或る奇妙な放課後
今度の日曜、人を殺す事になった。ジャンケンで負けたからだ。俺はグー。広樹と雅也はパーを出した。口裏を合わせたに違いない。俺が勝ったら、その勝負はきっと無効になっていた。
広樹と雅也は同じくらい頭が良くて腕っ節が強かった。そして同じくらい狂ってた。俺は頭も腕も並だった。だから人を殺す事になった。
「解ってるな?遠藤に告ったら、いつもの公園に連れてくるんだ。包丁で脅かしたら、その場で犯せ。犯したら殺す。簡単だろう?」
放課後の教室で広樹が面白そうに笑って言った。
広樹の隣で雅也は煙草をふかしてた。窓から夕陽が射し込んで、煙を照らしていた。やけに神秘的に写った。
「何ぼーっとしてるんだよ健」
雅也の声ー気だるそうだった。煙草を床に踏みつけて、俺の肩を叩く。
「そんなんで成功するか?解ってるよな?失敗したら…」
俺の腹に雅也が触れた。学ランの下、裸の腹筋には四針縫った十字架型の傷がある。広樹が横、雅也が縦に付けた。
「こっから内臓取り出すぞ?」
雅也の笑顔。ぞっとした。比喩ではなかった。
俺は拳を握り締めた。雅也を殴る。その後で広樹を殴る。頭にいつものイメージが沸く。実行ー出来る筈なかった。やればこの場で俺が殺られる。想像で満足するしかなかった。
「雅也、あんまり健をいじめるな。こいつは怒るとすぐに泣く」
広樹の声。小学校を卒業するまでは泣いた。中学を卒業する頃には泣かなくなっていた。高校二年の今となっては涙の存在を忘れていた。
俺の中にあるものー広樹と雅也に対する憎しみだけだ。
「とにかく日曜日だよ、健。しくじったらお前は終わりだ」
雅也が煙草に火を点けた。扉が開く音。見回りの教師が俺達を見ていた。雅也は煙草を隠す事なく、教師を睨みつけた。広樹ー雅也から煙草を受け取り火を点けた。それを俺に渡した。
「せっかくだから、健も吸えよ」
煙草は苦手だ。俺は断った。断りきれなかった。俺は吸った。咳き込んだ。
「先生、何か用ですか?」
広樹が言った。
「俺達、健に無理矢理煙草吸わされてんすよ」
雅也が言った。
「本当か、杉浦」
教師が俺の名字を呼んだ。本当じゃない事など解りきっている筈だった。
広樹と雅也の視線。肯定を促す。俺の意志ー否定を促した。
「本当です」
視線に負けた。拳を再び強く握った。
「明日、職員室に来なさい」
教師が扉を閉めた。牢獄の閉まる音がした。