衝撃がチョコボから伝わってきた。チョコボが地を蹴ったのだ。チョコボの一蹴りによって気づけばもう建物の三階くらいの高さに自分はチョコボと共に体があった。その脚の力の猛々しいこと。鳥の偉大さと人間の力の遠く及ばなさを思い知った。
弾丸のように体を包めていたチョコボはそこで首をシャンと大きく縦に伸ばし、その力強い両翼を空に大きく広げた。
喜びと感動に浸るような時間が与えられる間もなく自分とチョコボは空へと高く高く舞い上がった。飛行機の窓に額を押し当て見下ろしたときと同じ景色の遠のき方だった。






