苦悩と諦め、閃きへー
金曜の授業は全く耳に入らなかった。結局、いい案が浮かばない。広樹と雅也は最後尾の席に隣合わせに座っている。俺は中盤。遠藤は最前列だった。
遠藤を殺さないと、俺は広樹と雅也に殺される。
遠藤は俺の事が好きだった。
広樹と雅也は遠藤の事が好きだった。
俺は全員が憎かった。
腹の傷の一件以来、文字通り俺は広樹と雅也の下僕になった。傍目には、あるいは仲の良い三人組に写ったかもしれない。
広樹と雅也は周到だった。誰かに俺に対する暴力を見せる事はない。ただ、何となく気付いている奴はいた。それだけだった。
殺される。
殺す。
二つの選択肢。どっちも糞だった。殺されれば糞みたいな人生が糞まみれで幕を閉じ、殺せば糞みたいな人生が、さらに糞にまみれるだけだ。
広樹と雅也は前に人を殺している。遠藤の母だ。俺はそれを見ていた。
共犯者。
広樹と雅也はその時俺にそう言った。俺に逃げ場など何処にもなかった。
放課後、広樹と雅也と共に地元のゲームセンターへ言った。
二人はパンチングマシンに興じた。広樹が3ポイント雅也を上回る。ふてくされた雅也は便所で俺の腹を三度殴った。
吐いた。俺の人生は糞だけでなくゲロにもまみれてる。
拳を強く握った。ありったけの憎悪を込めて。雅也に睨まれた。憎悪は簡単に恐怖に食われた。
「そろそろ日曜日の段取りを考えようか」
帰り際に広樹が言った。
「そうだな。健が豚箱入んのはいいけど、俺達までばれちまったら話にならねぇ」
「問題は死体をどうするかだ」
「それなんだよな」
「色々考えたんだが、一つ面白い方法を思いついた」
「聞かせろよ広樹」
何も考えたくなかった。何も聞きたくなかった。俺はただ歩いた。俺の人生ー糞とゲロの上を。
「…相変わらず最高に狂ってるじゃねぇか広樹」
「お前だって、その内思い付いていただろ雅也」
「どうだかな。そこまで頭回らねぇぞ俺は。おい健、聞いたか?最高じゃねぇか?おい健。てめぇ何ぼーっとしてんだ!」
頭をこづかれる。我に返った。
「てめぇ、何も聞いてなかったのか?」
聞いてなかった。
「ごめん」
膝を蹴られた。本気ではなかった。
「許してやれよ雅也。聞いてようが聞いてまいが、健は従うしかないんだ」
雅也が広樹を睨んだ。
「広樹、おめぇいつから俺に命令出来る様になったんだ?あぁ?」
立ち止まった。辺りは夜の住宅街。人気はなかった。
「命令じゃない。意見だろ?そんな事も解らないのか雅也?」
広樹の口調に皮肉が混じる。雅也の眼光が鋭くなった。パンチングマシンで負けた事が尾を引いていたらしい。
雅也が広樹の胸ぐらを掴んだ。広樹は雅也の髪の毛を掴んだ。
「何熱くなってるんだよ、雅也?」
クールな広樹の声。キレ始めている証拠。
「何余裕ぶってんだこら。広樹?」
怒鳴りに近い雅也の声。キレてる証拠だった。
二人が揉めるのはあの決闘以来初めてだ。俺は驚いた。
二人は睨みあったまま膠着状態を続けている。
何故今更になって?俺は考えた。
考えればすぐに解った。広樹と雅也は仲が良くなった訳じゃなかったのだ。お互いの憎しみを俺に転換する事で何とか衝突を避けようとしていた。衝突すれば最後、どちらかが死ぬまで殺しあう。お互いの力量をお互いが理解していたから、死というリスクを回避する為に俺を利用していた。
俺によって保たれていた均衡が崩れかけている。
俺が遠藤を殺すから?
違う。
遠藤を殺した俺をこいつらは殺すつもりなんだ。
下らない。何故今まで気が付かなかった。広樹と雅也は遠藤に惚れていた。その遠藤が俺に惚れているんだ。俺が遠藤を殺したところで、許す筈がない。
俺を殺せば、俺というよりしろから解放された二人の憎しみは元の場所へ返る。広樹と雅也は、もうすぐ俺を失うという状況に無意識に戸惑いを感じて不安定になっているんだ。
利用しない手はない。
頭の中で声が聞こえた。
広樹と雅也はそのまましばらく動かなかった。二人を眺めた。少しだけ笑顔になれそうな気がした。