孤児院の少女
カリムの街外れには8英雄の一人、先見のエリー・ウィンディが建てたウィンディ孤児院がある。
先見のエリー・ウィンディ
その双眼は万里を見透す
彼女の前に開けぬ道なし
その叡智は未来を見透す
彼女の前に絶望なし
あるのは勝利と栄光への光のみ
エリー・ウィンディは賢者シリウス・フォーレの唯一の弟子にして、齢20にしてファスタリア王国における最大の叡智を誇るアーカンシェル学院の副学長の任も授かった天才である。
魔王討伐の際は主に作戦立案を行い、彼女の建てた計画がまるで未来を見てきたかのようにことごとく的中したことから先見のエリー・ウィンディと呼ばれるようになった。
戦闘の面においては他の英雄には劣るものの模倣のアーサ・アイウと同様に何でもソツなくこなすマルチプレイヤーとしての活躍を見せた。
魔王討伐後、戻ってきた彼女を待っていたものは荒れ果てた故郷であった。
あまりの光景に言葉をなくした彼女は戦後、国の復興に力を尽くした。
特に戦争孤児を救済するための活動に力を入れて従事し、彼女の寄付金によって建てられた孤児院は全国に30箇所に上る。
その1つがこのウィンディ孤児院である。
親をなくした子供達がこの孤児院に入れられ、共同生活をしている。
個室はなく狭い1部屋を四人でシェアするようになっており、部屋には二段ベッドが二つ並べられている。
その部屋の一角に年下の女の子を寝かしつけている少女が一人。
彼女の名はアリサ・サンフラン。
彼女は眠くないとだだをこねる幼子に絵本を読んであげていた。
絵本を読み終わるころには、だいたいこの子は眠りについている。アリサは優しく毛布をかけてあげると、部屋の隅の自分のベットに腰掛け、今日届いた何通かの手紙の封を開け、文面を確認する。
あまりこの国の文字が読めないアリサだがこの三文字だけは理解できた。
”不採用”
「はぁ…」
アリサはそのままゴロンとベットに体重を預ける。
これで不採用の通知は何通目だろうか。
いい加減嫌になってしまう。
孤児院に預けられた子どもたちは16歳になると施設から出ていかなければいけない決まりがあるが、
アリサは今月で16歳の誕生日を迎える。
あと半月も経たずにここから出ていかなければならないのだ。
しかし、彼女には何処にも行くあてがない。
仕事も決まらなければこのまま路上に生活するしかなくなる。
院長も私の為に色々な所に行っては頭を下げて、私の就職先を探してきてくれているのに…。
-私がエルフじゃなかったら、きっとこんなことにはならなかったよね。
そう、彼女の仕事が見つからない原因は彼女の能力が低いせいではない。
その原因は彼女の生まれにあった。
彼女は透き通る白い肌と色素が抜けた少し白髪の混じったレモンイエローの髪、極めつけに尖った長い耳という目立った容貌であり。、彼女はこの国では非常に珍しいエルフだったのだ。
そして、残念なことにエルフはこの国では嫌われている。
その理由は人魔大戦のエルフの対応によるものだ。
ファスタリア王国の南東はエルフの王国エルフリーデンと接しているのだが人魔大戦時にファスタリア王国はエルフリーデンに救援を求めた。
しかし、人間に感心の薄いエルフたちは「我々には関係ない」とこの救援を断った。
あの時エルフが助けてくれれば夫は死ぬことはなかったのに…。
これほどまでの被害は出なかったのに…。
それ以来エルフを嫌う国民が増えた。
アリサにとって救いだったのは王国の人々は特徴的な耳を見せない限り、エルフと気づかれることはなかったことだ。
王国にエルフがほとんどいない上、エルフはそもそも自国から出ることがない種族である為、大勢の人には特徴的な耳以外の事はあまり知られていないのだ。
エルフが自国から出て行くのは余程の変わり者だけでありアリサの両親はそれにあたった。
彼らはエルフリーデンを飛び出して世界中を飛び回り行商をしていた。
そしてたまたまファスタリア王国にいる時に大戦に巻き込まれ、アリサの両親は魔物の襲撃で死んでしまった。
一人ぼっちになったアリサは街をさまよい歩いた。
頼る人も、物も、何もない。
アリサは絶望の淵に追いやられ生きる希望を無くしていた。
そんな中、救いの手を差し伸べてくれたのがウィンディ孤児院であった。
院長やシスター、仲間達はアリサをエルフだからと差別せず平等に扱ってくれた。
それ以来孤児院は彼女の第二の故郷になっていた。
けれども決まりは決まりだ。
心地良いこの場所も出ていかなければならない。
孤児院の経営は厳しく、自立できるものは自立するべきなのだ。
私はもうここを出るしかない。
でももし、仕事が見つからなかったらこれからどうしようか…。
アリサがそう考え込んでいたところに控えめなノックの音が聞こえた。
「アリサ。まだ、起きていますか?」
院長の声である。
ドアを開け子供達を起こさないように小声で会話をする。
「はい。ですが、こんな遅くにどうされたんですか?」
消灯時間を過ぎてから院長がアリサのもとに訪れることはこれが初めてだ。何があったのだろうか?そう疑問に思っていると付き添っていたシスター・メイが興奮気味にアリサに話しかけた。
「アリサ、喜びなさい!あなたを雇いたいという方が来てくださったわよ!」
「本当ですか!!」
ここ最近ずっと思い悩まされていたことであったためアリサの驚きは相当なものであった。
「ええ。今、客間にお通ししたところです。今から挨拶に伺いましょう」
シスター・メイはニッコリと微笑んだ。
しかし、喜びかけていたアリサだったがあることに気づく。わざわざエルフの私を雇いにくるのはおかしい。もしかして、その…えっちぃ店なのではないだろうか。
「シスター・メイ。その方は信用できる方なのですか?」
「ええ。それはもう。今回の件は私が商工会にお願いしていたことだったの。
それに今回はわざわざ商工会の会長が自ら出向いてくださったのよ。
これ以上信頼できる方はそうはいないわ。ただ…そうね。よそ行きの格好で挨拶に行きましょう」
「…そういうことですか」
よそ行きの格好…つまり耳は隠しておきなさいということだ。つまり、相手側にはアリサがエルフであることを知らせていないのだ。
「そういう話はアリサの良さをわかってもらってからにおいおい話をしましょう。大丈夫よ。ね?」
確かにエルフということが就職できない原因なのだ。だますようだが雇用主と信頼関係を築いてから打ち明けたほうがおそらく上手く行く。そのことはとうに気がついていた。
「…わかりました。ただ、種族を聞かれたらその時は正直に答えます」
シスター・メイも身を案じて提案してくれているのもわかる。だが、アリサは嘘をつくのが嫌いだ。そのためそう言って妥協した。
「…ええ、わかったわ。本当にあなたは真直ぐないい子ね」
シスター・メイは軽くアリサに抱擁すると手早く支度するよう促した。
あとは会ってみて判断するしかない。
そう思い、アリサは身だしなみを整えると客間に向かった。
「失礼します」
客間に入るとそこには黒髪の青年とココアブラウンの髪の女性が座っていた。




