第10話 休憩と直観と
仕事の合間に、中庭でゆっくり、クーと共に休憩している。
俺は紅茶を飲みながら庭を眺め、クーは読書をしている。
すると、城に続く廊下から人がやってくるのが見えた。
見ると、ミハ嬢のようだった。
彼女はこぼれるような笑みでこちらを見た。
「アル様、ごきげんよう」
「ええ」
そう言って、彼女を出迎える。ここで帰れとは言いにくい。クーを見ると「別にそいつを置いてもいいぞ」と顎をしゃくっている。
「あの……ご一緒しても?」
「構いませんよ」
「そうですか!ありがとうございます!では、こちらに……?……」
クーの座っているイスに腰をかけようと一瞬そのイスを引こうとしたミハ嬢だったが、なぜか首を傾げて留まった。
見えてないし、触れられないのだからそこに座っても問題ないような気がするが。クーも別に気にしてないだろうし。
「どうされましたか、ミハ嬢」
「いえ……ここに座るのはやめておきますわ」
そう言って、クーの隣の席に移って腰かけた。
もしかしたら彼女は勘の鋭い人なのかもしれない。よく気の付く女性らしいから余計にそう思う。
ミハ嬢は手に持っていた菓子類を取り出して、俺にどうぞ、と渡してきた。
そして、
「あなたもどうぞ」
と言って、ミハはクーにお菓子を差し出した。
クーは何の気なしに「もらっておこう」と言って受け取り、口にそのクッキーを運んでぽりぽり食べ始めてから頭にハテナマークを浮かべはじめ、気付いたときには「しまった!」という顔をして俺を見ていた。
ミハ嬢は目を見開いて止まっている。それはそうだろう。クッキーが突然浮かんで、しかもぽりぽりと音が鳴って消えていくのだから。
俺はもうこれは隠しきれないなと観念した。
「あの、ミハ嬢」
「………」
「ミハ嬢?」
「…はっ。も、もうしわけありません…。私、驚いてしまって……」
「ええ、ええ。気持ちは良く分かりますよ」
「あの……お聞きしても?」
「何か聞きたいことがあるならば」
「そこに……誰かいらっしゃるのですね?」
質問と言うよりも確信していることの確認、と言った感じだった。クーにクッキーを渡した行為が無意識なのか計画的なのかは、彼女の表情からは窺えないが、少なくともそこに何かがいる、ということを感じ取ったのは間違いない。おそるべき女の勘と言うやつだった。
「はい。います。ただ、このことは内密にお願いしたいのです。そこにいる方は……王家の秘密ですので」
「王家の……はい。私は剣と自分の魂に誓って、このことを他の誰にも口にしません」
良かった。ミハ嬢はこんな見た目でいながら、戦士でもある。しかもかなり使える人らしい。天は二物を与えずと言うが、こんな何物も与えられた人がいるのだからこのことわざはあやしいだろう。そして戦士である彼女が剣と魂に誓ったからには、確実にこの約束は守られる。安心していい話だった。
「けれど……一つだけ教えて頂けますか?」
「はい。何をでしょう?ご質問によりますが」
「大したことではないのです。そこにいらっしゃる方は……女性、ですか?」
何を聞かれるのかと戦々恐々としていたが、そんなことか。クーの方はミハ嬢の質問にぴくりと反応したが、黙々と頁をめくりつづけている。
「ええ。そうですね。若い女性ですよ」
「……若い、女性……そうですか……」
見るからにがっかりしたようなミハ嬢だったが、次の瞬間には笑顔を取り戻して、
「私、諦めませんわ!」
と言って立ちあがり、丁寧な辞去の言葉を言ってからその場を後にした。
残されたのは首を傾げる俺と、本の頁をめくりつづけるクー。
気のせいかもしれないが、頁をめくる音がいつもよりも乱暴な気がした。




