第8話 視察とやきもちと
直轄領の視察それ自体は滞りなく進み、思っていたよりも早く終わった。
そのため楽でいいなと思っていた。
けれどそれは間違いだったらしい。
「あ、こっちですわ!アル様!」
そう言って走りだしたのはミスト王国カル領領主ゴルド侯爵令嬢のミハ嬢だ。
金髪の巻き髪とバラ色の頬、水色の瞳の美しい少女で性格もすこぶるいいと評判で、かつ領地経営に関してもかなりの識見を持っており、国内貴族の嫁として引く手数多であるという。
なぜそんな少女がこの場にいるかと言えば、それはなぜかついてきたからだ、としか言いようがない。
父王には一人で(と言っても供の者は勿論連れ行くが)行くと伝えておいたのだが、なぜかその父王までもが彼女がついてくることを許可したらしく、同じ馬車に乗って同道してしまった。
実際、視察がはかどったのは彼女の実務能力の高さのお陰でもあり、そのことについては感謝しているのだが、プライベートの時間は別々にしてほしいものである。
おそらくは女っ気のない俺を心配した父王の余計なお節介なのだが、ミハ嬢にしてもわざわざそんなものに無理に乗ることないのに、と呟く。
呟いた相手は勿論、クーだ。クーはそれを聞きながら機嫌悪そうに、
「なぜミハ嬢が国王の命令だから逆らえずについてきたと考えるのだ……鈍は治らないな……」
などとぶつぶつ言っている。
国王の命令は逆らえないに決まっている。それがたとえ凡才の王子との同道でもだ。そうでもなければ才媛と名高い彼女が俺についてくるはずがないのである。
「……アル様、どうかしたんですの?」
気付いたら、ミハ嬢が下から俺を見上げていた。
その上目づかいにも中々来るものがあるが、それよりもその隠しきれない肢体をどうにかしてほしいものだと思う。
服装は控えめで、王都で流行っている胸元を大きく広げたタイプのドレスではなく、慎み深いと言ってもいいくらいのいっそ流行遅れのものなのだが、そもそも持っているものが違う。
しかも俺の身長は結構高く、上から覗き込むような形になってしまうため、そのような服装でもどうやっても……その、見えてしまうのだ。
じとっと、後ろで睨んでいるクーが怖い。
「すけべめ……」
しかしそんな言葉は聞こえないふりをする。
「いいえ。なんでもないですよ。それよりもミハ嬢は楽しいですか?」
「ええ!一度ここに来てみたいと思っていたのです!湖で泳ぐ訳にはいかないのが残念ですけど……アル様と一緒にいられてわたし、うれしいです!」
表情からするに、その台詞に嘘はないようで、楽しんでくれて良かったと思った。気に入らない相手と一緒でもやっぱり美しい自然があると違うらしい。
「だから何でお前を気に入らないのが前提なんだ……」
ぼそりとしたクーの呟きが聞こえる。
俺のことなど気に入る令嬢がいるはずがない。そうだろう。