勘違い
「アリサ。初仕事お疲れ!
お前の働きぶりは想像以上に素晴らしかったぞ。
これからもこの調子で頼むな」
「ん。本当によく頑張った。お疲れ様。今日はゆっくり休んで」
「ありがとうございます。でも、もうへとへとですよ」
2日目の営業も終わり、ウィリアムの店内ではアリサの歓迎会が開かれていた。
ささやかながらレイニーのお手製の料理がずらりとテーブルに並べられている。
料理はアリサのことを考えて疲労回復に効果があるメニューを中心に作られていた。
開店2日目は初日以上の売上になった。
特に冒険者業務の売上がのび初日の1.5倍になった。
大きな理由はアサギがエッジを容易く追い返したことである。
彼はこの辺りでは相当な悪として有名人であった。
アサギが彼のことを知らなかったが、それはアサギの勉強不足のせいである。
彼の槍を掴んで止めるというのははっきり言って神業だ。
そんなことができる奴が並の腕なわけがない。
その場に居合わせた冒険者達はアサギが相当な腕の持ち主であると感じ
アサギの助言を聞き入れ、アイテムや装備品を購入してくれるようになった。
そしてビックリするくらいあっという間に噂が広まっていき、閉店時間近くは店に訪れる人が大幅に増えた。
歓迎会でも自然にその話題になる。
アリサは興奮気味にアサギを褒めた。
「それにしても、驚きです。アサギさんはとても凄いんですね」
「相手は酔っ払いだったからなぁ。それだけだって」
それにレイニーはフルフルと頭を振って否定した。
「あの人、酔って暴れる有名人。暴れると皆止められなくて困ってた。でも、アサギはそれを簡単に止めた。かなり凄い」
お客さん達にも散々暴虐のエッジを相手にすげぇよ!と言われたが、
残念ながらアサギが最初に思ったことはお前ら本当に二つ名が大好きだな…。であった。
話を聞く限りエッジという男は相当腕が立つ人物であったのだろうが、今はそうでもないとアサギは見ていた。
特に足を悪くしたのが原因だろう。
突きに体重があまり乗っていなかった。
だからこそ簡単に止められたのだ。
暴れだした頃の手の付けられない頃のイメージがそのまま残っていて、最近では止めることすら諦めてしまっているだけ。
アサギはそう見ていた。
「でも、本当にアサギに怪我がなくて良かった。ハラハラした」
「そうですね。アサギさんだったから良かったですけど、他の人だったら大怪我してましたよ。これって普通に犯罪じゃないんですか?」
「うーん。まあ犯罪の部類だとは思うんだがな。この街の警察機関はこの手のことではあまり動いてくれないんだよ」
カランには”アトラス”という警察機関が存在しているが、アトラスは深刻な人員不足で小さな事件には対応してくれない。
特に荒っぽい冒険者達が引き起こす傷害事件など日常茶飯事でよほどひどくない限り迅速な対応は望めない。
そのため、繁盛している店は自分達の身を守るため用心棒を雇っているのが普通だ。
「まあ、結果としては売上は上がったからいいことだったのかもな。
けれど、今後もこういうことが起こりえるからお前らは注意しておけよ」
レイニーは売上いう言葉ではと気づいたことがあった。
「あの人、開店祝いって言ってたけど… 今回のこと、もしかしたら演技だったのかも。思い返してみると、あのパフォーマンスでお客さんが増えた」
「へっ? あー、言われてみると…。
あのときこれが開店祝いだって突きをかましていたからな。最初からやられ役を演じて店を盛り上げてくれるつもりだったってことか?」
「いえ、それはないんじゃないですか?ヘタしたら怪我してたんですよ?」
だが、実際あの突きは手加減されていたようだったし、笑い方もかなり演技臭かった。
ヒヒヒ笑いとか実際にする奴がいるだろうか?
まるで、わざと悪い印象を与えようとしているかのようだった。
それにそういえば、商売敵からの開店祝いと言っていた。
真っ先に思い浮かんだのは、挨拶に行った時暖かく迎えてくれたガルフレットさんの店のガルフだ。他の店は同業者が増えるとあってかそこまで友好的ではなかった。そういえばガルフレットさんのだけは挨拶に行った時今度祝をやるよと言っていた気がする。そう考えると本当にあれは餞別代わりの芝居だったのだろうか。
悪名高い暴れん坊が返り討ち。
単純明解なお芝居の筋書きだ。
娯楽の少ないこの世界ではそんなことでも簡単に店の噂が広まるだろう。
そう考えると案外今回の出来事は筋書きのあるお芝居によるものという解釈がしっくり来る気がする。
「あのガルフレットっておっさん、なかなか粋なはからいをしてくれるんだな」
「ん。今度改めて挨拶に行こう」
「ほ、本当ですか? 違う気がするんですけど…」
これはアサギとレイニーの完全な勘違いだったが、彼らの認識ではガルフの連中はいい人達という図式が出来上がったのだった。
そして、その勘違いが後に一人の男の人生を大きく変えることになった。




