第4話 神罰の理とクラリスの恐れ
議会で七名が倒れた日の夕刻、王城には異様な静けさが漂っていた。夕陽が沈むにつれ、空気は冷え、長い廊下はまるで深海のような暗さを帯びていく。メアリーは城奥にある“静慮の間”へ足を運んだ。そこは、歴代の王族が瞑想や祈りを行うために設けられた空間で、外界の音を遮断する独特の石材で作られていた。
扉を閉めると世界が静止したような錯覚が訪れる。
メアリーは胸に手を当て、深く息を吐いた。
(……議会で、私はまた“望まない力”を使ってしまった。
七人の命は奪わなかったけれど、あれは……選別だった)
目を閉じると、紬の記憶が波のように押し寄せる。
夜道、刃物、冷たさ、痛み、そして――“助けて”。
(あの瞬間、私は確かに……死んでいた)
紬の魂はもともと穏やかなものだったはずだ。しかし、理不尽に殺された痛みと後悔が、彼女の魂を“はじけたガラスの破片”のように鋭く変質させていた。その破片がメアリーの中に刺さるたび、世界は震え、十九柱は“危険因子の排除”を始める。
(私は……誰を罰したいの?
それとも……紬が私の中で、まだ泣いているの?)
静慮の間の空気が、ふっと揺れた。
金色の粒子が舞い、床の紋章が淡く光を帯びる。
(……来た。紬が……)
だが、紬の魂は言葉にはならない。
ただ、痛みだけを響かせてくる。
(苦しい……怖い……誰も……来てくれなかった……)
(だから……同じ痛みを持つ者を……放置できない……)
メアリーの胸を刺すような痛みが走り、膝が折れた。
「っ……!」
その時だった。
勢いよく扉が開き、クラリスが駆け込んできた。
「姉上! 議会から戻ってから、ずっと姿が見えないって……!
どうか、どうか一人で抱え込まないでください!」
クラリスが駆け寄ろうとした瞬間――
室内の空気がビリッと裂けた。
「……っ!?」
クラリスの身体が“見えない壁”に阻まれた。
まるでガラスにぶつかったように後ろへ弾かれる。
「きゃっ!」
「クラリスッ!」
メアリーは慌てて手を伸ばしたが、彼女自身も壁に阻まれた。
「ちがう……これは……私じゃない……紬が……!」
クラリスは床に手をつきながら、涙目で姉を見つめる。
「どうして……私は姉上に触れられないんですか……?
どうして……避けるんですか……?」
「避けたいわけじゃないの……!
紬が、あなたに“危険が及ぶ”と判断しているの……!」
「私は姉上を害したりしません!!」
「分かってるわ……でも紬には、分からないの。
あの子は……“誰を信じればいいのか”も分からないまま死んだのよ……」
クラリスは胸が締め付けられる。
(姉上は……私を見ながら……別の誰かを抱いている……
もし……紬という魂が姉上の心を支配してしまったら……)
恐怖が喉を締めつけた。
「姉上……教えてください……
本当の姉上は、どこにいるんですか?」
問いかけは震えていた。
メアリーは答えようとしたが――声が出なかった。
胸の奥では紬が泣き叫んでいた。
(私は……消えたくない……
私は……私の世界で……誰にも抱きしめてもらえなかった……)
(だから……今度こそ……間違いを正す……
理不尽を生む者は……排除する……)
(姉上……やめて……そんな顔をしないで……)
クラリスの声が遠くに聞こえる。
「姉上……お願いです……戻ってきて……!」
メアリーは必死に紬へ語りかけるように呟いた。
「紬……あなたの痛みは分かる……
でも私は……この世界のすべてを憎みたくない……
守りたいものも……残したい人もいるのよ……!」
その言葉に呼応し、金色の粒子が一瞬だけ弱まった。
クラリスは涙をこぼしながら、再び一歩踏み出した。
「姉上……! 私はあなたの妹です……
あなたの苦しみも、あなたの痛みも……全部、支えたい……!」
その声は確かに紬へ届き、神罰の膜がわずかに揺らぐ。
(妹……?
私は……妹という存在を……知らない……)
痛みの記憶が静まり、メアリーの手が壁をすり抜けた。
「クラリス……!」
メアリーは妹を抱きしめようとし――
ほんの一瞬だけ、抱きしめることに成功した。
だがその直後、紬の魂が過剰反応を起こした。
(だめ……失うのはいや……!
また奪われる……!)
「っ……!」
見えない衝撃が発生し、クラリスがよろめく。
「姉上……!」
メアリーは床に膝をつき、涙を散らした。
「ごめんなさい……クラリス……!
私はあなたを傷つけたいわけじゃない……
でもこの力は……この痛みは……私の意志じゃ……止められない……!」
クラリスは震える声で答えた。
「姉上……怖いです……
でも……それでも私は……あなたの側にいたい……」
夕陽が沈み、静慮の間は闇に包まれる。
その闇の中で、十九柱の“調律の光”だけが微かに脈動した。
神罰はもう止まらない。
そしてクラリスの心にも、はじめて“姉を失う恐怖”が根を下ろした。
(姉上は……どれだけ遠くへ行こうとしているの……?
私は……姉上についていけるの……?)
答えはまだ誰にも分からなかった。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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