第6話 教皇と聖人と
うまく丸めこまれてしまったような気がしないでもないが、少し心が躍っていたのもまた事実だ。悪魔とまで言われる教皇を、この目で見てみたかった。それに、側室のお姉さま方にもちょこちょこ子供が生まれていた。男の子も何人かいたし、俺がある日突然死んでも大きな問題となることはないだろうと思ったことも理由の一つにある。
「お前が死んだら大分困る人間がいると思うがな」
クーが道すがらぼそりと言った。
「誰が?」
「お前の父親や、側室の奴らもだ」
「どうして?」
「……本気で言っているから手に負えんな。お前はかなり有能なんだぞ」
「馬鹿を言うな。俺は凡人に過ぎない。一番目の弟は武術の才能があるし、二番目はカリスマ性がある。三番目の弟なんか数学の天才だぞ」
「……お前は全部持っていると言うのに…」
「なにかいったか?」
「いや、もういい……」
聖国への旅はかなり楽々と進んだ。今頃はきっと城では大騒ぎになっているだろうが、父にはしっかり話しておいたし、側室のお姉さま方にも色々頼んでおいたからどうにかなるだろう。
聖国に入ってからはかなりの数の僧兵を見た。
警備も物々しく、どんな街でもネズミの子一ぴき通さないという気迫が感じられたが、俺が入れている時点でかなりダメダメだろう。まぁ、教皇がいれば全てどうにかなるのかもしれないが。
大聖堂は聖国の首都である聖都フェグローの中心に立っていた。四方から尖塔が伸びている独特の形状は街全てに睨みを聞かせているようで重々しい。それでいながら荘厳さも失わない絶妙な造形をしているのだから、これを建てた、もしくは設計した建築家はかなりの名人なのだろう。ただ新興国らしく建物に歴史は無い。真新しい壁の白さがそのことを伝えていた。
昼はとりあえず宿をとって、ぼんやりと夜が来るのを待った。
忍び込むなら夜だからだ。大聖堂の正門は当然夜は閉じられるが、教皇がいる場所は分かっている。伸びる四本の尖塔のうちの一つ、西の塔の最上階だ。そこまでクーが運んでくれるらしく、特に問題は感じなかった。
*
夜。
道にいるのは浮浪者や危険な雰囲気を漂わせた男達、それに娼婦ばかりで、堅気のものは殆どいない。しかし独特の活気があって、これはこれでいい街なのかもしれないと思わせた。
俺はクーと共にゆっくりと大聖堂に近付く。
「なんだか俺は娼婦のお姉さんに誘われないな」
ふと疑問を提起するとクーが呆れたように行った。
「当たり前だ。お前、抜き身の刀みたいな空気を出しているからな」
「金持ってなさそうに見えるんじゃないのか?」
「それでも毟り取るのが玄人というものだ」
「じゃあ、好みに合わないとか?」
「……それこそあり得ん。なんでこんなに鈍に育ってしまったのだ…」
ぶつぶつと呟くクーを尻目に、大聖堂の前までたどり着く。
「ついたな」
「よし、では行くぞ」
そう言うと同時に俺の体は何かに包まれたようにふわりと浮きあがり、西の塔の頂上まで運ばれる。俺の横にはクーがふわふわと浮かんでおり、不思議な光景だった。
「窓を開けるのだ」
「分かった」
言われた通りに窓に手を触れると、鍵はかかっておらず、簡単に開く。
こんなところまで飛んで入って来る人間がいるなど、誰も想像していない。鍵がかかっていないことを責めるのは筋違いだろう。
中に入るとまず天蓋付きのベッドが目に入った。大きい。それから、フリルだらけの内装。本当の教皇は少女らしいと言うことがそれで分かる。ベッドにゆっくりと近づく。
すると突然、声が響いた。
「私の契約者に近付かないで頂けますか?」
丁寧なようでいて妙なプレッシャーに満ちた威圧的な声だった。
振り返るとそこには細身の黒髪の男が立っていた。
「……お前は」
誰だ、と言う前に男は自分で自己紹介を始める。
「あぁ、これは申し遅れました。私、教皇様の契約者、レオと申します。以後お見知りおきを、王子様?」
「!?」
「おやおや、これはこれは、驚かれておられるようで。分かりますよ、その背についている魔人を見ればね」
男――レオ――の目は明らかにクーのいるべき空間を見ている。どうやらクーの姿も捉えているらしい。
「ふふ。まぁ、ともかく、今日のところはおかえり願えますか?我が契約者の眠りを妨げるようであれば、私はあなた方を排除しなければならないので」
お帰りはこちらです、と男は窓を示す。
飛び降りろと言うことかとどなりたくなるが、クーがいればそこがしっかり出入口になるということを理解した上で男は言っているのだろう。本当の出入り口から出ても衛兵に捕まるだけだ。確かに男の言うとおり窓から出るのが賢明だった。
「……分かった」
「ええ。では、また」




