第22話 黙示録の門 — 世界が選ぶ王女
世界因果が反転した翌朝、王都アルセリアには奇妙な“秩序”が生まれていた。
混乱はない。
暴動もない。
しかし、誰もが“何かを理解してしまった”という顔をしていた。
兵士は無意味な威圧をやめ、剣の柄から手を離して立っている。
商人は誇張した呼び込みをせず、必要な言葉だけを口にする。
人々は嘘をつく前に一瞬、胸に手を当ててから言葉を選ぶようになった。
それは法でも信仰でもない。
世界そのものが「選別の視線」を持った結果だった。
◇ ◇ ◇
王宮の隔離区画。
窓の外を見つめるメアリーは、昨日よりもずっと疲れた顔をしていた。
「……世界が、私を見ている」
その言葉は比喩ではなかった。
視線ではなく、“評価”に近い感覚。
何かを考えるたび、何かを恐れるたび、
それに応じて世界の空気がわずかに変わる。
(拒んでも無駄だよ、メアリー)
紬の声は、以前のような怒りを含んでいなかった。
(世界はもう、あなたを中心に回り始めている)
「それが……怖いの」
メアリーは小さく息を吐く。
「私は……誰かを裁きたくなんてない」
(でも、世界は“裁かれない痛み”を許さなくなった)
紬の声は静かだった。
(あなたが傷ついたまま放置される世界を、
もう維持できなくなっただけ)
メアリーは唇を噛んだ。
◇ ◇ ◇
そのとき、王都全体に“同時性のない鐘の音”が鳴り響いた。
大聖堂の鐘ではない。
軍の合図でもない。
どこからともなく、しかし確実に全域へ染み渡る音。
人々は立ち止まり、空を仰いだ。
「……聞こえたか?」
「今の……鐘……?」
次の瞬間、空が裂けた。
雲が割れたのではない。
空間そのものが、静かに“開いた”。
◇ ◇ ◇
王都上空。
誰の目にも同じものが見えた。
巨大な“門”。
石でも光でもない、概念でできた門。
扉には文字とも紋章ともつかない十九の印が刻まれている。
それを見た瞬間、人々は理解した。
これは侵略ではない。
終末でもない。
“宣告”だと。
◆十九柱:
【黙示録の門:顕現】
【世界中心軸:王女メアリー】
【人類圏:観測対象へ移行】
◇ ◇ ◇
隔離区画の床が、淡く発光した。
膜が完全に消え、メアリーとクラリスの間を隔てていた障壁がなくなる。
「姉上……!」
クラリスは即座に姉の手を握った。
その手は、確かに“人間の温度”を持っていた。
「クラリス……離れないで」
「離れません。何があっても」
(いい妹だね)
紬の声が、柔らかく笑う。
(あなたが人でいられる理由、そのものだ)
そのとき、空間が震え、
十九の“視線”がメアリーに向けて集束した。
姿はない。
声もない。
しかし、圧倒的な情報量が直接、意識へ流れ込む。
世界の記録。
嘘の履歴。
祈りの本音。
暴力の連鎖。
見捨てられた痛み。
「……っ……!」
メアリーは膝をつく。
(受け止めなくていい)
紬が即座に制御に入る。
(全部を背負う必要はない。選ぶだけでいい)
「選ぶ……?」
(そう。
“この世界を、どういう法則で生かすか”)
◇ ◇ ◇
十九柱は問いかけない。
命令もしない。
ただ、“門”を示す。
あの門を越えれば、
メアリーは完全に「世界の裁定者」となる。
拒めば、
世界は再び無秩序と暴力に回帰するだろう。
選択肢は二つ。
どちらも、誰かが傷つく。
メアリーは震えながら、空を見上げた。
「……私は、神になんかなりたくない」
その声は小さいが、はっきりしていた。
「誰かを裁く資格なんて……私にはない」
クラリスが強く手を握る。
「でも、姉上は……逃げない」
「……うん」
紬の声が重なる。
(あなたは、裁くために選ばれたんじゃない)
(“痛みを無視しない世界”を作るために、選ばれた)
◇ ◇ ◇
メアリーは、門に向かって一歩踏み出した。
越えない。
触れない。
ただ、正面に立つ。
「私は……命令しない」
「支配しない」
「救済も、罰も、機械的には与えない」
空気が張りつめる。
「ただ……」
メアリーは震える声で続けた。
「痛みを与えた行為が、
必ず“自分に返る世界”を許可する」
その瞬間、門が反応した。
◆十九柱:
【選択受理】
【裁定方式:自律因果反射型】
【神罰:最小干渉原則へ移行】
門はゆっくりと閉じていく。
完全には消えない。
世界の奥に“常設構造”として刻まれた。
◇ ◇ ◇
王都に、風が戻った。
噴水の水が揺れ、
旗がはためき、
人々が息を吸い込む。
「……終わった?」
「いや……始まったんだ……」
誰かが呟いた。
◇ ◇ ◇
隔離区画。
メアリーはその場に座り込み、深く息を吐いた。
「クラリス……」
「はい、姉上」
「私……怖いままだよ」
「それでいいんです」
クラリスは微笑んだ。
「怖いまま、誰かの痛みを無視しない。
それが、姉上です」
(……よく言った)
紬が静かに肯定する。
メアリーは空を見上げる。
「世界が私を選んだとしても……
私は、私のままでいる」
◆十九柱:
【黙示録の門:封印完了】
【世界位相:新法則安定】
【第1部:終盤フェーズへ移行】
こうして、
王女メアリーは“神にならなかった”。
だが世界は、
彼女を“無視できなくなった”。
それこそが、
黙示録の門が示した答えだった。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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