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車内温度

作者: 葉山

あなたに会ったのはいつだったか。

さっき人身事故があったみたいでこんな場所の電車はもう使い物にならないらしい。どんどんと人はタクシーに流れているはずなのに俺のところにはまったく来ない。

日は照りつけているはずなのにどうもここらは空気がどんよりして仕方ない。場所が悪かった。

熱のないハンドルを握り締めるけど走る気にもなれない。道路を照りつける光はどうやらビルのせいでここには届かないらしい。

空気のせいか気分も重くなって、少しだけ、昔のことを思い出す。


小さい頃は、ただ越えたいと思った。お前になんて負けてられるか、と。

大好きな兄を取られるわけにはいかなかった。お前なんかより俺のほうがよっぽど好きなんだよ。

年が離れているから兄が高校に入る頃、小学生だった俺はいつのまにだか家にくる兄と同い年の女を見てそう思った。なぜ我が家だと言わんばかりの顔で居間に座っているのだと。

お前が来るまでは、兄は俺と一緒にいてくれたのに。もう、ずっと遊んでもらっていない。ランドセルと唇にぐっと力を入れるのが酷く悲しかったのを憶えてる。


もう兄も40を越える。彼女とは違う人と結婚し子どもは3人いる。俺だって結婚した。あいにく子供はできないが2人でだって十分幸せだ。

けれどたまに、唇をかみしめるときあのときの悲しさがふと、どこからか湧き上がって来る気がして。あのときの感情は何だったのかよく、わからないまま。

ハンドルに滑らせる指は節が目立ったごつごつとした形になってしまったけれど。悲しみと同じようにみえる小さな肉のついた手は固く握りしめたまま。

少し帽子を上げて窓を開ける。

体を乗り出せばすぐそこに光。

きっともうすぐ車は光に覆われる。

人の感情なんてごまんとある、そのうちの一つを、小さな一つをいちいち考えたってしょうがない。

車の窓をノックしたときの相手の気持ちを考えたってしょうがないだろ。


「あ、すみません、電車動かないみたいで。子供もいますけど大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。」


きっと俺はこの女性の声を知っている。

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