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スクラップブックカードをめぐる三つの情景 その1

 ルパート=イシュール=ヴェム=オストレイ=デール(22)は、悩んでいた。


 姓からわかるとおり、彼は東部の名門デール伯爵家の子息である。母も同じ東部の名門オストレイ伯爵家の娘で、家格のつりあいもとれた二人の間に生まれた気楽な三男坊だ。

 既に結婚している二人の兄にはどちらも息子がいるので、伯爵家の家督が彼のところまで回ってくる事などまずありえない。

 継ぐ領地はないが、義務も無い。いたって身軽な立場である。

 食べていくには、生活に不自由ないようにと亡くなった祖父からそれほど広くはないが富裕な荘園を譲られているから生活の苦労はない。有能な家令もつけてもらっているので、自分で領地を見る必要はないし、政治だの社交だのにすき好んで関わらなくて良いというのは彼には願っても無いことだった。


 とはいえ、貴族たる者、社会に奉仕する者たらねばならぬ。

 だが、学者を目指すほどの頭もなければ、聖職者になるほど信心深くもない。王立学院を卒業すれば文官になれることは知っていたが特に勉強が好きなわけでもなかったので、消去法の結果、ルパートは国軍に入隊した。

 当初、所属していたのは東方師団だったが、つい最近、近衛師団に転属になった。


「何をそんなに悩んでいるんだ?」

「あー、うー、妹達に王都にしかないっていうカードを頼まれててさ」


 近衛師団が駐屯するのは当然ながら、王都である。

 ルパートが王都勤務となったことを知った二人の妹達は、目をきらきらさせて彼に迫った。『妹のおねだり』という名のそのミッションは、彼が遂行するにはなかなか過酷そうな気配を漂わせている。


「カード?ああ、スクラップブック?」

「そうなんだ。二人とも、夢中でな」


 スクラップブックは、男女の別なく流行している趣味の一つだ。

 蒐集する人間の嗜好やセンスが反映され、手軽であるのにみんなで鑑賞して楽しむこともできることから、年々その人気は高まっている。

 気に入った絵葉書やカードや印刷物等の切り抜きをスクラップするだけで、はじめるのにそれほどハードルが高くないせいか、だいたい周囲に一人くらいはスクラップブックを趣味としている人間がいる。


 例えば、花の図柄ばかりを集めている者や動物物ばかりを集めている者、あるいは異国の風景ばかりを集めている者等、テーマを決めて収集している者も多く、スクラップと一口にいってもこれがなかなか奥が深い。

 中でも特に流行しているのは、有名人の肖像だ。蒐集の対象となるのは、だいたいスクラップブックカードと呼ばれる肖像カードであることが多い。女優や俳優、高名な吟遊詩人等々。ダーディニアにおいては、王室の方々のものが特に人気が高い。


「王都にしかないものっていうと……やっぱ、あれ?」

「ああ」


 近年、『写真』という新技術が開発されたというが、まだまだ一般の人間の手に届くものではないので、これらの肖像はすべて人の手による絵……細密画ということになる。

 画家の作風により同じ人物でもまったく違っており、その違いを楽しむのが通なんだとか。年頃の少女たちは何種類の王子の肖像を集められたかを競っているとも言う。


「……ブラック・ベリーか」

「そうだ……」


 ルパートは溜息をつく。

 少女達の間で最も人気が高いのは、カードの裏が黒いベリーのイラストで統一されているブラック・ベリー商会のものだ。

 ブラック・ベリー商会は王都の土産物店で、王族のカードの種類の豊富さを最大の売り物にしている。

 連日、店は大変な賑わいを見せており、その九割までもが女性客だ。


「あそこに男一人で行く勇気は、俺にはないよ」

「あー……僕もちょっとそれはね」

「なあ、ラエル」

「……イヤだよ、一緒になんて行かないよ」

「いいじゃんか、行ってくれよ~、頼むよ。幼馴染だろ」

「それとこれとは話が別」

「女の子大好きじゃん、おまえ」

「僕は普通に女の子を好きでいたいから、ああいうところにはいかないの。ああいうところでは本性がわかるだろ。僕はまだまだ女の子に夢見ていたいんだよ」

「ラエル~」


 ルパートは情けない声をあげる。

 この幼馴染は、女好きでタラシだという噂が先行しているが、単に女の子に優しいだけだ。そして実は、優しいのは女に対してだけじゃない。


「妹たちのためなんだよ~。な、頼む」

「カトリーヌとエレーナの為って言われたら断れないじゃないか……、このシスコンめ」

「るせ、しょうがねーだろ。あの満面の笑顔で『お願い、お兄さま』なーんて言われたら、断れるかって」

「うわー、絶対チョロいと思われてるよ」

「いいの。妹っていう生物はそれだけ優遇されるべき存在なの」

「……まったく、仕方がないなぁ」


 溜息を一つ。結局、何だかんだいって付き合ってくれるのがラエルだ。


「……ほら、行くよ」


 ルパートの二人の妹達を可愛がってくれているということもあるが、基本的に優しいのだ。

 それでいて、優柔不断というわけではない。


(こいつ、許容範囲が広いんだよな……)


 度量が広いと言うべきかもしれない。


「さーんきゅ。持つべきものは心優しい幼馴染だなぁ」

「お世辞を言っても何も出ないよ」

「ははは、お世辞じゃないって」

「……ルパートが、王都に来ることになったのは僕のわがままだからさ」


 ちょっと責任感じているんだ、とぼそりと呟く。それから、照れくさそうにそっぽ向いた。


「気にすんなよ。……妹姫、だろ」


 ルパートはラエルが異動願いなんか出した原因を知っている。


「妹だなんて呼べないよ。身分が違う」


 ラエルは、エルゼヴェルト公爵の庶子だ。

 庶子とはいっても、ラエルの母は今はエルゼヴェルト公爵夫人であるので、家督相続の権利がないだけで地元では普通にエルゼヴェルトの若様で通っている。

 エルゼヴェルトの相続権を持つのは、王室より降嫁したエフィニア王女から生まれた姫君だ。公爵にとって唯一の嫡出子であり、ラエルにとっては異母妹にあたる姫君で、彼女は国中の誰もが知る事情により生後七ヶ月から王太子妃として王宮に在る。


「でも、妹は妹だろ。だからおまえ、わざわざ近衛に転属なんて願い出をしたんだろ」

「…………心配だっただけだよ。だって、あの子、狙われてるんだよ。父上にあんなに言ったのに握りつぶしやがった。……あの墜落は事故なんかじゃないのに」

「それは仕方ないだろ。……疑われてるんだから、公爵……」


 先日、その王太子妃殿下は、実に十年以上ぶりで里帰りを果したのだが、城のベランダから冬の夜の湖に墜落するという事故に遭遇した。

 ラエルはその時に湖にいて……その夜の夜会に来ていた女の子と湖でボートに乗っていたのだ……運良く、妃殿下を助けあげた。

 妃殿下は記憶を失ったものの命には別状なく、王都に無事に帰還された。だが、滞在中に侍女の毒殺事件が起こるなどして、その身辺が不穏である事は確かだった。

 そしてこの、一方的とも言える異母妹との記念すべき初対面が、その異母妹が暗殺されそこなった直後というその衝撃は、ラエルにとても大きな影響を与えた。


「……だいたい、犯人の姿はよく見えなかったんだろ」

「…………うん」


 ラエルは、後で王太子妃殿下が落ちたということがわかったベランダに小柄な人影がいたと主張していて、あれは事故じゃないのだとずっと言い張っていた。

 結局、父親と兄達に黙るように言い諭されたのだが、ずっと納得していなかったらしい。

 王太子妃殿下の帰還のお供をして献上品をお届けした後、王都から戻ってきてすぐにいきなり軍に異動願いを出したのだ。

 国軍は六軍にわかれていて、ラエルやルパートが所属していたのは東方師団。当然、東部諸侯の子弟が多く在籍しており、国軍と諸侯との関係は深い。

 庶子とはいえ、東公エルゼヴェルトの子息であるラエルはそのまま東方師団にいれば何もしなくてもそれなりの地位に就く事ができる。


 だが、これが近衛となるとがらりと事情が変わる。

 近衛は王家の私軍に近く、元々、高位貴族の子弟が多い。軍において庶子であることは特に問題にされないが、ラエルの立場や家族事情というのは王家にとっては極めて腹立たしいものになる。

 よって、王家にごく近しい近衛師団において、ラエルの立場はあまり良いものとは言えない。ちょっとしたいじめ、に近いものがあるのだ。


(それでも、こいつは帰るって言わないからな……)


 近衛に転属になったからといっても、ラエルの事情が事情でもある。妃殿下の側近くに配されることなど不可能だ。

 口をすっぱくして言い聞かせたのに、結局ラエルはそれを聞かなかった。


(まあ、昔っから、言い出したらきかないからなぁ)


 何かあった時に、近くにいれば手助けできるかもしれない……というのがラエルの言い分で、単に距離が近いだけではできることなどないと言ってもきかなかった。

 ラエルを一人で王都にやるのが心配で、結局ルパートも一緒に転属願いを出したのだ。

 公爵がルパートの転属も必ず一緒に押し込む事は計算済だ。

 一部では血も涙もないような男と思われているが、あれで、公爵は子供に対する細やかな気遣いをする人間だ。近衛への転属は案外あっさり認められた。

 騎士として叙任されていて、かつ、素行に問題がなければ異動はそれほど難しいことではない。


 だが、近衛とはいえ、こちらで配属されたのは正宮の警備部隊だった。

 公爵にごく近しいラエルは、本当ならば警備部隊という裏方になることはない。

 だいたい正宮の警備なんて、西宮からほとんど出ないという妃殿下とは顔を合わせることもない。

 顔どころか影を見ることすらなく、時折、噂話がやっと聞こえてくるくらいだ。


(なのに、諦めないんだよなぁ……)


 それでもクサらずに正宮の端っこの門の警備をしているのだから頭が下がる。

 ラエルはとかく顔のよさでいろいろ言われている男だが、中身だって悪くない。


(カトリーヌかエレーナのどっちかがこいつの嫁になればいいのに……)


 そうすれば妹はきっと幸せになれる、と確信できるくらい、ルパートはラエルという人間を買っている。




 ◆◆◆◆◆




「……あそこだよ、ルパート」

「おお……すげえ」


 王都で最も地価が高いと呼ばれる一角に、その店はある。

 統一帝国時代の建築をマネた白壁……この白さを保つ為に、この店では月に一度、壁を塗りなおしているのだという。

 店の前にはピンクや水色や黄色や……さまざまな色合いのドレスの女性達が列をなしていて、さながらファッションショーの楽屋だ。

 田舎から出てきたばかりというような少女がいれば、最新流行のマーメイドラインのドレスに身を包む貴婦人も居る。

 一人で来ている者はほとんどなく、だいたいが数人のグループで、ぺちゃくちゃとおしゃべりしながら列に並んでいる。時折、ぽつんと混じっている男性は、ルパート達と同じくきっと誰かに土産として頼まれたのだろう。


「あそこに突入するのはちょっと躊躇するよね……」

「敵に突入するより恐えぇ」

「女性客が九割以上だから……それに、何か明らかに場違いだもんね」


 男性客は心なしか居心地悪そうだ。


「……でも、女性王族のカードだってあるんだろ?」

「ブラックベリーは、女性王族や女優や……いわゆる男性向けのカードは取り扱ってないんだよ。そっちは姉妹店のベリー・ベリーに任せてるから」

「……よくわかんねーけど、そいつらが商売がうまいだろうってことだけは何となくわかる。でもよ、例えば国王陛下と王妃殿下が一緒に居るカードなんかはどこで売ってんだ?」

「それはどちらでも。……マニアになると、同じ画でブラック・ベリー版とベリー・ベリー版を揃えるんだってさ」

「同じ画ならどっちだっていいじゃんか!」

「彩色の絵の具がちょっと違うんだって。だから、肌の質感が違うんだってさ……」


 ラエルはどこか遠い目で説明する。

 ルパートはなにやら別の世界を覗いたことがあるらしい幼馴染の言葉を黙って聞いてやった。こういう時、深くは突っ込まないでいてやるのが、友情を長続きさせるコツだ。 

 二人が馬から下りると、どこかからか子供が寄ってくる。


「馬、預かるよ、30分で銅貨1枚」


 見たところ年齢は十歳前後。着ているものもこざっぱりとしているから、近所に住んでいる子供か何かかもしれない。


「2時間で2頭で6枚。延長したら30分で1枚ずつ」

「よし、それで手をうつよ。水はやった方がいい?」


 どうどうと交渉する様子も慣れている。


「じゃあ、水代で2頭で1枚追加」

「わかった。任せて」


 子供は目を輝かせてうなづいた。思っていた以上に値切り幅が少なかったことと、水代の追加が嬉しかったのだろう。

 こういう場所には馬車を止めておいたり、馬を止めておくスペースはあるが、専門の厩務員を置いているわけではない。

 そこで、だいたいこういう近所の子供なんかが馬の番をして小銭を稼いでいる。

 相場は1時間に銅貨1枚。ラエルが口にした額は相場よりもやや高いといえる。


「……やさしーな、ラエル」

「そんなんじゃないよ」

「だって2時間もかからないだろ」

「ルパート、あの列、舐めてるだろ」

「……何?そんなにすごい?」

「ざっと見たところ、中に入るまでに1時間ちょっと。中で目的のものを全部手に入れるのに30分ってとこか」


 ラエルの横顔は厳しい。

 とりあえず、二人は列の最後尾に並ぶことにした。だが、彼らが並んだ後にも次から次へとならんでゆくし、乗り合い馬車から先を争そうようにしておりてくる女性の集団もいる。


「そんなに時間かかるものなのか?」

「ああ。……で、誰と誰のを買うの?手分けしよう」

「………王太子殿下と大司教倪下、あと近衛のウィ―リート公爵があれば」

「おうたいしでんかーっ、一番多いじゃないか……」


 ぐしゃぐしゃとラエルは自分の髪をかきまぜる。


「そうなのか?」

「当然だろう。あの外見だぜ?」

「いや、でも、既婚者だろ?」

「そんなの、憧れる気持ちには関係ないだろ?……別にお会いしてどうこうできるわけじゃないんだから」

「まあ、確かに」


 彼らの身分であれば、王太子と直接対面することは不可能ではない。ラエル自身は、王太子妃への献上品を届に行く事が多いこともあり、それなりに面識もある。

 女の子であっても、社交界デビューできる程度の貴族の家柄であれば必ず一度はお目にかかることができる。社交界デビューした少女は、その翌年に必ず国王陛下主催の建国記念のパーティに招待されることが決まっているからだ。

 だが、それであったとしてもやはり王太子という立場は特別である。二人とも、会ったことがあるだけに余計にそう思うのかもしれない。


「……で、どういうのを買うの」

「どういうのって?」

「絵の雰囲気とか、画家の指名とか……ないの?」

「ああ。できるだけたくさん欲しいって…………何?そんな数あんの?」

「あるんだよ。全部買ってたら破産すんぞ」

「え、マジ?」


 ブラックベリーのカードは、通常のものならば1枚あたり銅貨2枚。極めて安価でありながら、王都土産として名が通っているのでまとめ買いする人間も多い。


「マジ。昔の奴はプレミアついて高かったりするし、特装版とかあるし」

「特装版ってなんだ?」

「彩色にまでこだわって、金箔や銀箔まで使ってる高級カード」

「……………何すんだよ、それ」

「さあ……。商売うまいんだよ、ここは」


 次から次へと新作を出すことで常に飽きられない工夫をしている。また、『限定』や『特装』といったプレミアカードを出す事で競争心を煽るところもうまい。


「あー、何買ったらいい?」

「ブルーラインシリーズっていう、初心者向けの青い縁取りのカードがいいと思う。人気もあるし、女の子が好みそうな肖像が多いから。選択するのが難しかったら、セットものを買えばいい」

「セットもの?」

「そう。異国セットっていうのは、殿下が他国のいろいろな民族衣装を着ているシリーズだし、フラワーセットっていうのは背後にいろんな花を背負ってるシリーズな」


 わずかずつ進んでいく列にあわせ前に足を進めると、ショーウインドウの中にさまざまなカードが拡大されてディスプレイされているのが目に入る。


「……なあ」

「突っ込んだら負けだよ、ルパート」

「……ああ。俺もそんな気がする」


 見なかったことにした時点で、既に敗北している気がしないでもない。


「……で、どういうのが喜ぶと思う?」

「とりあえずオーソドックスに白馬の王子様セットにしたら?普通の感じのものがセットになってるから……ほら、ああいうの。二人とも今まで買ったことはないんでしょう?」

「ああ。……地方では手に入らないからな」

「優良顧客ともなるとカタログ販売もやってるらしいけどね」

「……へえ」

「まあ、王都土産ってのがウリだから、地方に支店ってのはあんまり考えてないみたいだよ。ああ……あれが一番人気の白馬の王子様セット」


 ラエルが目線で指し示す。


「……………………………………なんていうかさ、王太子殿下も大変だよな、こんな恥ずかしい格好いろいろとさせられて」


 白馬にまたがり爽やかな笑顔を浮かべている殿下。

 どこかの庭を背景にポーズを決めにこやかに微笑まれる殿下。

 書斎で本に目を通す殿下。

 ……確かに絵的ではあるが、現実にこんな人間が周囲に居たらどん退きするだろう。

 こんな背後に薔薇しょってる人間、ルパートだったら目を合わせないようにして避けるし、できればお知り合いにはなりたくない。


「有名税って奴じゃない。お、ウィーリート公爵あった」


 店先においてある分厚い冊子をめくっていたラエルがなにやらメモしている。


「なんだ?それ」

「品番。ディスプレイされてるのは人気があるのか新作だけだからな。ここで品番メモって出してもらうんだよ」

「へー」

「……あと、大司教倪下は王子殿下だった子供の頃のものしかここにはないんだけどどうするんだ?」

「え、なんで?」

「聖職に就かれてからは、聖堂近くの教会の許可を得た土産物店でしか売ってない。もちろん、ここの支店がある」

「………………あー、つきあってくれるか?」

「………………次の休みなら」


 さすがに一日に二回もこれに並ぶ気にはなれない。


「何だよ」

「いや、おまえがあんまりにも詳しいから……」

「ガールフレンドにねだられて、何度か買いに来た事があるんだよ」

「優しいねぇ」

「ただのパシリでしょう」


 口元に浮かぶ苦笑。


「……………………どういうガールフレンド?」

「ニディアルド子爵令嬢」

「なるほど」


 それは、社交界でも有名なわがままお嬢様の名だ。


「おまえ、なんであのわがままお嬢の言うこと聞いてやってんの?」

「あれで二人きりになると可愛いとこあるんだよ。それに、お互いギブ&テイクだからいいんだよ」

「ギブ&テイク?何をテイク?」

「彼女の異母姉は、イーゼル商会の代表の元に嫁いでいるんだ」

「イーゼル商会って……本屋?」

「そう。娯楽本の出版もしている。ルパートの好きな『竜の誇り』もそうだし、あと、妃殿下がお好きな『空の瞳』というシリーズを出しているんだ」

「ああ……本好きだって言ってたっけ?」

「そう。だから、いろいろと便宜をはかってもらってる」


 いちはやく新刊をもらったり、印刷部数があまり多くない番外編を取り置いてもらったりね。とラエルは笑う。


「なるほどね……」

「残念なことに『空の瞳』のシリーズは作家が亡くなってしまったから、今残ってる原稿を出版した後、続きがどうなるかわからないんだけどね」

「シリーズ物は難しいよな。作家が変わって人気が出ることもあれば、逆に人気が落ちることもあるし……」


 こういった娯楽本の原稿料というのは極めて安い。しかも、原稿買取方式なので、何部刷ろうとも作家にはほとんど関係が無い。

 よほどの流行作家でなければ専業で食べていくことはできないので、だいたいが二足のわらじを履いているものが多い。

 『竜の誇り』シリーズは、大学の入学試験に落ちつづけていた二人の兄弟が生活費稼ぎに書いたものがはじまりだというのは有名な話で、彼ら兄弟は現在は王都で貸本屋を経営し、『竜の誇り』の原作者におさまっている。

 彼らの原案の元に、何人かの作家が竜の誇りの世界から派生した物語を書きつづけていて、主人公が違うそれぞれのシリーズにそれぞれのファンがいる。


 フランシーヌ編という男装のヒロインの活躍するシリーズは女性ばかりの歌劇団で歌劇として上演されたことがあるし、一番オーソドックスな戦争で孤児となった少年が一流の剣士として成長していくクイン編は芝居小屋の小芝居としては定番の演目としてよく取り上げられている。


「続きが出版されないこともあるしね」

「でもさ、変な作家に勝手に続きを書かれて出版されるくらいなら、未完の方がマシじゃないか?」

「確かにね。続編ってファンにしてみればこりゃあないだろうってのが多いからね。でも、物語ってENDマークをつけないと評価できないと思わないか?」

「終わりよければすべて良しだよな」

「確かにそれはある。まあ、僕としては良い作家に続きを書いて続いて欲しいと思うよ。このまま終わりでは、妃殿下が大層がっかりされるだろうからね」


(……シスコン)


 口には出せない一言。

 だが、いつかそれを面と向かって言える日がくればいいのに、とルパートは思う。


(この妹バカめ!)


 過去を変える事は出来ない。だが、新しくはじめることはできるはずなのだ。

 兄妹としてでなく、血がつながってる他人としてでかまわない。「はじめまして」とか「こんにちは」からスタートして少しづつ歩み寄ることができればいい、と、この心優しい幼馴染の為に思う。


(そうしたら、思いっきり、今まで俺が言われた言葉をかえしてやるよ)


 ルパートは願う。


(いつか、きっと……)


 祈るような気持ちで願い続けるのだ。


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