再起の始まり
エリカがウッドバーの開店準備をしているとカランカランと入口の呼び鈴がなった。
「ごめんなさい。まだ開店前なの…あら?」
「よ、よう」
そこに現れたのはエッジである。
「…エッジ。こんな時間からお酒? 昨日言ってた仕事はどうしたの?」
エッジはちらっと後ろに目を向けると、気まずそうに言った。
「あの話は止めた」
エリカはその言葉を聞いて悲しくなる。
怪我をしてからのエッジは変わってしまった。
優しかった顔つきも険しくなり、むやみに暴力を振るうようになり彼を彼たらしめていたものが少しづつ失われていた。
今度は彼の持っていた矜持すら無くしてしまったようだ。
彼は怪我をしてからも依頼内容はどうであれ、受けた依頼は必ず完遂しようとする矜持を持っていたのだ。
今回の依頼もむやみに暴力を振るう最低の仕事であったがそれも途中で放棄してしまった。
仕事を完遂するという矜持、それすらも今のエッジは無くしてしまったのだ。
彼はこのままどこまで落ちていくのかもしれない。
けれど、それでも私はいつか彼が立ち直ることを信じて支えていくことしかできない。
それが私の責任なのだから。
「あー、エリカ。とりあえず仕事の話しはいいんだ。今日はお前に話があってな」
「…今度はいくら欲しいの? 」
「金を無心しにきたわけでもない」
そう言ってエリカに一歩近づくとエッジは頭を床に擦り付けて土下座した。
「今まですまなかった!」
「え、エッジ?」
エリカは突然の謝罪に驚いた。
「突然すぎて何が何だか… 一体どうしたの?」
「足が治ったんだ」
「!! 嘘!」
「俺も信じられない。だが本当だ。」
そう言うと彼はエリカの目の前で軽く槍舞を行った。
今まで動かなかった左脚に体重を乗せ綺麗な型を披露する。
「本当に…動いてる」
一通りの型を披露し終えるとエリカは涙を拭いながらエッジに拍手を送った。
「流石にまだ強い踏み込むはできないが、また1から鍛え直して冒険者としてやり直すつもりだ」
「うん」
「お前にはこれまで散々迷惑を掛けてきた。謝って許してもらえるとは思わない。だが、謝らせてくれ。今まで本当に済まなかった。」
「ううん。元々その足は私を庇ったせいだから…許すも許さないもないわ」
「だが、それでは俺の気が済まない」
「それなら、昔のように強く優しいあなたで居て。もう濫りに人を傷つけるのはやめて」
「…ああ。約束する。もう2度とあんな馬鹿な真似はしない」
その言葉にエリカの目一杯に涙を溜めながら頷き、エッジの胸に顔を埋めた。
そしてそんなエリカのことを愛おしそうにエッジは抱きしめる。
そんないい雰囲気の中、彼らのラブシーンを見せられたアサギは砂を吐いていた。
俺、別にいる必要ないじゃん。それに気づいたエッジがはっとして謝る。
「す、すまない!」
慌てて離れる二人。
エリカは顔を赤くしたままだ。
「エリカ、この人が俺の足を直してくださった方だ」
「初めまして。アサギ・シロガネって言います。 …俺、絶対いらなかったですよね」
「そ、そんなことはない! 」
エッジはどう謝っていいかわからなかったので自分が逃げ出さないようにアサギに同伴を頼んでみたものの、実際エリカに会ってみると意外にもスムーズに言葉が出てきたのだ。
エッジの言い繕う様子に苦笑した。
「まあ、謝れたようで良かったよ。…ついでに俺の目的も果たせそうだしな」
「あ?」
「いや、気にしないでくれ。それじゃ悪いから俺は帰るな」
こうしてエッジの冒険者として再起の日々が始まるのであった。
ちなみに結局きちんとした約束を取り付けなかったアサギはこの後ナナギに蹴られた。




