たこ焼きパーティー
その瞬間体にビリっと電気が走ったかのよう体がしびれ小さくうずくまった。
目を開ける前に聞こえてきたのは無名の新人歌手の歌であろう曲を鼻歌で歌う
「お疲れ」
僕の方を見ようともせずひたすら絵に没頭するユイナがぼそっと僕につぶやいた。
彼女は僕ら組織の中の紅一点の存在だ。
しかし、姿を自ら見せることはなく部屋からでることもほとんどないため、
髪は長く無造作にはね、毛先は少し痛んでいた。
その、無防備さが僕らは放っておけず、度々差し入れをしたり、
様子を見にうかがうのだ。
僕はコートを脱ぐついでにポケットの中にあるプリンを取り出した。
今では販売停止になった貴重なプリンである。
藤堂を処理した後、冷蔵庫にあったものを持ってきたのだ。
おそらく、明日香と一緒に食べようと買ってきたのであろう。
「ありがと」彼女は、今度は僕の目をみて礼をいってきた。
僕もつられて口角があがる。
「青春だね~。」
突然男の声が聞こえた。
「お前にしては遅かったんじゃね、お仕事、ちゃんと働かなきゃ捨てられちゃうぞ。あ、もしかして・・・。」
さっきも聞いたような声。
気配を消して僕らに近づけるのはあいつしかいない。
「別に、いつも通りだよ。」
僕はコウスケの次の言葉を待たずに言い放った。
「・・・。そっか。ならいんだけどさ」
少しの間が部屋の静けさを際立たせた。
「いるなら先に言えよ」
僕は沈黙を破るかのようにポツリと文句を言った。
「ああ~。なんか二人ともいい雰囲気だったし、このまま帰ろっかな~て思ったんだけど、それじゃわざわざ出向いた意味ないじゃんって思ってさ~。フフ♪」
こいつのふざけて口調はもうすっかり慣れてしまった。
「ルイもコウもうるさい」
彼女はそう言って僕とルイを睨んだ。
「いいじゃん、久し振りにこの面子だからテンション上がるんだよ。なあ、コウ。」
僕は肩に回される腕を見て「重い」とつぶやくと腕を払い、
「ちょっと休憩。」そういって、もくもくと机にかじりつくユイナの頭をくしゃくしゃに撫でポンポンと二、三回頭をたたいて部屋を出た。
外は相変わらず真っ暗だった。
少し歩いた先にコンビニがあった。
シャイニングストアではなかったがこの際仕方ない
蒸し暑い夜には冷たいアイスを食べたくなるものである。
いつもの抹茶ソフトクリームの代わりに百パーセント果汁のシャーベットと
珈琲を手に取りレジに並んでいると、眠い目をこすりながら母親に手を引かれ三人の女の子が入店してきた。
間違えない。
明日香を養女として迎え入れた女と実の娘たちだ。
明日香がこの世を去ってから、3か月ほど経っていた。
深夜に子供三人がコンビニにいるのは異様な光景だったとうことと、明日香のこともあってか、せっかく並んだレジの列から外れ雑誌を読むふりをして彼女らの行動を何気なく観察していた。
無意識に人間観察をしてしまうのはおそらく職業病だろう。
母親は弁当やアルコール類をかごにいれると、お菓子をねだる子供たちに小声で叱りつけレジをすませて店を出て行った。
あの様子を見ると、決して子供がいる家庭としての幸せは感じられなかった。
明日香がいた頃からか、それともその後からかはわからないが、藤堂の家にいた数週間と引取られ育てられた数年、彼女はどちらが幸せだったのだろうか。
店を出て直ぐにルイが走りながらこっちに向かってくるのが見えた。ため息をつきながらも彼が駆け寄ってくるのを待つ。
「おい、コウ。」
息を切らせながら彼は早口で話す。
「今度の仕事内容まだ把握してないのか?」
僕は何を言ってるのか分からず首をかしげる。
ルイ僕の買い物袋の中から水を取り出して生きよく飲み干した。
そして、「ちっ・・・。仕事の内容くらいもっと早く伝えろや。」
そう言って眉間にしわを寄せて軽く舌打ちした。
先ほどとは比べ物にならないほどの毒舌ぶりはルイが仕事モードに突入している証だ。
しかし彼の怒りの矛先は僕ではなく僕やルイよりもずっと上の方の上司達だ。
「次の仕事がどうしたんだよ。」
僕はできるだけ彼の怒りを鎮めるように冷静にことを聞いた。
「次のターゲットは神崎ノア。」
その名前を聞いただけで僕の心は真っ赤に染まった。
震える手をもう一つ手で押さえただひたすらうつむいていった。
「大丈夫か」
怒りが静まったのか、僕の様子を心配そうに見守るルイ。
「ああ。」
一応返事を返すが動揺を隠しきれない。
「まさか、ここまでなんてな。」
ルイも今回の指令には驚いているらしい。
「どこから仕入れてきたんだか。」
僕の隣にドスンと座って煙草に火をつけるルイ。
「お前、いつからたばこ始めたんだよ。」
頭では神崎ノアのことで頭がいっぱいのはずなのになぜかそのことが気になった。
「まあ、そんなことどうでもいいじゃん♪」
話をそらそうとする彼の様子を見るとをあまり触れてほしくはないらしい。
彼女とルイの関係は今まで一番近くで見てきた僕でさえ、わからなかった。二人の間には二人しかわからない独特の雰囲気があった。
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僕には忘れられない思い出がある。
それは初めて人を殺した感触だった。
銃弾が発射されたレイコンマ何秒とかで目の前の人が膝から崩れ落ちて行った。
そのあとにはじわっと血があふれ出てきた。
今では考えられないほど手は震え目からは涙が滝のようにあふれていた。
高校二年秋
その頃から、あまり口数が多い方ではなかった。
だが、今ほどでもない。正直無口というよりは話す相手がいなかったに近い。
自分から話しかけない分、相手からも話しかけてこない。
当たり前の人間関係の連鎖だ。
初めて、僕に話しかけてきた物好きは一つ年下の女子だった。
それが神崎ノアだった。
ぼくがいた学校では、文武両道が教育目標であったためか、一人ひとり必ず部活動に入部しなければならないという面倒な規律があった。
そのため僕は楽そうで、人と話さなくてもよいという理由で情報処理部に入部した。
活動は皆無に近く、部員が何名なのか、顧問が誰なのかも知らなかった。
当然部長なんて知る由もなかったため教室を訪ね僕の名前を叫んだ彼を不愉快に感じた。
当時の部長こそ、今では欠かせない存在となっているルイである。
仕方なく話を聞くと情報処理の研究発表があるため出席してほしいということだった。
そのようなものがあるとは知らなかったので、何をすればよいか全くと言っていいほどわからなかったが、強制参加をにおわせて帰って行った部長さんのところにわざわざ質問しに行くのがめんどくさかった。
さっさと終わらせしまおう。
学校は最新のコンピューターに買い替え直したばかりだったため、起動は速く、僕のテンションも少しだけ上がった。
発表会に向けての準備が着々と進む中、僕はふと、いつも斜め前に座っている女子に目をやった。
彼女はどうやらパソコンが苦手らしくキーボードの打ちも五十音を打つにも日が暮れそうなほどに遅く、僕よりずっと前からこの教室にいたのにまだ、他と比べて四分の一といったところで苦戦していた。
どうやら彼女はパソコンが苦手というよりも、相当な機械音痴のようだ。
そんな彼女を後姿を眺めているとトず前彼女がこちらに振り向いた。
僕は心の中で少し動揺しスッと目をそらした。
「あの~。」
彼女は遠慮そうにぼくに声をかけてきた。
「なに。」
僕は冷たく返したつもりだったが彼女は笑顔になって続けた。
「パソコンの電源が消えてしまって・・。」
彼女の言葉を聞きそれに目をやると確かに画面が真っ暗になっていた。
仕方なく、彼女の席まで移動しその原因を探る。
答えはいとも簡単に出た。
「コンセントつないでないからじゃない。」
ぼくがそうつぶやくと彼女は顔を真っ赤にさせて謝ってきた。
その姿が面白かったのか、僕はノアに興味を持ち始めた。
それがきっかけで少しずつ会話が芽生えていき、廊下ですれ違った時には軽く会釈されるくらいの仲になった。
ノアは部活でもあまり目立つ方ではなかったが、部長のルイと二人三脚でパソコンをいじっている姿をよく見かけたので、部員たちもノアの存在は周知のこととなっていた。
「あ、コウ~。お疲れ~。」
いつものように突然話しかけてくるルイ。
「コウ先輩お疲れ様です。」
ルイの背中に隠れていたノアが声をかけてきた。
「これから帰るの?」
ルイにそう聞かれコクンとうなずいた。
「あの、よかったら私の家でご飯食べていきませんか?」
意味が分からずルイの方を見る。
「なんか、こいつが前にコウに助けてもらった借りを返したいとかなんとか」「わあああ、言わないで下さいよ!ルイ先輩!」
ノアが慌てふためいているのを見て笑うルイ。
その姿を見たら二人の間を邪魔してしまうような気がした。
「俺帰る。」
鞄を背負い直し二人の間を通り抜けようとした時ルイが耳元でささやいてきた。
「せっかくだから行こうぜ。あいつもなんだかんだでお前と仲よくしたいって思ってんだろうし♪」
ルイは軽い口調とは裏腹に有無を言わせないまっすぐな瞳をしていた。ここまでくればお手上げだ。
「・・・。わかったよ・・・。」
半ば強制のように連れてこられたノイの実家。
入口では彼女の母親と父親が出迎えてくれた。
「ルイ君久し振り。えっと、あなたがコウ君?」
顔立ちがノアにそっくりの母親が問いかけてきた。
「はい。」短く返事をする。愛想が悪かっただろうか。
とっさに言葉を続けようとしたがのどの方につっかえて言葉が出てこなかった。
「二人ともいらっしゃい。どうぞ上がってください。」
そんな僕の態度を全く気にしないように父親が招き入れた。
「お邪魔しま~す」
ルイは慣れたように彼女の家に入っていった。
「お邪魔します。」
僕もルイに続いて家に上がった。
「もうすぐできるからノアの部屋で待っててくださる?
」二階のノアの部屋に誘導され部屋へと入る。
中は白を基調としたシンプルな部屋だった。
僕はふと疑問に思いノアに聞いた。
「ルイって前もここ来たことあるの?」
さっき母親がルイに対して久し振りといったことが少し気になっていた。
「あ、ルイ先輩とは幼馴染なんです。」
あまり予想していなかった答えで驚いた。
「昔は普通に話してたんですけど、学校じゃ上級生ですし、他の部員の視線とかも気になっちゃんで・・・。まあ、ルイ先輩は敬語禁止ってよく言われるんですけどね・・。」
はにかんだようにノアが昔のアルバムを見せてくれた。
一緒に二人で写っている写真が数枚あった。
ノアはページをめくるごとに当時の出来事を話してくれた。
「仲いいんだな。二人とも。」
そう言うと。ノアは笑顔を見せた。
「いつの間に仲良くなったの♪」
いつものように気配を消したルイが突然話しかけてきた。
「別に」
そう言ってノアと少し距離をとった。
「ふ~ん」
怪しいといったように目を細めているルイと僕らの会話を全く聞いていないようにアルバムながら懐かしいな~とつぶやいているノア。
そんな空気の中母親の声が一階から聞こえてきた。
三人で階段を下るときルイはノアに何か言っていたようだったが特に気にしなかった。案内された椅子に着く。
テーブルにはたくさんの料理が並んでいた。
目の前にあるものをつまみながらノアの両親の話に軽く返事を返す。
ルイは相変わらず自分の家のようにくつろいでいる。
食事が終わるとデザートといってなぜかたこ焼きが運ばれてきた。
「でた~ノアママ特製ご飯の締めのたこ焼き♪」謎すぎる・・・。「すいませんコウ先輩、ママご飯の後は必ずたこ焼きなんです。」
・・・謎だ・・・。
「今日はコウ君もいるから四個だよ。」
・・・。何がだ・・・。
「先輩、好きなの選んでください。」
彼女の言葉通り目の前にあるたこ焼きを一個取る。
「ほら、ルイ先輩も!」
しぶしぶルイもたこ焼きを取った。
「じゃあ、いただきます。」
ノアは小さい口を大きく開いてたこ焼きをほおばった。
僕もそれを見た後、たこ焼きを口に運ぶ。
中は、普通でタコが小さく切ってあって、探すのが大変だった。
口の中でタコの行方を追っていると、隣に座っていたルイが静かになっていた。
「おい、どうしたんだよ。」
心配になり声をかけるが返事はない。
「入ってた・・・・。」
「タコが入っているのは当たり前だろ。」
「・・・・からし・・・・」
「・・・・・」
思わず口の中を確かめるがやはり普通のたこ焼きだ。
「ノア、貴様!」
苦しんでいる様子を見てノアと母親が同じ顔でわらいながらハイタッチをしている。
父親はルイに水を差しだし背中を一生懸命さすっていた。
そんな姿をみておもわず吹き出しってしまった。
「・・・・」
急に部屋がシーンとなる。
目を丸くするルイに僕は不機嫌そうに言った。
「だって、コウが笑ったから・・・。」
ノアの方を見ると口を開けて唖然としていた。
その姿を見て急に恥ずかしくなりうつむいて
「帰ります。御馳走様でした。」
そういって家を小走りに出た。
冷たい夜風は火照った顔を元に戻してくれるような気がした。
しばらく歩いていると
「コウ先輩!」
遠くから自分を呼ぶ声がした。
振り返るとそこにはノアがいた。
「あの、すいませんでした。不愉快にさせてしまいましたね。」
申し訳なさそうにするノアをみて僕の心に少しだけ罪悪感が生まれる。
「別に・・」
実際は怒るというよりも、ただ恥ずかしかっただけだった。
「すいませんでした。」
なおも頭を下げ続ける彼女の肩に僕は手を置いて頭を上げるように言う。
「・・・。怒ったわけじゃないから。今日は楽しかった。また誘えよ…ノア。」
僕は方から手をはなし、彼女の横を通過ぎた。
「・・・。初めて名前で呼ばれた・・・。」
彼女が僕の後姿をみながらそうつぶやいたことは夜の静けさでもわからなかった。
家に帰り母親に夕飯はいらないと目を合わせずに伝え、自室にこもった。
ベットに横になるとポケットに入れている携帯が鳴った。
見ると画面にはルイの名前があり電話に出ると、少し疲れたような声が聞こえた。
「今日はごめんな♪ノアの家ってちょっと変わってんだよ・・・。」
からし入りたこ焼きまいったのかいつもよりも語尾があがりきれていない。
「大丈夫だから。」
そんなに僕は機嫌が悪そうに見えたのだろうか。
ノアといいルイといい僕の機嫌を取るかのように僕に話しかけてくる。
自分でも無意識なため改善の余地が全くない。
「・・おーい!!聞いてる?」
ルイの言葉にはっとなる。
「ごめん。聞いてなかった。なに?」
「だから、明日話があるから部活の後明けといてって。」
「なんで、話なら今聞く。」
「だから、電話じゃ話せないことなの!」
「・・・。わかった・・。」
彼との会話なんてどうせ大したことはない。
今ここで聞いてしまいたかったがやめておいた。
そして、夕食前ノアが言っていたことを聞いてみた。
「お前とあいつ、幼馴染なんだな。」
「・・・・。ノアから聞いたのか?」
「ああ。」
さっきまで下手だったはずのルイと僕の立場が一転したように感じた。
「あいつ、余計なこと言いやがって。」
チッと舌打ちが聞こえたような気がした。
そのあとは、ノアへの愚痴をさんざん聞かされ電話を切ったのは四時間後のことだった。
電話に出たことを後悔しながら、一時間睡眠のまま学校へ行き授業を受け、パソコンをいじりながら話があるというルイのことを待つこと十五分。
急に視野が真っ暗になり慌てる。
「だーれだ。」
ふざけた口とこういう遊びをするのは僕の知ってる限り一人しかいない。
「遅いぞ。」
手をよけながらルイに文句を言う。
「だって、掃除終わんなかったんだもん♪」
「人呼び出しておいて遅刻って・・・。」
呆れ気味にそういうと頭の上で手を合わせすまんすまんという彼。
まあ、怒っていても仕方ない。
「で、何?」
僕が聞き出そうとすると、彼は笑顔になって
「ついてきて」といった。
とりあえず後を追う。僕は自らの足で奈落の底に足を運んだ。