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スクラップブックカードをめぐる三つの情景 その2

 それは、まるで一幅の絵画のような光景だった。

 美しい二人の少女が、微笑み会いながら会話を交わしている様子は、どこか陽だまりの温かさを感じさせるような……見るものを幸せへと誘うような情景でもあった。


「スクラップブック~?ナディ、そんな趣味があったんですか?」

「んー、どっちかっていうとカード集め。他のものは集めてないし、スクラップブックじゃなくて、専用のカードケースにいれてるから」

「へえ……見せてくれるんですか?」

「い、いいわよ。ルティだから特別よ」

「ありがとう、ナディ」


 ふわりとアルティリエが笑うと、ナディアは頬を染める。


(ナディア姫様ってわがままで意地悪だって聞いてたけど、全然そんなことないわよね)


 気の強い美少女が照れてはじらっている姿は、ひどく微笑ましいものだ。


(それとも、うちの妃殿下がタラシなのかしら……)


 ジュリアは、そんな二人の様子をちらりと見ながらお茶をいれる。

 今日のお茶は、ダーフールの緑茶だ。ここのところ妃殿下は緑茶がお好みで、緑茶にあった菓子……ということで、豆を甘く煮たものを使う菓子をよく作る。

 これがあるといろいろなお菓子に使えて便利なのだが、おいしく作るのには修行が必要らしく、ジュリア達が味付けするとどうしても甘すぎてしまう。

 今日のお菓子は、そば粉を練って丸めたものを茹で、それに甘く煮た豆をかけるだけのお手軽さなので、定番おやつになっている一品だ。


「んー、おいしい……。ここのお菓子は本当においしいわ。うちの侍女にも見習わせたい」

「気に入ってくれて嬉しいです。……もうすぐ台所も完成しますし……完成したら、職人さんが来てくれるんですよ」

「お菓子の?」

「はい。エルゼヴェルトのお城でお菓子を専門に作っていた料理人さんなんです」


 すごーくおいしいお菓子を作るの、と嬉しそうに口にするアルティリエの姿に、ナディアが微笑む。


(目の保養~)


 思わず、眼福眼福と呟いてしまいそうな麗しい光景だ。


(嫌だわ、何かオヤジくさい)


 ジュリアは気をつけようと自身に言い聞かせた。






「とりあえず今日は王太子殿下の持ってきたのよ」

「殿下の?……汚すといけないですから、あちらで見ましょう」


 二人はお茶もそこそこにソファコーナーに移動する。

 大き目のソファに大きいクッション。ナディアは黄色のクッションの手触りが好みらしく、それを自分専用にしている。


「三冊もあるんですか?」

「あら、これは最近のだけよ。それでこれが最新作なのよ。見て」

「うっ……」


 クッションを抱えたアルティリエは凍りついた。


「え、どうしたの?」

「な、なんですか、この破壊力抜群な代物は」

「え?……殿下よ?」

「ぶっ……」


 口を押さえて噴き出す。


「ルティ?」

「す、すいません……」

「何かおかしい?」

「いえ、殿下が、殿下が……っく……」


 抱きしめたクッションに顔をうずめ、ソファの上で笑い転げる。


「いったい、どこの王子様ですか……こんなポーズとって……」


 きらきらと周囲に光の粒子を振りまく爽やかな笑顔の殿下のカードにアルティリエが笑い転げる。



「……あ、ありえない……」


 日常生活の中という設定なのだろう。ティカップを口元に運び、にこやかに微笑みかけるナディル……これもありえない。ナディルのにこやかさは不機嫌さと紙一重だ。


(そもそも、殿下が本当に笑うのは極めて珍しいんですよね)


 極めて珍しいどころか、実の弟妹達ですら数えるほどしか見たこと無い事をアルティリエは知らない。

 王太子妃宮からほとんど出ることのない彼女が話をする人間は極めて限られている。アルティリエの知る王太子ナディルが、他人の知るそれとかなりかけ離れていることに彼女はまだ気付いていない。


「どこって、お……王太子殿下はダーディニアの王子でしょう?」

「そういうんじゃないんですってば……」


 やっと笑いがおさまったと思ったら、白馬にまたがり剣を天に向けて掲げているナディルのカードを発見してしまい、アルティリエはまたしても笑いの発作に襲われる。


「なあに?そんなにおかしい?」

「だって、本物知ってるとありえないじゃないですか、そんな爽やか笑顔」


 何だか見ているだけでむずがゆくなりそうで、とアルティリエはジタバタと足をバタつかせる。


「何言ってるの、王太子殿下は素敵じゃない」

「ナディ、夢見すぎですよ。殿下は確かに素敵な方だと思いますが……いくら有名税とはいえ……こ、これはないと思うんです」


 アルティリエにしてみればアイドルのブロマイドのようなものか、と思えるのだが、それにしても恥ずかしすぎる。


 イシュトラ風のターバンの衣装や、エーデルト風と言われるちょうちんブルマーな王子様スタイル、極東の島国ヤーダの袴姿などさまざまな格好をしている。百歩譲ってコスプレくらいならまだいいが、その胡散臭そうな笑顔や不自然に顎にあてられた手や、ウインクしている表情や……画家の考える王子様補正が笑うしかない代物だ。

 この細密画の中のナディルは、何かするたびに特殊エフェクト付で、特別な登場音楽すらありそうだ。


(こんな人がいたら、絶対に避けて歩くわ)


 きらきら光の粒子を振りまき、薔薇の花を背負ってる男なんてお近づきになりたくないというものだ。


「あなた、そんな風に笑ってるけど、あなたのカードだって勿論あるんだからね」

「私のカードですか?」

「そうよ。王族なんだから当然でしょ」

「……見てみたいような、見たくないような……」

「あら、可愛かったわよ。去年の冬の白いドレスが一番多かったわ」

「…………持ってるんですか……」


 軽く首を傾げる。


「べ、別にルティのカードを集めたわけじゃなくてよ。私のコレクションは、王室全般に渡ってるんだから」

「へえ、すごいんですね」


 アルティリエは素直に感心している。

 だが、ナディアの侍女達がここにいたとしたら、きっと何か言いたいことがあったに違いない。


 彼女達は、アルティリエのカードを集める為に、王都内のベリー・ベリーの本店、支店に朝一番で並ばされた。

 男ばかりの列に並ぶのも勇気がいるし、彼らをかきわけて店内で目的のものを手に入れるのだって一苦労だったのだ。


「殿下の小さな時のカードとかもあるのよ」

「それは見てみたいですね」

「でしょう。それからね……」


 二人の少女は顔を寄せ合って、くすくすと笑いながら楽しそうに話をしている。

 女の子にとって、おしゃべりの種がつきることはなかった。


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