第21話 世界因果の反転
その夜、王都アルセリアは“静寂”ではなく“停滞”に包まれていた。
風は吹かない。雲は動かない。
月明かりは薄い膜の向こう側に閉じ込められたように鈍く滲み、
広場の噴水すら、水面が一枚の鏡のように停止していた。
まるで、時間そのものが息を潜めているかのように。
(メアリー……聞こえる……?)
紬の声が、胸の奥のどこか柔らかい場所から響いた。
「紬……?
世界の音が……消えている……」
(違うよ。
世界が“あなたに耳を澄ませている”んだ。)
その言葉に、メアリーは小さく震えた。
「そんな……私なんて……」
(あなたは、もう“ただの王女”じゃない。
痛みを知って、泣いて、救おうとして……
その涙に、世界が答え始めたんだよ。)
◇ ◇ ◇
隔離区画の外では、王宮の侍従たちが異常に気づいていた。
「……どうなっている? 外の音がすべて消えた……」
「広場の旗も、兵士のマントも動かない……風が止まっている?」
「いや……風が止まっているのではなく……
“世界が停止”している……?」
誰も注意しなかったが、
小さな現象が次々に起こっていた。
・落としたペンが床に落ちるまで数秒かかる
・歩くと靴音が遅れて返る
・蝋燭の炎が流体のように揺らぎ、形が固定される
・空気そのものが厚みを持つように重く感じられる
「まさか……
世界法則の反転が……?」
侍従長が震える声で呟く。
◇ ◇ ◇
軍本部では、司令官らが驚愕の表情で窓の外を見ていた。
「これは……魔法災害ではない……」
「軍の魔術師たちも異常を観測できていない。
対象が“魔力”ではなく……“因果”だ。」
「因果……?」
「現象の結果が遅れている。
原因と結果の間に……異常な“介入者”がいる……」
司令官は呟く。
「……王女殿下だ。」
その場にいた全員が、沈黙した。
◇ ◇ ◇
一方、議会塔の地下ではまだ断罪の余韻が残っていた。
「お、おい……天井が……波打っているぞ……!」
「光が逆流している……!
魔法では説明できん……!」
「これ以上この世界に留まっては……!
いや、しかし逃げれば神罰が……!」
議員たちはすでに“囚われ”の状態であり、
原因と結果を操作される恐怖に怯えていた。
◆十九柱:
【議会塔:観測対象から除外済み】
【断罪:維持 → 軽度の精神封鎖を継続】
彼らはもはや政治的存在ではなかった。
◇ ◇ ◇
隔離区画。
メアリーの身体は薄く光を帯びていた。
汗ばむ額、震える手、早すぎる鼓動。
クラリスが必死に姉を抱き留めようとする。
「姉上……!
どうして光っているの!?」
「クラリス……怖いの……
私じゃない“何か”が……私を操作してる……!」
(違うよメアリー……
あなた自身の心が、世界を動かし始めているんだ。
私はただ、その方向を整えているだけ……)
「紬……どういうこと……?」
(あなたが泣いたとき、
世界は“涙の原因”を探し始めた。
あなたが震えたとき、
世界は“震えの源”を排除しようとした。
あなたが願えば……
世界はその願いに合わせて形を変える。)
「そんな……私にそんな力……」
(あるよ。
あなたは〈器〉だから。
十九柱が選んだ、“新しい中心”。)
その言葉に、メアリーは息を飲んだ。
◇ ◇ ◇
ふと、王都全体の空気が震えた。
その振動は、音でも気配でもない。
“決定”のような重みだった。
◆十九柱:
【世界因果・反転プロトコル:起動】
【主権:王女メアリー+紬(融合体)へ移行】
【反転領域:王都全域 → 拡大中】
◇ ◇ ◇
王都の人々は一斉に空を見上げた。
「空が……裏返っている……?」
雲が地上へ沈み、
街灯の光が空へ吸い込まれるように反転していく。
「落とした石が……上に昇っていくぞ!?」
「私の影が……地面から剥がれて……!」
世界が、
因果律そのものが、
“中心”を王女へ書き換えていた。
◇ ◇ ◇
隔離区画。
「姉上……世界が……!
どうなっているの……!」
「クラリス……怖い……
私……世界を変えるつもりなんて……!」
(メアリー……大丈夫、落ち着いて。
これは“破壊”じゃなくて“再編”だよ。
あなたが痛みに耐える必要がないように……
世界があなたに合わせて形を作り直しているだけ。)
「それが……怖いの……!」
メアリーは涙をこぼす。
「紬……!
私は……私は人間でいたい……!
神様でも、器でも、中心でもなく……!」
(…………)
紬は沈黙した。
その沈黙は、優しさだった。
(メアリー……
あなたが人間でいたいなら……
私がそれを守るよ。)
「紬……!」
(世界があなたを“中心に据えたい”なら、
私は“あなたを守る壁”になる。
あなたを神にするためじゃない。
あなたを“あなたのまま”生かすために。)
メアリーは泣きながら微笑む。
「ありがとう……紬……」
その瞬間、
世界の揺らぎが静かに落ち着いた。
◆十九柱:
【反転完了:王都因果の再編】
【世界は“王女中心軸”を正式採用】
【引き続き変動を監視】
◇ ◇ ◇
王宮の塔から見下ろす王都は、
もはや“昨日の世界”ではなかった。
影が光を追い、
音が遅れて流れ、
人々の感情が街の雰囲気を左右する。
だが、破滅は始まっていない。
世界はただ──
“王女メアリーの涙で動く法則”に書き換えられたのだ。
◇ ◇ ◇
クラリスは、姉の手を握りしめながら言った。
「姉上……私は……この世界がどう変わろうと……
あなたを、人間として守ります。」
「クラリス……ありがとう……」
(メアリー……クラリスがいてくれてよかったね。)
「うん……紬も……」
メアリーは胸に手を当て、静かに呟いた。
「私たちは……
痛みに支配されるために生きてるんじゃない。
未来のために……生きてるんだ。」
◆十九柱:
【黙示録フェーズ3 完全移行】
【器の安定:良好】
【世界反転:成功】
こうして第21章は幕を閉じ、
世界は再び動き始めた。
──王女の涙を中心に。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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