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お導き

 サーニャ・シトラスは敬虔なパヌーヴァ神の信者である。

 ウィリムスが開店して3日目のその日は朝の祈りを終え、聖堂を清掃し、使徒職である医療の仕事に向かう準備に取り掛かっていたところに、来客の報せを受けた。


「お断りします」

「だから、そこをなんとか頼むよ。店主と約束しちまったんだ。神官っていうのは魔物狩りもするだろ?一回でいいんだ。引き受けてくれよ」

 サーニャにそう頼み込むのはドルチェである。

 彼はサーニャと同郷の出身で小さいことはよく遊んでもらった。

 今でも兄のように慕っているが、急にそんなことを言われても困るのである。


「ドルチェ兄さん。神官で魔物退治する人はそういった使徒職に就いた人だけです。今の私の使徒職は医療です 。戦闘なんてしません!」

「…お前村にいたころ、素手で熊を倒したことがあったじゃないか。医療よりもよっぽどお似合いだと思うんだが」

「っとにかく、私はこれからコベルト先生のところに伺わなければなりません。残念ですがお引取りを」


「あら、サーニャは行かないの? 別にそれでも構わないけれど」


 そう言って会話に割り込んでくるのはバーチェだ。

 現在バーチェはサーニャと一緒に暮らしている。

 正確に言うと路銀を使い果たしたバーチェがサーニャの家に転がり込んで一方的に世話になっていたのだった。

 彼女はすでに愛用の赤いローブを羽織っており出かける準備を整えていた。

「言ってなかったが、バーチェにはもう話をつけてある。お前がこないとこいつ一人に魔物退治をお願いすることになる。こいつ一人に魔物退治に行かせたらどうなると思う?」

「兄さん。それは卑怯です!」

「大丈夫よサーニャ。私は3級魔法師よ。一人でも魔物退治なんて余裕よ。それに私もあなたに迷惑ばかりかけてはいられないからね。ぱぱっとお金を儲けてくることにしたわ」

「魔物退治の心配をしてるわけじゃないよ…」


 親友の実力は当然知っている。

 彼女が本気になればそこいらの魔物など一撃で倒せるだろう。

 サーニャが一人で行かせたくないのは実力が不安とかそういうわけではない。

 一人で行かせると必ず無用なトラブルを持ち込んでくるからだ。

 そして、その被害は概ね自分が被ることになる。

 なので、サーニャは彼女を一人にさせないよう一緒に行動することが多い。


 しかし、これからコベルト先生の手伝いの予定が入っている。

 困ったことになった、と思っているとふと何か声が聞こえた気がした。


 ―行って。


「ん?どうかしたか」

「…いえ。チェーちゃんを一人にするのは不安なんですが、さっきも言ったようにコベルト先生のところへ伺うことになっているんです。」

 だから行けない。

 そう口にしようとしたとことにフォルム神官が慌てた様子でこちらに向かってくる。

 走っている姿など見たことが無かったためサーニャは少し驚いた。


「サーニャ! たった今啓示を受けました。あなたを彼らと同伴させなさいと。コベルト先生には私の方から話をしておきますから、貴女は彼らと供に行きなさい。」

「啓示ですか?」

「ええ、あれほどはっきりと聞こえたのは初めてです。ささっ、貴方は早く準備をしなさい」

 そう言って出発を促される。

 先程聞こえたような気がした声はもしかして…そんなことを考えながら言われた通りサーニャは身支度を整え、その店へ向かうことになった。


 その店はとても混雑していた。

 どうも先日オープンしたばかりの店らしく珍しさに人が集まっているという話である。

 なんとかカウンターまでたどり着くとドルチェ兄さんにその店の店主を紹介された。

 紹介された店主の外見はとても特徴的だった。

 この辺りでは見かけない少し赤みがかった黒髪と漆黒の瞳。

 その顔には微小を浮かべており、温和な表情が店主の人柄を表しているようだった。

 その顔を何処かで見たような気がする。

 記憶を辿って行くと一枚の絵画に描かれた人物が思いあがった。


 宣教師パウロ。

 彼はこの地にパヌーヴァ信仰を根付かせた使徒の一人である。

 その風貌は黒髪と漆黒の瞳で誰に対しても手を差し伸べる温和な人であったことで有名だ。

 パウロ様の若い頃はこんな感じの人だったのではないだろうか。

 この人がもう少し年齢を重ねればパウロ様の絵画とそっくりになるような気がする。


 …って、私ったら何変な想像をしているの!

 その時は自身の妄想を思考の片隅に押いやり無難に自己紹介をした。

 ただ、パウロ様と彼の姿を重ねてしまったことで間違ってアサギ様と呼んでしまい、羞恥に悶た。

 幸いなことに誰にも指摘されなかったが。

 そして彼女はその日のうちに奇跡を目撃することになる。

 


 次の日。

 サーニャは先日の奇跡の話をフォルム神官に報告した。

「その話、誠ですか」

「はい。しかとこの目で確認致しました。確かにかの者は神より授かり大いなる御力を使われました」

「…俄かには信じがたい話です。しかし、先日の啓示。その方と出会うことこそがお導きだったのでしょう。

そうであれば先日の啓示も頷けます。サーニャ、私もぜひその御方にお会いしたい。」

「私も本日改めてその方にお会いしに行くつもりでした。是非フォルム様もご同行下さい」

 なので、できれば今日の使徒職も免除して欲しい。

 そういった旨を伝えるとあっさりと了承がもらえた。

 この話をバーチェにもすると彼女も昨日の話を聞きたいと言い出し、結局3人で行くことになった。

 フォルム神官の都合に合わせたためウィリムスに着いたのはちょうど昼過ぎ。

 混雑していていて邪魔になるのではないかと心配していた、が。


店の入口になにやら看板が立てかけられていた。


―本日定休日―


「…どうやら、お休みのようですね。…サーニャ。もしかして伺う約束取り付けていないわけではないですよね?」

「…すみません。取り付けておりません」

 サーニャもバーチェ同様、何処かしら抜けている類友なのだった。

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