最終話 さよならと終わりと
気付くと、自分の胸から剣が生えているのが見えた。
これはアルの剣だ。
アルが突き刺したのか…?
一瞬、そう思った。そうであれば、悪くない死だとも。
けれどすぐにそれは否定する。そんなこと、あるはずがないからだ。
おそらく、聖人に奪われたのだろう。私を刺したのはあの聖人だ。聖人は契約者が死ねば共に消えるはずだったが、少し時間があったらしい。油断してしまった自分を呪いたくなる。
後ろから誰かが駆け寄って来る音が聞こえた。
きっと、アルだ。
私はゆっくりと地面に倒れ落ちる。
「―――!!!」
名前を呼ぶ声が聞こえた。
向こうの名前ではなく、こちらでつけられた名前を。
*
聖国との戦争はミスト王国の勝利で終わった。そもそも、教皇がその力で維持していた教会権力は教皇の死と共にほとんど壊滅状態に陥り、組織の体をなさなくなってしまった。そうして聖国領はしばらくの期間、ミスト王国軍を置かれて占領統治がされた後、教会の専横に憤っていた市民達の要望により王国に併合されることになった。
クーはどうなったのかって?
それは……。
*
聖国の大聖堂にある一室。国賓のために用意されている広く豪華なその部屋には、天蓋付きのベッドが一つ、置かれていた。
そのベッドはいま、大勢の人間が取り囲んでいる。
彼らの顔は一様に険しく、苦しそうだった。
そのうちの一人――つまり俺が、口を開く。
「倒れたときにはどうしようかと思ったぞ」
「ふん。心配し過ぎだ」
つまらなそうにそう答えたのは、クーだ。あのあとすぐに応急手当てをして医師を呼んだ。結果として今は安静にしなければならないものの、比較的元気そうである。傷も急所は外れたようで、不幸中の幸運と言えた。
けれど、クーは言う。
「お前ももう、一端の国王だ。これからは私などに頼らずにがんばれ」
「何を言う。これからもお前には俺の横で憎まれ口を叩いてもらわなければならない。早く良くなって王宮に戻ってこい」
「それができればよかったんだがな……」
「一体、なにを……」
質問しようと顔を寄せると、王国から急いでやってきたミハ嬢が目を見開いて言った。
「陛下!!……これは……」
ミハ嬢が驚愕したのはクーを見たためだ。
クーの体から、徐々に光の玉のようなものが浮かび上がり、空気に溶けて消え去っていくのが見える。
クーの顔は今までに見たことがない位、穏やかで、優しい。このままクーも消えてしまいそうに見えた。
「おい……これはどういうことだ。一体、何が起こっている」
焦りながら聞くと、クーは笑って答える。
「だから言っただろう。お前はもう、私に頼るなと。いや、違うな……お前はもう、私に頼れないんだ」
「……」
「お前、聞いたんだろう? あの聖人に。お前の父親が何をしたのかを」
「ああ。聖人と契約したんだってな。そして戦った……前王はそれでも負けてしまったようだが」
「そうだ。なぜお前の父親がそんなことをしたのかと言えば、それは私がそうしろと言ったからだ」
「……お前」
「すまなかったな。奴隷だって、そのために必要だから集めた。私が焚きつけたんだ……詰るなら詰れ。いましかできないぞ」
「……そんなことは」
「今しか出来ない」
「そんな悲しいことを言わないでくれ! 俺は……」
「悲しくなんて無いだろう。いつか言ったな。私が死んでも、誰も悲しまないと」
「……ああ」
なぜ、今そんな話をするのか。そう聞きたかったが、彼女の顔には死相が浮かんでいる。余計な時間をかけさせるわけにはいかなかった。
「そんなことは、なかったよ」
「どういう意味だ」
「お前が悲しんでくれる」
「それはそう言ったろう。お前は流したがな」
「怒るなよ。それにそれだけじゃない。今は、ミハ嬢だっているし、お前の弟たちも来てくれてる。お前の父親の側室達まで……お前、私のハープのこと話したろう」
「それくらい許せ」
「そのせいでミハ嬢だけでなく側室のお姉さま方にまで撫でまわされる羽目になったんだぞ」
「……すまん」
「ふん。まぁ、……最後だから、許してやる」
「ああ…」
「それとな、お前、ミハ嬢と結婚しろ」
「なんでそんな話になる」
「嫌いではないのだろう?」
「いや……俺はそうでも、向こうが」
「向こうだってお前の事が好きさ……見てれば分かる」
「そんなこと…」
「鈍感なのも程ほどにしておけよ。そうだな、信じられないと言うなら直接聞け。今ここにいることだしな」
「お前、なにを」
「……私の遺言くらい、聞いてくれないのか?」
「……はぁ。ミハ嬢、どうか?」
「私は陛下をお慕いしております。ずっと前から。でも……クー様だって」
「おっと、ミハ嬢、余計な事は言わないでくれ」
「クー様……」
「なんだ、女同士で分かり合うな。俺にも分かるように…」
そう言うと、二人から強い目で睨まれる。聞くな、ということらしい。
「……わかったよ……」
「まぁ、今のでミハ嬢の気持ちはわかっただろう」
「……ああ」
「だから、結婚、するんだ」
「……ああ」
「これで心残りはなくなったな……」
「随分と小さい心残りだ」
「あんまり長く生き過ぎたのでな……それほどこの世に未練はないのさ」
「クー、俺はお前に何て言ったいいんだ」
「何の話だ?」
「俺はお前にたくさんのものをもらった。それなのに……まだ一つも返せていやしない。お前がいなくなるなんて……そんなのは嫌だ!」
「そんなことを考えているなんてな。気にするな」
「気にする!」
「気にするなって」
「気にする!」
「強情だな……まぁ、いいんだ。お前がそう思ってくれてるのと同じように、私もお前から多くをもらった。カルスと契約したのも、それほど悪くなかったと思えるくらいにはな……」
「…それでも、お前がいなくなるのは」
「仕方ないんだよ。もう、私に力なんて残ってないんだ。お前は聖人と戦ったんだぞ。魔人と契約した位でそんなことができるものか。無理やりにでも、私の命でもやらんかぎりは、お前にそんなことは……」
「お前が消えてなくなるのは、俺のせいなのか!?」
「違う。私が勝手に決めたことだ」
「聖国との戦争などやめていれば、お前は」
「そんなこというもんじゃない。お前はミスト王国の王なのだろう。自分の国を守ったんだ。それでよしとしろ。そのために賭けたのが、私一人の命なら安いもんじゃないか……」
「他の何を賭けるよりも高いと、言ってはならないのか」
「王としてはな。友としてなら、受け取っておこう」
「友として、そう断言する」
「ふふ。やっぱりお前は優しいな……そろそろ、時間らしい。忘れるなよ。お前は、ミハ嬢と結婚して、かわいい子供を作れ。……ではな」
そう言って、クーは光と共に消滅していく。
後に残ったのは、ベッドのぬくもりだけだった。部屋にはすすり泣きの声が鳴り響き、中々鳴りやむことが無かった。
*
それからのことは、歴史に書いてある通りだ。
ミスト王国国王アルカデルト三世は、カル領領主ゴルド侯爵令嬢ミハと婚姻し、3男2女を儲けた。彼の治世でのミスト王国は隆盛を極め、後に黄金の時代と呼ばれたと言う。
特に彼の聖国との戦いに置いて、一人の少女が彼につき従っていたと言われるが、それが事実なのかどうかはわからない事だ。
彼女は悪魔とも、魔人とも呼ばれるが、その名前は史書には残っていないのである。
ミスト王国はアルカデルト三世の治世から700年続き、滅びた。




