第4話 音楽と天使と
ある日、中庭に行くと父王の側室達が幸せそうな顔で紅茶を飲んでいた。側室についてはどうこう言うつもりはない。国を存続させるためには必要なものだからだ。いつ俺が死ぬとも分からないし、そのために多く兄弟がいれば俺も安心する。彼らは官吏と並んでこの国を支える要だ。だから俺はなにか困っている兄弟や側室がいれば必ず助けてきた。いずら、彼らがこの国を支えてくれるだろうから。そういう姿勢もあってか、俺と父王の側室達との関係は意外と悪くなかった。
「どうしたんですか、義母上方」
「あら、王子様。いえね、先ほどから不思議な音色が聞こえてくるのです。誰もいないのに……」
「そうそう。気味が悪いとも一瞬思ったのですけど、聞いていると心が洗われるようで……」
口々に彼女たちが語るように、耳を澄ますと不思議な音楽が聞こえてくる。
これはハープだろうか。中庭の奥の方、薔薇迷路の辺りから聞こえてくる音色に、俺は興味を持った。
「誰かが奏でているに決まっているでしょう。探されたのですか?」
そう聞くと、
「ええ。こういう趣向も面白いと思いまして、皆で迷路に入って探しまわったのですが、やはり誰も……不思議な事ですわ」
と言われてしまった。
首を傾げたが、とりあえず自分で見てみないと納得ができない。
「でしたら、俺が探して見せましょう」
「あらあら、では犯人を連れてきて下さるのを楽しみに待っておりますわ」
「ええ。素敵な曲を聞かせてくれた方に美味しいお茶を振る舞わねば」
上品に笑う側室方に手を振って、迷路の中を捜す。
ここは何代か前の国王の趣味で相当入り組んで作られた迷路である。高名な庭師に長い年月をかけて作らせた芸術品とも呼べるもので、一度入れば一時間は楽しめるものだ。
ただ俺にとってはまさに自分の庭。
小さな頃から何度となく入り、構造を覚えてきたものだから、音楽の源までたどり着くのはそう難しいことではなかった。
「やっぱりか」
そう言った俺の目の前では、クーが天使の彫像の台の上に座り、ハープを弾いて佇んでいた。
彫像と相俟って、クー自身が天使のように見える。鳴らされているハープの音色も美しく、天上の音楽と言われても納得できるだろう。
「おや……どうした」
「側室の姉さま方が幸せそうにお前の曲を聞いてた。誰が鳴らしているか分からないと言うから探しに来たのだが」
「そう言えばアルには聞かせたことがなかったな」
「長い付き合いだというのに、薄情な事だ」
「そう言うな。私だって数十年ぶりに弾いたんだ。少し練習したら聞かせようと思っていたのだぞ」
「数十年? そんなにブランクがあるようには聞こえないな……」
「その前には数百年の研鑚の歴史がある。衰えたと言ってもその辺のものには負けん」
そう言って、クーの指はまた新たな曲を紡ぎだす。
「美しいな……」
「音楽のいいところは、どんなに醜い感情もうつくしいものへと昇華出来るところだ」
「醜い感情か。今奏でているのはそういうものなのか?」
「そうさ。これはな、絶望の音色だ」
「絶望……」
「全て失ったものの心、それを奏でている……それはそれは、うつくしいものなのさ…」
そう言ってふんわりと笑ったクー。
どうしてそんなものを奏でているのか。理由を聞いてよかったのかどうか。
それは未だに分からないことだ。




