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開店と祝福

 冒険者カフェ"ウィリムス”はカランという街に店を構えている。


 カランはファスタリア王国の北部に位置する都市で、人魔大戦前は王国でも有数な商業都市として栄えていた。

 当時のカランが商業都市として栄えることができたのはグランクライム帝国近くに位置し帝国との大規模な交易があったためにほかならない。

 また、ファスタリア王国とグランクライム帝国は険しく標高の高いバルト山脈で隔たっているのだが、登山道が他よりも広く整備されていたことも繁栄の一因であった。

 しかし、そんなカランは3年前の人魔大戦によって大打撃を受け、魔物の大群は自慢であった山道を通りぬけて都市に雪崩込んだ。

 そのときの人的被害、物的被害は相当なもので都市は半壊。

 おまけに大戦後グランクライム帝国は滅亡したことで取引がなくなり、経済的にも大打撃を受けることになった。

 そのため、戦後カランが商業都市として復興するのは不可能だろうと言われていた。


 けれども、実際には大戦からわずか2年半という短い期間でカランは商業都市として復興を果たした。

 それにはいくつか理由があるが、最も大きい理由は冒険者の存在である。


 グランクライム帝国の滅亡後、帝国の領土は何百万という魔物が生息する不毛の地と化した。

 ファスタリア王国は、魔物討伐名目のもと何度か軍を派遣したが、帝国内に生息する魔物はとても強力で制圧することができなかった。

 何度も大軍を送り込んだにも関わらず結果を得られなかったことから、王国政府に対する非難の声が殺到し、政府は遠征を断念した。

 けれども、王国は諦めたわけではなかった。

 政府は少しでも多く魔物らの情報を手に入れようと討伐した場合や情報を入手した際に大きな報奨金を懸け情報収集を行った。

 討伐した際に政府から出る報奨金は巨額で魔物自体も研究材料として取引されること、またとても貴重な素材、材料となることから、腕に覚えのある上級の冒険者達が帝国内の魔物討伐に向かったのだ。

 

 そんな冒険者達の多くはグランハイム帝国へ入るルートとして例の山道を利用した。当然冒険者達はカランで物資を買い、帝国から戻るとカランで貴重な素材を売り払った。

 また、カランの近辺には弱い魔物が生息するアム川や少し手強い魔物が多いアルト山が比較的近かったことから、カランは初心者から上級者まで数多くの冒険者が訪れる街となっていった。

 その結果カランは急速に復興していき、今やレンガ造りの家がずらりと立ち並び、大戦前のような町並みを取り戻すに至ったのだ。

 

 さて、そんなカランで現在最も栄えているのは中央広場があるカンタル通りである。有名な雑貨屋や冒険者の店、飲食店や洋服屋が多く立ち並ぶその通りは、

平日であっても歩きづらいほど人でごった返している。


 冒険者カフェ"ウィリムス"はそのカンタル通り…ではなくそこから少し外れたミンタル通りにある。

 カンタル通りにある中央広場から南に延びる公道を歩いて10分ほど進むと突き当たる大通りがミンタル通りで、こちらは良くてもカンタル通りの半分くらいの交通量しかない。その通りにある3階建ての赤レンガ造りの家が冒険者カフェ"ウィリムス"である。

 そして今日、冒険者カフェ"ウィリムス"は記念すべき開店日当日を迎えていた。


 冒険者カフェ"ウィリムス"の店内には今2人の人物がいた。

 オーナーのアサギ・シロガネと店長のレイニー・コットンである。

 先ほどまで慌ただしく動きまわっていたが、今は開店のための最終チェックを行っている。


 オーナーのアサギは少し赤みを帯びた黒髪と黒い瞳の男で、年齢は今年で26歳くらいになる。

 白いワイシャツに灰色のスラックスを履き、その上から店のロゴが入った藍色のエプロンをつけている。

 黒髪と黒い瞳はこの国ではそこそこ珍しいが、それもそのはず。

 彼は異世界に迷い込んでしまった日本人なのだ。


「清掃OK、在庫OK、依頼書もOK・・・よしっ! レイニー、そっちはどうだ?」

アサギは冒険者業務に必要な書類を確認すると料理の準備をしているレイニーに声をかけた。

「ん。 料理もばっちり。 頑張ろうっ」

 レイニーはぐっと握りこぶしを作りアサギの言葉に答えた。


 レイニーは透き通るコバルトブルーの瞳をしており、その端正な顔立ちと腰までかかる輝くばかりの金色の髪がとてもよく似合っていた。

 白いワンピースの上にアサギと同様に店の名前の入ったエプロンをつけているが、その姿も様になっている。


 現在時刻は9時30分。開店まであと30分だ。

 

「お客さん、来てくれるかな・・・」

 料理の下準備を終えたレイニーは不安そうに呟いた。

 今日のために用意した開店のチラシは大量に配り終え、粗品も多数用意した。

 料理の味見も試作も何度もした。やるべきことはやったと思う。

 けれども、不安なものは不安なのだ。


「沢山来てるって。入り口の方でたくさん人の話し声がするだろ?」

「でも…」

 確かに入り口の向こうで雑談している声が聴こえる。

 だが、雑談する声は1つや2つではない。

 声の大きさやざわつきから2,30人はいるように思える。

 開店の30分も前に本当にそんな数のお客さんが来るだろうか?


 そわそわしているレイニーに苦笑しながらアサギはレイニーに声をかけた。

「なら、ちょこっと覗いてこい。 ちょこっとな」

「…ん」

 レイニーはコクっと小さくうなずき、入り口に近づく。

 そ~っとドアを開けて隙間から覗きこむように外を見ると、そこには確かに沢山の人が並んでいた!


 レイニーは嬉しさと驚きでそのまま呆けたように人波を観察していたが、そこで先頭に並んでいる女性と目が合った。

 それはレイニーがよく見知っている人物だった。


 ナナギ・シルバローテ


 彼女はレイニーの親友であり、かつ姉のような存在の人物だ。

今日は普段来ている仕事着とは違い、薄いピンク色のカットソーとベージュで足首が隠れるくらいのロングスカートという装いで、長いココアブラウンの髪はいつもと同じく後ろで束ねていた。

 強い意志を感じさせる瞳のせいか、それともいつもの優雅な動作からか、ナナギから受ける凛々しい印象は私服でも変わらない。


「レイ! 開店おめでとう!!」

 にこやかな笑顔で、抱えていた花束をレイニーの前に差し出す。

 レイニーは思わずドアを開けて受け取ってしまった。


「ナナちゃん! ありがとうっ」

 レイニーは感激して花束を抱きしめ、ドアを開いたまま立ち止まってしまった。


 ナナギはそんなレイニーを抱きしめていると開店したと勘違いした客がぞろぞろと店に入ってきてしまった。


「まてまてまて! 開店は10時だ! もうちょっと待て!」

アサギが慌てて飛び出してきて入り込んだ客を静止する。


 ぎろっとレイニーを抱きしめたままナナギはアサギを睨みつける。

「ちょっとくらいいいでしょ。今朝は冷え込んでて外はちょっと寒いのよ。外で待たされる身にもなってよ」

 アサギに向ける顔には先程までレイニーに向けていた優しげな笑顔は無い。


「ほら、お客様よ。 お客様。なにかいうことがあるんじゃないの?」

 かわりにナナギはにやにやと底意地の悪そうな笑みを浮かべている。

 正直言ってアサギは彼女が苦手である。


 …このやろう。

 アサギはイラッとしながらも用意していたセリフで大切なお客様達を出迎えた。


「いらっしゃいませ!冒険者カフェ"ウィリムス"へようこそ!」


 こうして冒険者カフェ"ウィリムス"の記念すべき開店日は通常より30分早まって始まった。


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