第9話 選別の影 ― 王都に走る見えない断罪
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王都レグラントは、表面上は平穏を保っているかのように見えた。市場では人々が行き交い、商店では売り声が響く。だがその裏で、目に見えない“断罪の風”が街全体を這うように広がり始めていた。
議会の密命を受けた密偵たちが動き出したのは、夜明けから間もない頃だった。
「王女殿下の動向を探れ」
「侍女クラリスを孤立させろ。周辺人物にも圧をかけろ」
「王城内部にも協力者を作れ」
それは、政治の世界ではよくある“情報戦”“心理戦”にすぎないはずだった。
――だが、この国ではもう通じない。
◆十九柱による自動感知アルゴリズム起動
【悪意値:監視、欺瞞、敵意 → 高】
【調律:日常領域への局所的神罰を許可】
最初の異常は、密偵の一人に起きた。
「……ん? 声が……出ねえ……?」
昨夜、議会塔でメアリー暗殺計画を口にした男だ。
彼が嘘の報告をしようとした瞬間、喉が塞がったように声が消えた。
「なんだこれは……まさか……昨日の神罰……?」
周囲の密偵仲間も同時に異変を感じていた。
「おい……視界に白い光が走ったぞ……」
「胸が苦しい……王女殿下の名を口にしただけで……痛む……?」
「黙れ、そんな馬鹿な――うッ!?」
男が叫びかけた瞬間、頭上に“見えない衝撃波”が走り、膝をついた。
死ぬことはない。
しかしこれは“警告”だった。
◆アテナ:未来危険因子の予測
◆アヌビス:心の重さ計測
◆ビッグデータ神:虚偽率100%の報告を遮断
【結論:選別を継続】
「ふざけるな……! なんなんだ、これは……!」
密偵たちは恐怖で逃げ出した。だがその逃走でさえ“選別”の対象になる。
王都のあちこちで、不可解な異変が連鎖し始めた。
・路地裏で王女を侮辱した男が突然、足がすくむ
・噂を広めようとした女が、舌がもつれて言葉が出なくなる
・王女へ敵意を示した兵士が急に嘔吐し、倒れ込む
・議会に買収された店主が、手にした金貨の重さに指を折る
人々は震え上がった。
「神罰……だ……また始まった……」
「王女殿下が……いや、“あの力”が動いている……!」
「殿下に仇なす者は、生きていけない……!」
恐怖と信仰が同時に広がり、王都は“祈り”と“沈黙”に支配される。
◇ ◇ ◇
その頃、王城の一室でメアリーは胸痛に耐えていた。
「はぁっ……あぁっ……!」
紬の感情が洪水のように押し寄せてくる。
痛みというより、“心臓を直接握りつぶされるような圧迫”だった。
(偽り……嘘……また誰かが……誰かを苦しめようとしている……
許せない……許せない……!)
紬の声が怒りで震え、メアリーの視界が揺れる。
「姉上!!」
クラリスが駆け寄ろうとするが、透明の膜がまた彼女を弾く。
クラリスは壁に打ちつけられ、痛みに顔を歪めた。
「クラリス……っ……来ないで……紬が……あなたを巻き込みたくないの……!」
メアリーの声は、紬の声と重なるように響いた。
「姉上、これは……紬さんの“痛み”なんですか……?」
「痛み……怒り……恐怖……全部よ……
でも一番強いのは――“理不尽への拒絶”……」
(守れなかった……奪われた……
二度と許さない……!)
紬の魂は、世界の“偽り”を暴き、自動的に選別を始めていた。
それは十九柱の調律と完全に同期している。
◆十九柱:
【第二段階調律:進行率 32%】
【選別:王都全域に波及】
【王女の精神と魂の同期率:上昇】
クラリスは悟った。
(姉上は……もう“選別者”になりつつある……
世界が……姉上に合わせて動いている……)
胸が張り裂けそうだった。
◇ ◇ ◇
一方の王都では、異常の連鎖が止まらなかった。
「王女殿下が……神罰を……?」
「いや、殿下本人ではないらしい。殿下を通して“何か”が働いている……」
「神々が王女を選んだ……?」
噂は膨れ上がり、王女の名前はもはや政治ではなく“信仰”の領域へ踏み込んでいた。
王都の空に一瞬、白い閃光が走り、塔屋の影が長く伸びる。
十九柱の囁きが、誰にも聞こえない声で響く。
【偽りの心、拒絶】
【王女への害意、停止】
【黙示録フェーズ:継続】
◇ ◇ ◇
夜。
メアリーは息を整えながら、窓辺で外を見つめていた。
「……世界が……私を通して……震えている……」
「姉上……怖くないのですか……?」
「怖いわ……
でも同時に……胸の奥が、“これでいい”と言っている……」
(間違いを許す世界じゃない……
理不尽を見逃す世界じゃない……
今度こそ……全部、正す……)
紬の声は、泣いていた。
「クラリス……私は……紬に引きずられているのか……
それとも……私自身も……この世界の偽りを憎んでいるのか……」
答えは出ない。
ただ、彼女の背後で光が脈動していた。
◆十九柱:
【第二段階調律:進行率 47%】
【選別領域:王都全体へ】
王都は静かに、しかし確実に“裁かれる世界”へ変貌しつつあった。
メアリーの知らぬところで、
――そして紬の痛みが、世界に刻まれ始めていた。




