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僕らは高卒で下僕(イヌ)となった  作者: 星空 かけら
3/23

事件の真相

その日から藤堂の行動は奇妙なものとなった。


公園のベンチに一日中居続けるということが続き、


その後寝泊りまでもするようになった。


まさに一流企業に勤め高級住宅地に住む極上のホームレスが誕生した。


僕はその行動をただただ充実に報告し続けた。


そうして


2週間ほど過ぎた昼過ぎの公園。


彼の行動は突然だった。


彼の近くに寄ってきた女の子の首根っこをつかむようにして


近くにあった自前の車に押し込んだ。


一瞬の出来事で完全に不意を突かれたため、


車のハンドルに手をついたころには藤堂の車の姿はなかった。




^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^



凜子は天使だ。





僕の両手を大きな幸せでいっぱいにする。





たとえどんなに妻が帰ってこなくても、会社で怒鳴られても、





まっすぐ帰って凜子とご飯を食べる。そんな娘がいて幸せだ。





もうこれ以上自分が幸せになるのが怖い。





その代償がどんどん大きくなるようで。





怖かった。





「病院から電話だ」





唐突な上司の言葉に僕の幸せがドミノのように順番に崩れていった。





病院に着いた時の凜子は冷たかった。





僕が入学祝いに買ってあげたランドセルがあった。





凜子のお気に入りだったハートの刺繍が血で染まっていた。





家にかえっっても「お帰り」はもう聞こえない。





家に帰る意味がなくなった。





そのうち家に帰らなくなった。





凜子のいない家に興味はなかった。





大人げないけど、君の存在がすべてだった。





それから公園に寝泊まりするようになった。





ベンチで寝たふりをしていたら、また君が呼んでくれるような気がしたから。





元気のいい声が聞きたかったから。





でも聞こえてきたのはよその子の笑い声と主婦たちの井戸端会議だけだった。





それでもここを離れたくなかった。





君のいる空気を感じたかった。





「おじさん寝てるの?」





公園で生活して一か月程の昼過ぎだった。





会社からも見放されて何も残っていない俺にとってその少女は天使に見えた。





目が輝いていた笑顔が弾けていた。





そして少しだけ凜子に似ていた。





触れたかった。





抱きしめてしまいたかった。





母親は親同士の会話に夢中ですっかり目を離していた。





憎らしかった。





自分の手元にいるのが当たり前だと思っているのが。





羨ましくも憎らしかった。





その子の手をとり、公園の横に停めておいた車に乗せた。





泣き叫ぶ声とがんがんと足をばたつかせて抵抗する音がどこか遠くに聞こえた。





そのまま家に連れてきた。





まだ泣き叫ぶようだったので殴りつけて黙らせた。





それから女の子との生活が始まった。





もともと子ども用品の試供品が仕事上いくつもあったため、困りはしなかった。





女の子の口数は減っていき、俺の顔色を窺うようになった。





作り笑いも多くなった。





俺が夜遅く帰るとその子は寝ていた。





目には一筋の涙が流れていた。





その涙はみておれは思わずどきりとした。





自分がしてきたことが一気にフラッシュバックされたかのような





罪悪感に苛まれた。





怖くて涙を拭こうとした手が震えていた。





それからこの子を解放しようとした。





俺は昼間に鍵をかけずに家を出掛け、彼女に逃げる機会を与えた。





彼女は逃げなかった。





きっとここから逃げてもどこへ行けばいいのか、





どうやって生きていけばいいのかわからなかったのだろう。





彼女がこれからも生き続けるためには俺が必要なのだ。





しかし、職を失い、残りの家賃を払い続けなければならない。





子供一人育てる余裕はなかった。





僕は彼女の首を絞め殺した。





そして自分も死のうとした。





しかし、死への恐怖で死ぬことができなかった。





その日から夢に凜子とその子が楽しそうに





手をつないで公園で遊んでいる夢を見た。





そして、ベンチに寝ている俺を見ると手をつないで声をかけようと駆け寄ってきた






その瞬間に目が覚める。





僕にとってはこの世でもっとも恐ろしい悪夢だった。








藤堂は家へと女の子を連行した。


秘密組織の為、堂々とした潜入はできない。



そのため藤堂の留守を見計らって少女の保護を優先した。


しかし、彼女は台所にあった包丁を両手に震えながら僕に向けた。


僕が警察の関係者だといってもなおその刃先を向け続けた。


なぜだろう。


僕には彼女の考えていることがわからなかった。


ここで長居をするわけにもいかない。


仕方なく安否を確認した上で引き下がる。


その五分後藤堂は家へと戻ってきた。


僕は彼女の行動に違和感を覚えた。


そこから少女の生い立ちについて調べ始めた。


彼女は、斎藤明日香というらしい。


どこをどう調べてもごく普通の女の子であった。





養女であること以外には―。




子供に恵まれない若い夫婦は彼女を引き取り大切に育てた。


しかし、彼女を引き取って一年もしないうちに


女の腹には三つの魂がやどっていた。


三つ子ともなると経済的にも精神的にも三倍の負担がかかったのだろう。


若い夫婦は明日香に時間を割く余裕はなくなった。


彼女はそれを捨てられたと感じたのだろう。


それから明日香は公園に行くようになったらしい。


家では三つ子の世話と家事に追われた母親にとって


自分がいない方が負担が軽減されると幼いながらに思ったのであろう。


だから藤堂の家から逃げることもなかった。


彼女には帰る場所がなかったのだ。


すべてのことが明らかになり、


一週間後、藤堂の家へ強行突破を行うこととなった。


これ以上過去の人間を置いておくと危険らしい。


上の人間の命令だった。


そして刻々と時間が流れ、運命の時となった。


藤堂にとって最後の夜となる。


藤堂が帰宅し、部屋の明かりがついたのを確認して玄関から突入した。


リビングにあるソファに座っている藤堂に拳銃を突きつけた。


彼は一瞬だけ目を見開き動揺したがその後覚悟を決めたかのように目を閉じた。



「やっと君たちのもとへ」


その横には不気味な寝袋が存在していた。


まるで、人が一人寝ているかのように。心を無にして引き金を引いた。






生き物を助けようとした心優しい娘、

しかし残された遺族のどうしようもできないこの気持ち。

誰かのせいにできないからこそ募る痛み。

ノドが焼けそうなくらいの憎悪。時間がすべてを解決できるわけではない。

そしてついに天使は超えてはいけない一線を越えてしまう。

その先には暗い闇が永遠と連なり、悪魔のささやく声が聞こえてくる。

まるで、彼女が描いたあの絵のように。


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