森の中の白
黒哭の森の中は、外よりもさらに暗かった。
数歩進むだけで、王都の光は完全に消える。
湿った空気。
腐葉土の匂い。
耳鳴りのような静寂。
討伐隊は森の入口で小隊に分かれた。
「各自、慎重に進め!」
団長の声が最後に響く。
やがてそれも遠ざかった。
レオンは一人、森の奥へ足を進める。
地図では単純な構造とされていた。
だが、実際は違う。
木々が道を塞ぎ、瘴気が視界を歪ませる。
――単純、か。
不意に、かすかな物音。
次の瞬間。
「きゃ……っ!」
鋭い悲鳴。
女の声だ。
レオンは反射的に走る。
枝を掻き分け、音の方向へ。
開けた場所に出た瞬間――
魔物が三体。
黒い獣のような影。
その中心で、白いローブの少女が尻もちをついていた。
杖を握っているが、距離が近すぎる。
一体が飛びかかる。
「――下がれ!」
レオンの剣が閃いた。
獣の首が断たれ、黒い霧が散る。
残り二体が唸る。
レオンは前へ。
爪を弾き、体勢を崩させ、横薙ぎ。
もう一体が倒れる。
最後の一体が跳躍。
振り下ろされる爪。
レオンは一歩踏み込み、斬り上げる。
静寂。
荒い息だけが残る。
振り返ると、少女が呆然と見上げていた。
大きな瞳。
枝葉に絡まった金色の髪。
「……大丈夫か」
数秒遅れて、こくりと頷く。
「は、はい……」
声は震えている。
だが涙はない。
レオンは手を差し出す。
少女は一瞬ためらい、そっと掴んだ。
立ち上がると、慌てて頭を下げる。
「ありがとうございます!
回復術師のエリスです!」
元気に言おうとして、少し噛む。
必死さが滲んでいる。
「どうして一人で動いた」
エリスは杖を胸に抱く。
「負傷者が出ているって聞いて……
先に向かおうと」
無茶だ。
だが、その目は真剣だった。
「怖かっただろ」
少し考え、正直に答える。
「……すごく」
そして、少しだけ笑う。
「でも、助けたい気持ちの方が、ちょっとだけ勝ちました」
その笑顔は、この森には似合わないほど明るい。
レオンは目を逸らす。
「レオンだ。剣士」
「さっきの動き、すごかったです……!」
まっすぐな尊敬。
居心地が悪いほどに純粋だ。
「怪我は」
「あ」
彼女の腕に浅い傷。
レオンが眉を寄せると、エリスは杖を掲げる。
淡い光。
傷が、すっと消える。
「これくらいなら大丈夫です」
誇らしげな笑み。
小さいが、頼もしい。
森の奥から、再び唸り声が響く。
魔物はまだいる。
レオンは剣を握る。
「一人で動くな。俺の後ろにいろ」
エリスはこくりと頷く。
そして小さく言った。
「はい。……レオンさん」
名前を呼ばれる。
胸の奥がわずかに熱を持つ。
二人は並んで、森の奥へ進む。
闇は深い。
だが、その隣にある白い存在は確かだった。
レオンは思う。
守る。
この光を。
まだ知らない。
この森を“終わらせる”ことが、
何を奪うのか。
ただ今は――
その温もりだけが、真実だった。




