第6話 王国の亀裂 ― 誰も語らぬ夜の光
大聖堂崩落と司祭たちの倒伏事件から一夜が明けても、王都の空は重く沈んだままだった。市場の活気は消え、街のどこかで誰かが小声で「昨夜の光は神罰だ」「王女が覚醒したのだ」「黙示録の始まりだ」と囁くたび、空気はさらに冷えていく。
しかし、王国の三権――議会、軍、王家――は揃って沈黙を選び、いずれも公式声明を出さなかった。その沈黙こそが、民衆の不安と妄想を肥大化させていった。
王城内でも、空気は目に見えて変質していた。
「昨夜、司祭七名が倒れたそうだ」「王女殿下が……関係しているのでは?」
「いや、あれは神の采配だ。殿下は奇跡の中心にいるのだ」
侍従や衛兵たちはメアリーの前での一挙手一投足を凝視し、敬意と畏れと警戒心が入り交じった視線を向ける。誰も気軽に声をかけなくなり、距離を測るように歩くようになっていた。
クラリスは苛立ちを隠せなかった。
「あなたたち……姉上を“疫病神”か“神聖視する偶像”のように扱って……!
姉上は、ただの人間よ……!」
だがその声に答える者はいない。
彼らにとってメアリーはもう“ただの人間ではない何か”だった。
◇ ◇ ◇
一方メアリーは、昨夜の神罰の余波で体を起こすのも困難だった。
王族専用の小広間で横たわりながら、胸の奥の鈍い痛みに耐えていた。
「姉上、また痛むんですか……!?」
クラリスが手を握ろうとすると、昨夜と同じように、見えない膜が妹を拒んだ。
「っ……!」
クラリスは手を弾かれ、悔しさに唇を噛んだ。
「どうして……また……!」
「ごめんなさい……クラリス……紬が……あなたを危険から遠ざけようとしているの。
“この世界で頼れるものは何もない”と、あの子はまだ思っている……」
メアリーは胸を押さえ、苦しげに続けた。
「昨日の断罪で……紬の痛みの一部が強くなったの。
まるで、あの日の夜が……そのまま胸で暴れているみたいなのよ」
(寒い……痛い……怖い……また嘘が……迫っている……)
紬の声が微かに響き、メアリーの呼吸は乱れた。
クラリスは姉の変化に言葉を失う。
(姉上……あなたはどこまで紬さんと同化してしまうの……?
このままでは……姉上がいなくなってしまう……)
◇ ◇ ◇
その頃、議会では内部崩壊が始まっていた。
「王女殿下は危険の源だ!」
「いや、彼女を神罰の象徴に据えれば民衆を制御できる……!」
「黙示録の兆しを政治利用すべきだ!」
議場では机を叩く音が響き、怒声が飛び交った。
昨夜倒れた七人はまだ意識が戻らず、残った議員たちの焦りはより露骨になっていた。
しかし――
議会塔の上層部は知らない。
**十九柱はすでに“議会全体の悪意濃度”を解析し続けていることを。**
◆アヌビス:心の重さ計測
◆アテナ:政治的未来予測
◆ビッグデータ神:議論の虚偽解析
◆イシス:隠された利害露出
【議会全体の悪意指数:増大傾向】
【初期黙示録フェーズ:継続】
メアリーは遠く離れた王城の部屋で、その波動を感じた。
「また……何かが……歪んでいく……」
「姉上!? また紬さんの声ですか?」
「違う……これはこの国の声よ。
国そのものが……私の胸へ押し寄せてくる……!」
メアリーの体が小刻みに震える。
(逃げたい……怖い……でも放置したくない……
誰かがまた……誰かを追い詰めている……)
紬の感情がメアリーの思考の隙間へ流れ込み、
自分がどこまで“自分”なのか分からなくなっていく。
◇ ◇ ◇
王都の民衆も動揺していた。
「王女が大聖堂を罰したのだろう?」
「いや、王女は神に選ばれたのだ」
「王女の涙は神罰を呼ぶらしい」
噂は既に神話のようになり始めていた。
夜空に偶然走った光は、民衆によって「兆し」として語られる。
「王女殿下を中心に、世界が動き始めている……」
人々の恐怖と信仰の混ざった囁きは、
そのまま十九柱のエネルギー源になっていく。
◇ ◇ ◇
クラリスは限界に達していた。
姉の手を握れないことも、姉がときどき紬の声で囁くように感じることも、
自分が姉の“妹”ではなく、紬の“代替物”のように扱われる瞬間も。
「姉上……私は……ずっと一緒にいたいんです。
でも……姉上の中には……もう私の知らない誰かがいる……
どうすればいいの……?」
メアリーは言葉を失った。
紬の魂はクラリスを“危険因子ではない”と認識し始めているのに、
その痛みの防衛反応だけは止められなかった。
「クラリス……私は……壊れかけているのかもしれない。
でも……あなたを失いたくない……」
そう言った瞬間、紬の声がかすかに震えた。
(妹……守らなきゃ……
私が守れなかった……妹……)
次の瞬間、拒絶膜が一瞬だけ揺らいだ。
クラリスは驚きながら、そっと姉の肩に触れた。
「姉上……戻ってきて……」
メアリーはその手をそっと握り返した。
だが、それはほんの一瞬だけ。
(近づきすぎないで……失うのはいや……また奪われる……)
紬の恐怖が再発し、膜が再び張られる。
「っ……!」
クラリスは弾かれ、悔しさに涙を落とした。
(姉上……どれほど遠くへ行ってしまうの……?)
◇ ◇ ◇
その夜、王都の空の一角がふいに明るくなった。
誰が見たわけでもない。ただ一瞬、世界が震えた。
十九柱の調律が、静かに進行している合図だった。
王国はまだ気づいていない。
**亀裂はすでに走り、
王女が“世界の中心”へと変わりつつあることに。**
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