引越し
「アリサの荷物、本当に少ないな」
「ですから手伝っていただかなくても大丈夫だって言ったんですよ」
今日は火の日。
冒険者カフェ”ウィリムス”は定休日である。
今日は休みを利用してアリサの引越しをすることになっていた。
必要最低限の荷物はすでに運び込んでいたが、残りの荷物は今日持っていく予のだ。
しかし孤児院に行ってみると残っていた荷物はアリサの冬着とこまごまとした小物の類いだけで、大した量は無かった。
その量の少なさからアリサの孤児院での暮らしぶりが伺える。
予想よりもずっと少なかったためアサギが持ってきた荷車は半分以上も空きスペースができている。
「いや、それでも一人で運ぶにしては多いだろう。それにメイさんにも、もう一度ちゃんと挨拶したかったし。」
先日伺った際は院長と話もそこそこで切り上げてしまったが、今日はきちんと話をすることができた。
話をしていてみると院長やシスターの子供たちに対する深い愛情を感じた。
帰り際もアリサをどうかよろしくお願いしますと潤んだ瞳で頼まれ、その姿は正しく我が子を心配する母親そのものであった。
「よくよく考えると責任重大だよな。俺、アリサの保護者になったわけだし」
アリサは一瞬キョトンとした顔になった。
「アサギさん、もうすぐ私は成人ですよ?自分の面倒は自分で見ます」
アリサはどうも自立心が強いようだ。
今まで孤児院で育ってきたのだ。
それも当然かもしれない。
でも、その言葉にアサギは首を振る。
「いや、16歳はやっぱり子供だよ。安心しろ、ちゃんと面倒は見てやるから。俺も一人前じゃないから一人前にしてやれるかは別としてだけどな」
「もう。 …そういえば成人の話で思い出しましたけど、結局アサギさんはどこから来たんですか?」
アリサは少しこの質問をすることにためらった。
自分のように生まれを話したくない理由があるのかもしれないと思ったからだ。
アリサの顔を見てアサギは苦笑した。
「別に隠すようなことじゃないんだがな。ただ言っても絶対わからない国だから言わないだけだ。あと、言って信じてもらえたことがほぼ無いんだよ。むしろ、たいてい誤解を招くだけだから言わないことにしているんだ」
まあ、言わなくても結局疑われるんだけどなアサギは苦笑した。
「言っても言わなても同じなら教えてくださいよ。これでも私、行商をしていた両親に連れられていろんな国に行ったことがあるんですよ」
頬を膨らませるアリサにじーっと見つめられる。
まだ数日の付き合いだが、アリサはそれなりに心を開いてくれているようだ。
なのでアサギは日本と答えたが、当然というかアリサは知らなかった。
「いろいろな国に行きましたけど、日本というのは確かに聞いたことないですね。…それで、どうしてわざわざこの国にやってきたんですか? やっぱり自分のお店を持つためなんですか?」
「この国、というか世界には来ようと思ってきたわけじゃないんだ。行ってみれば迷子かな」
日本にいた頃、アサギの趣味はトレイルランニングであった。
トレイルランニングというのは舗装されていない山道を走る相当過酷なスポーツである。
アサギも先輩に誘われて始めたものであったが、最初はとても正気の沙汰とは思えなかった。
しかし、もともと負けん気が強かったのと体を動かすのが好きだったため、トレイルランニングに面白さを感じ、すぐにのめり込んだ。
その日も先輩といつものお決まりのコースを走っていた。
いつもの道をいつも通りに走っていたが、先に進めば進むほどだんだんと記憶にない景色が広がっていく。
気のせいか? と思いながらもそのまま走り続けるものの、明らかに見たことのない樹々や植物が生い茂っている。
流石におかしいと思い立ち止まるが、時すでに遅し。
いつの間にか後ろを走っていたはずの先輩の姿は見えなくなっていた。
元来た道を戻ってみても一向に見慣れた景色は見えず、アサギは森の中を彷徨う羽目になった。
「で、そんなときに世話になったのがレイニーの爺さんだ。店の名前”ウィリムス”ってなっているだろ。そのウィリムスっていうのは 爺さんの名前なんだよ」
「そうだったんですか。そんな経緯があったんですね。じゃあ、それからずっとカランの町で過ごしていたってことですか」
「いや、町には行かなかったよ。その後は帰るための手段を見つけるために色々彷徨っていた」
「…帰れなかったんですか?」
「まあな」
アリサはアサギの境遇を自分の境遇と重ねた。
アリサの生まれ故郷であるエルフリーデンは大戦後人間の国との国交を断絶しており戻ることはできない。
「ああ、でも諦めたわけじゃないぞ? それよりも優先順位の高いことができたから俺は今ここにいるんだ」
お互い生まれ故郷に戻れない…そんな話題で暗くなってしまったので、アサギは孤児院での話を振った。
「それにしてもアリサは子供たちに愛されてるな」
同室の女の子達は行がないでぇぇえぇ!!!と泣き叫んでいた。
泣き疲れて眠ってしまうまでアリサの服を離そうとしなかった。
「はい、私が一番年長者で、みんな私の弟や妹みたいなものでしたから。
これからもお休みの日は顔を出すつもりですよ」
「そうだな。その時はまた、レイニーのクッキーを持って行ってやれよ。今日はあれのおかげで助かったからな」
子供たちはアサギを悪者扱いし追い払おうとしていたが、レイニーがお土産として焼いてくれたクッキーを渡すと態度を和らげた。
現金なものである。
「自分を必要としてくれる人がいればそこが自分の居場所になるさ。故郷には戻れなくてもアリサはちゃんと自分の居場所があるんだ。それだけは忘れるなよ。それと、エルフリーデンに帰りたいなら協力してやる。…保護者としてな」
その言葉にほんのりと頬を染め、少し照れくさそうに頭を掻いている姿を見てアリサはくすりと笑うとありがとうございますとお礼を言った。
ちなみにレイニーはアリサの生活に必要な備品の買い出しに行ってます。




