第5話 正体と旅と
隣国との戦争に勝利し併合してミルト王国が更に大きくなってからしばらく経った。この時期になると、さすがに我が国の強大化に周辺諸国も脅威を感じ始めたらしく、小競り合いが続いている。
その中でも注目すべきは北部地域で近年めきめきと実力をつけはじめているフォーレ聖国だ。主に教会権力に支えられて統治体制を築いている典型的な宗教国家だが、その最高権力者である教皇が若い少女であることから異質な国家として注目を集めている。なんでもその少女は自らも戦陣に出て剣や槍を振り回す“戦う教皇”であり、その実力たるや獅子奮迅を越えて悪鬼羅刹の如しとまで言われる戦闘狂らしい。
「あれは人間ではない」
とは父上の言だ。未だ戦線はミスト王国からは遠いところにあるが、遠見水晶で彼女の戦いを見たことがあるらしく、その戦いぶりには震えが走ったと言う。
「人間ではない……ですか」
「ああ。魔人か、それに近いものではないかと思うのだが」
気になってあとでクーに聞いてみると、
「魔人が国を作ることなどない」
と言われてしまった。
「じゃあ、魔人ではないと見ていいのか」
「そうだ。ただ……」
「ただ?」
「いや、気にするな」
そう言って考え込んだクーの顔に、違和感を感じないではなかったが、そう言いきられてしまうと尋ねるとっかかりを失ってしまう。
結局、そのときは何も聞けずに終わった。
*
ミスト王国と聖国を中心とする連合国家との戦争は大陸中を巻き込む巨大なものとなったが、結果として聖国以外の国々はミスト王国に破れ、また連合から離反し、ミスト王国の軍門に下っていった。その理由は連合のリーダーを務める聖国の姿勢にあるらしく、聖国はその得た領地や資金の全てを神のために使用すべきと主張し、そしてその通りにしているということだ。聖国に逆らおうにも例の教皇の力の前には何も言うことが出来ず、結果として裏でミスト王国と通じ、離反を探る、というのが最も賢い選択肢になり始めていた。ミスト王国としても、特に侵略戦争を行いたい訳でもなく、王国と共に聖国と戦うならば小額の賠償金で満足し、国家の存続は認めると言う方針で対応したので、今は聖国よりも王国に支持が集まっている。かつてあったミスト王国拡大脅威論もなりを潜めて久しい。聖国は引き際を失い、またその狂信性の故にもはや引く気もないようだった。
ただそれでもおそろしいのが、教皇である。彼女はいまだに猛威をふるい、聖国の名とは異なって悪魔の代名詞となっていた。
単騎で飛び出して、千人からなる部隊を壊滅にまで追い込んだという武勇伝がありとあらゆるところで語られている。そしてそれはおそるべきことに事実なのだ。
「本当に魔人じゃないのか?」
クーに聞くと、彼女は言った。
「違うと言っているだろう。しかし、ここまで来ると気になると言えば気になるな。見に行くか?」
「見に、ってどういうことだ」
「そのままの意味だ。聖国の大聖堂までいって教皇の寝所に忍び込む」
「誰が」
「お前と、私が」
「クーはともかく、俺が行ったらばれるだろう」
「そこは私が守ってやる」
「本当に大丈夫なのか……?」
「たぶん」
「おい」
「絶対」
「……行くか」




