嬉しくない混雑
かなり遅いペースで続けていますが、最近読んでくれている方が増えていて嬉しいです。楽しんでいただければ幸いです。
「あんた、エッジの足を治した腕の良い神術士なんだろ? 少しくらい俺の怪我を診てくれてもいいじゃないか!」
「さっきから言ってるけど、俺は神術師でも医者でもないんだよ。諦めてくれ」
「ならなんでさっきエッジがあんな親しそうに話をしてたんだ!噂は本当なんだろう!?」
「…はあ、もういい加減にしてくれよ。怪我とか病気はちゃんと協会とか医者に行って診てもらえって。」
「とっくに診てもらったよ!俺の怪我は高位の神官様しか直せないって言われたんだ!でも門前払いをくらって…だからここにきたんだ!」
「いや、でもなぁ…」
サーニャ達がウィリムスの店内に入ってみると、アサギが客に詰め寄られて困っている姿が視界に入ってきた。
「サーニャ。あの方がアサギさんですか?」
「はい。」
その返事を聞くとフォルムはフードを深めにかぶりアサギ達の会話に割って入っていった。
「もし、そこの御仁。勝手ながらお二人の会話を聞かせていただきました。
もしかすれば私がお力になれるかもしれません」
アサギに詰め寄っていた男はフォルムを怪訝な顔で観察した。
フォルムは男が何か発する前にすっと外套の内ポケットから一枚の紙を取り出し男に握らせた。
「この紙を持って街のパヌーヴァ第5聖堂へ伺ってください。そうすれば高位の神官に会うことができますよ」
「…本当か?」
「ええ、もちろん。ただし、このことは決して人に話さないでください。
もし他言した場合、診察致しませんのでご了承ください」
そう言って男にしか見えないよう再生の象徴であるロータスの花を型取った指輪を見せた。
それこそがフォルムがパヌーヴァの高位神官であることを示す証である。
「!! あ、あなた様は…」
「わかったならお行きなさい。貴方にパヌーヴァの加護があらんことを」
「は、はい。ありがとうございます!」
男は仕切りに御礼を言いながら店から出て行った。
アサギはそれを見送るとフォルムに礼を言った。
「ありがとうございます。助かりました。今日はああいう人ばかりで困ってたんですよ」
「礼には及びません。本来ならば我々の仕事なのですから」
「それであなたはどちら様で?」
「私はこういう者です。私も貴方の話に興味がありまして伺わせていただきました」
フォルムは先ほどの男にしたようにアサギに指輪見せた。
が、アサギは怪訝な顔をした。そのデザインはパヌーヴァ教のシンボルなのはアサギも知っていたが官位を示すことまでは知らなかったのだ。
「えっと?パヌーヴァ信者ってことですよね?」
「おや、この指輪ご存じないですか?」
パヌーヴァ教はファスタリア王国の国教であり、子供でもその指輪の意味は知っている。加えて言えば周辺国も流派に違いがあるもののパヌーヴァ教が主流であるので、指輪の意味がわからない者はほとんどいないと言っていい。
「んー、似たデザインのなら見たことあるんですけど。それとは色違いで金色のやつで、あと鳥の絵もかいてあったような。流派とかでデザインが違うとかですか?」
それを聞いたフォルムは 一瞬硬直した。
「…まさかとは思いますがそれはアンサッシュの円環のことでしょうか?」
「いや、わからないけど」
「そうですか…。私はフォルムと申します。簡単に言えば先日貴方のもとに訪れたサーニャの上司ですね。先日彼女が貴方の大いなる奇跡を使いになるところを見たとのことでその詳細についてお伺いしたくて参った次第です」
「あー、そういうことですか。サーニャさんから聞いているかもしれないけどこの店のオーナーのアサギ・シロガネと言います。」
以後お見知り置きをと挨拶をすますとアサギはそこで壁際にいるサーニャたちに気づいた。どうやら一連のやりとりを邪魔しないようにしていたらしい。彼女たちもアサギの視線に気づいて近寄ってきた。
「アサギ様!ご無沙汰しております」
「こんにちは。サーニャさん、バーチェさん。そんなにご無沙汰してないけど」
「先日はどうも。で、先日の件詳しく聞かせてもらえるんでしょうね?」
「その件については俺からもお願いがあるんで話はしたいんだけどさ」
アサギは半笑いしながら両手を合わせた。
「ごめん。後にして。今まったく手が空いてないんだ」
実は今日ウィリムスは噂のせいで初日以上の混雑ぶりを見せていた。
その大半は純粋な客では無く、正直アサギは今日は全く仕事ができていなかったのだ。




