クエスト依頼
「眠い…」
アリサは拉致同然で店へと連れて来られ、アサギからメニューの種類、配膳の仕方、注文の取り方などを教わることになった。
徹夜にはならなかったものの深夜遅くまでかかり、かなり寝不足である。
孤児院に同行したナナギはエルフであるアリサを雇ったことに相当ご立腹な様子であった。
が、絶対にエルフだとばれないようにしなさい、と強く念を押して帰っていった。
どうやら、彼女は立場的にエルフを雇いたくなかっただけで、エルフに悪い感情を抱いていたわけではないようだ。
アリサはそのことに少しホッとした。
昨日のことを思い返していると部屋のドアがノックされる音が聞こえた。
「アリサ。
起きてるか?
少し早いんだがレイニーにお前のこと紹介しようと思うから来てくれないか?」
声を掛けたのはオーナーのアサギさんだ。
店長のレイニーには昨日会うことができなかったので朝に挨拶をすることになっていた。
現在時刻は9時。
開店まであと一時間だ。ちなみにアリサは今日は朝の手伝いはしなくていいと言われて仮眠をとらせてもらっていた。
「少し待って下さい。準備ができたらすぐ店に伺います」
アリサが宛てがわられた部屋はウィリムスの2階ある一室である。
どうやら、今後冒険者カフェ"ウィリムス"は宿の経営も目論んでいるらしい。
2階フロアには何もない空の部屋が無数に存在した。
アリサはその中の一部屋を使わせてもらえることになった。
また、どうやらアサギさんの部屋も2階にあるらしい。店長であるレイニーさんは3階に住んでいるそうだ。
ベットから抜け出すと身だしなみを整える。
特に耳が隠れているかを念入りにチェックした。
営業中はセミロングの髪と深めのベレー帽で完全に耳を隠す。
隠すことには慣れていたため簡単にはエルフとばれない自信がある。
正直昨日ナナギにバレたのが初めてのことである。
店に顔を出すとそこには書類の確認をしているアサギと紅茶の準備をしている金色の髪をした綺麗な女性がいた。
彼女が店長のレイニーさんだろう。
そう思って見ているとアサギがアリサに気づいた。
「来たか。レイニー、この子がアリサだ」
「は、はじめまして。
アリサ・サンフランです。
何卒よろしくお願いしますっ!」
そう挨拶するとレイニーは柔らかく微笑んだ。
「はじめまして、アリサちゃん。
私はレイニー・コットン。
アサギからエルフの話とか色々聞いてる。
これからよろしく。
一緒に頑張ろう。」
優しそうな人だ。
彼女もエルフの話を聞いたそうだが特に嫌っていないらしい。
アリサはそのことが無性に嬉しかった。
レイニーはアリサを座席に座らせると先程準備していた紅茶を入れてくれた。
「今日のサービスの紅茶。飲んでみて」
オープン記念としてサービスで紅茶を出しているそうだ。
先日とは違う種類の紅茶らしい。
確か先日がアールグレイという種類で今日はアッサムというらしい。
昨日アリサは紅茶の名前だけはなんとか覚えたが、味や香りなど紅茶については全く知らなかった。
レイニーさんが入れてくれたアッサムはコクがあり、ミルクを入れて飲むととても美味しかった。
思わず笑みが溢れる。
「すごく美味しいです!」
レイニーはその言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「今日は初日だから、ミスしても気にせずに。頑張ろう」
そう言ってレイニーは小さく握りこぶしを作った。
この人とは仲良くやっていけそうだ。
アリサは安心した。
◆
開店2日目。
先日ほどではないが今日も客の入りは多い。
正直アリサには付け焼き刃で無理やり知識を詰め込んだだけだったのであまり上手に動けないだろうと思っていた。
が、アリサは物覚えが早いようで、序盤は流石に動けなかったが、午後には細かいミスはあるもののきちんと接客ができていた。あまりフォローできなかったのに驚きである。
意外とうまくやっているな。
アサギはアリサの働きぶりに感心した。
もともと耳を隠すためにベレー帽をしてもらったが、これが白い綿でできた半袖のチュニックとカーキ色の半ズボンというボーイッシュな格好とよく似合っており、お客さんに容姿と格好を褒められて顔を真っ赤にさせて照れている場面が何度か合った。
その反応にお客さんはどっと笑う。
これは期待できるな!
俺も頑張らねば!
彼女のお陰で今日は朝から冒険者業務に専念できている。
とは言っても、こちらは人の入りが初日ほどではない。
結局は冒険者業務のほうに人が来ないのでアリサのフォローと食器洗いをしつつ、どうしたものかと思案していると、鎧を着た男が壁の張り紙を取ってアサギに持ってきた。
「店主。このクエスト受けたいんだが」
「おお、どれどれ」
アサギは男の外観や体つき、装備などを注意深く見回した。
この瞬間こそがアサギが冒険者業務で最も楽しみにしている瞬間である。
装備は十分か?
おすすめの装備は?
パーティ構成は?
このパーティーにクエストを任せるていいのか?
他のクエストを勧めるべきか?
こういったことを見極めて最適な装備やアドバイスを提供する。
これが冒険者の店の経営者の最大の腕の見せどころなのである。
ようやく冒険者業務の醍醐味とも言えるクエストの依頼がやってきた。
昨日は取り扱えるクエストの依頼が一件も無かったのでアサギも大張り切りだ。
男が持ってきたクエストは以下のとおりだ。
【クエストランク】
D
【種別】
魔物討伐
【解説】
アム川周辺にスライムが大量発生し水質を汚染している。
なるべく多くのスライムを駆除してほしい。
【報酬】
スライム100kgにつき銅貨3枚
【期限】
葉月の終わりまで
日本でいうところの夏に大量発生したクラゲの駆除のようなものだ。
言ってみれば毎年の恒例行事である。
危険度はスライムのほうが格段に上ではあるが。
男の体つきはどうだろうか。
鎧に隠れていてわかりにくいが、それほど筋肉が付いているようには見えない。
足運びも素人同然であった。
まあ、スライム程度なら何人かでパーティーを組んでいればどうにかなるのだが。
「…とりあえずライセンス手帳を見せてくれ」
ライセンス手帳には冒険者の成績や協会が付けたレベルといったものが記録されている。
大きさはパスポートくらいで、そこにはそのそれをもとに仕事を任せるかを判断していくのだ。
彼の手帳は以下のように記載されていた。
【種族】
人間
【名前】
タタ・ブルボン
【年齢】
18
【職業】
剣士
【ランク】
D
【レベル】
11
【パーティ】
所属なし
【クエスト履歴:成績】
Dランク
ウサミー討伐:C
ウサミー討伐:D
Eランク
庭の草むしり(2回):A、A
害虫駆除(2回):A、A
アーム街道の商人護衛(2回):C,B
…えっ。何この微妙な感じ。
庭の草むしり?
パーティも組んでないって何?
「あんた、ソロなの?」
「ああ、孤高の戦士だ」
いや、そんなことは聞いていない。
「スライムって魔法のほうが効率よく狩れるんだけど、知ってるか?」
「俺の剣技ならばなんの問題もない」
「…そうですか」
スライムだからといってなめてかかると簡単に殺される。
何キロもある液体の固まりが集団で体当りしてくるのだ。
レベルが11と認定されているようだが、アサギの見立てでは実質レベル4ぐらいだ。
こいつにはスライム駆除はきついだろ…。
せめてパーティーを組んでいれば別だが、ソロで剣士、この体つき、装備では…。
「なあ、パーティーを組んだりしないのか?」
「それでは取り分が減る」
「その代わり、大量に狩れるから実入りは良いはずだぞ」
「私は孤独を愛しているのだ」
「…ソウデスカ」
申し訳ないが、ここは断るしかない。
「悪い。別のクエストにしないか?もしくは回復薬を大量に買うか、装備整えるか、誰かとパーティを組んでからまた来てもらえないか?」
「はあ?ならいい!」
「…ソウデスカ」
残念ながら冒険者業務はまだまだ軌道には乗らなそうだ。




