第15話 学習と挨拶と
問題は、どうやって情報を得るか、ということだった。食糧問題は透明人間のお陰で全く問題なく確保できている。万引きなのかと聞かれると、そうだと言わざるを得ないが、この状態でお金を稼いで支払えと言うのも酷な話だろう。だから仕方ないのだと自己弁護したい。
ところで情報を得るのに必要な言語能力が私には徹底的に欠けていた。なにせこの世界の街に行ってみたが、言葉が全く通じない、というか話しかけられないから、理解できないと言うべきか。少なくとも今まで私が母国語としていた言語とは全く異なる言語体系をしていることが明らかだった。本もぺらぺらとめくって読んでみたのだが、文字も異なっていて読めない。八方ふさがりにも程がある情況に、私は絶望した。
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言葉をどうにかして覚えようと思った私は、初等教育施設のようなものがないか探した。そう言ったものがあれば、そこで国語教育のようなものをやっているのではないかと思ったからだ。しかしいくら探してもそんなものは見つからなかった。ただし学校のようなものはあるにはあった。
そこは貴族や高等文官を教育する為の高等教育施設であり、全然言語能力のない私が行くには敷居が高いにもほどがあるだろう、という場所だったが、それでも何かを教える、という目的のもとに運営されている以上、何を伝えようとしているのか分かりやすいのではないかと思って通って見ることにした。この頃にはすでに気付いていたことだが、私はどうやら透明人間になった時点で食べ物を食べる必要も、睡眠をとる必要もなくなったらしい。とろうと思えばとれるのだが、取らなかったからと言って何かしら体が不調を訴える、ということはなかった。透明なこの体が存在しているかどうかもわからないが、おそらくこの世には存在していないからこそ不変の状態を保っているのではないかと考えた。まぁ、考えてもよくわからないことだから考えても無駄な事かもしれないが。
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ともかく、私は学校に大体二十年ほど通った。結果として言葉を覚えることが出来たが教師が硬い言葉遣いばかりするために、私の言葉遣いもそのようなものになってしまった。もともとの女の子らしい言葉遣いはその時点でなくなり、私の言語は男の、理屈っぽい言葉遣いになってしまった訳である。ただし中身はきっちり女の子だ。ただ様々な学問を学校で勉強したため、考え方も若干理屈っぽくはなっている。あまりにも暇だったために、この学校で学べることは全て学んでしまったのだった。その中には魔法もきっちり存在し、練習してみたところ私にも使えることが判明した。なんともすばらしい事だと思った。そしてここで学ぶものはなくなったなと思ったある日、私は自分の担任の先生(に勝手に任命した人)に挨拶がてらに珍しい鉱石を渡しに職員室までいって深く頭を下げたところ、意外にも彼は「……誰かそこにいますね? わかっていました。ここ何年か私の授業を聞いている、見えない何者かがいることは…」などと言い始めた。どうやら相当勘が鋭い人らしかった。私は驚いたが、そのことを分かってくれていたことがうれしくて、ちょっと泣けた。しかも担任の先生はこうも言ってくれた。「誰にも存在を認識されないにも関わらず、私の授業を聞いてくれたと言うことは、それなりに私の授業が興味深いと思ってくれていたととっていいですね。私はあなたのような生徒がいてくれて本当にうれしい。単位を上げる、ということはこの学校に入学した記録がない以上は出来ませんが、私個人としてあなたには合格をあげたいと思います」と。私はもう一度深く頭を下げ、鉱石を先生の机に置いて、学校を後にしたのだった。




